第66話 天使
今回は「===……」を区切りとして、沙彩視点→ナレーション→沙彩視点→武田先輩視点……と、コロコロ変わります(汗)
「どうしたの?沙彩」
……どうしたもこうしたもないよ……
「学校休みたいぃ……」
「何言ってんの。高校生は1日でも学校休んだら命取りでしょ?」
そりゃそうだけどさ……
言うこと全部言って、挙句の果てに蒼井君の顔さえみずに帰っちゃって……
完璧に1人で突っ走って……蒼井君も「意味分かんない」みたいなこと考えてるよね絶対……
……怒濤(?)の打ち上げの翌日の今日。またいつもの学校生活が始まる。
口では「休みたい」を連呼してるけど、食事の手を止めることはなかった。
「あら……雪ね。さすがに寒いだろうから、今日はちゃんとブレザー着て行きなさいよ」
「……はーい」
食器を片付けた後、クローゼットの奥に眠っているブレザーを(今更)引っ張り出した。
紺色のブレザー。今まで、数えるほどしか着て行かなかった。
まず、1年の時の入学式。その次に2学期の終業式、3学期の始業式。卒業式に修業式。
2年の時も3学期の始業式まで同様。
去年は温暖化のせいで雪はあんま降らなかったから、式典以外にはブレザー着て行かなかったけど……
「今年は……よく雪が降るなぁ」
温暖化はどうした、と地球に問いかけたい気分だ。
……いや、その前にあの告白をした後……どんな発言をすればよかったのか神様に問いかけたい気分だ。
電車の中は、いつもに増してガンガンエアコンが効いている。
「あ、さーや!こっちこっち!」
夏姫の声が聞こえ、その声の方へ向かう。
おはようの挨拶を交わした後、夏姫がカバンを使って空けておいてくれた席に腰を下ろした。
「相変わらず朝は混んでんね。もうほぼ席ないじゃん」
「ほんとだねぇー。通勤ラッシュってやつだ」
でも、よくニュースのドキュメンタリーコーナーに出てくる“東京の地下鉄で相次ぐ痴漢事件!”の電車内環境みたいなように、身動きひとつできないほど混んでいるわけではない。
「んで、どうだったのぉ?昨日は~。なんかあった~?」
夏姫が肘で私をつつきながら聞く。
ちなみに昨日打ち上げがあったことは、この前メールで夏姫と話した。
「うん……告ったよ」
「……へ?」
「だから、告ったの」
夏姫の表情が止まった……
「……えええええっ!!!?うそぉぉぉん!!!」
「ほひゃあっ!?」
いきなりの大声に、向かい側にいた転寝してたおじいちゃんが奇声をあげて目を覚ます。
……このシチュエーション、どっかで見たような……
一応、私がすいませんと謝っておいた。
「ちょっ、ええ!?告たって……大翔君に!?」
「うん」
「愛の!?」
「そう」
夏姫はまだ信じられないといった感じの表情だった。
……そんなに告りそうじゃないキャラなのかな、私は……
海宮駅に着いて、自転車に乗り換える。
今朝は……蒼井君を見かけなかった。
できれば鉢合わせしたくないけど、なんか残念……でも安心……
矛盾してるなぁ。
溜息をつき、自転車の鍵をさした。
「おはよー沙彩夏姫!」
「あー唯!おっはよぉ!」
大通りに出たところで、唯と会った。
って……夏姫、まさか唯に昨日のこと言う……とか!?
友達に戻ったとはいえ、今はさすがに唯には言いづらい……
「お、おはよ唯……」
「ん?どーしたぁ沙彩!元気ねぇなぁ!」
「そんなことないよ。アハハ……」
バンッと背中を叩いてきた唯に対して無理矢理笑顔を作った。
“「友達に戻るのって結構しんどい」”
“「どうしても彼女だったときの思い出が苦しめる」”
伶君の文字で書き連ねられていた、唯の本音。
このあけっぴろげな笑顔の裏にこんな本音があるってなると……やるせない。
学校について、自転車置き場へ。
ほぼ満席(?)だったので、私たち3人は分裂して、空いている数少ない場所にそれぞれがねじ込んだ。
荷物を取って、施錠。
「……これでよし、っと」
さて、唯と夏姫と合流して教室に行くか……と、足先を置き場から外へ向けたその時……!
「もー、結構遅いからメッチャ待ったんだけど~」
「……へ?」
どこからともなく声がして、辺りを見回すけど……何もナシ。
気のせい?それか他の人たちの会話?
いろいろ考えて首を捻ってると……
「……こっち!」
「うわっ!」
いきなり手首を掴まれ、ひっぱられた。
……っつか、早っ!
「ちょっ、頼むから止まっ……」
うわっ、リアルに足が浮くっ、足が浮くぅっ!!!
「……よし、うまく逃げられたかな」
数分走った後、いきなり急停止され、思いっきりひっぱっていた張本人の背中にぶつかった。
「イッテー……」
デコをさすりながら、見上げると……
「ごめんね沙彩ちゃん。ビックリした?」
「ビックリしたも何も……って……」
金パに腰パン……武田先輩じゃん!
そして何故か隣には、今日鉢合わせしたらいちばん気まずい人物ナンバーワンの蒼井君がいた……
反射的に、一歩あとずさる。
「まずヒロ君拉致って、次に沙彩ちゃん来るまでしげみに隠れて待ってたんだ」
「な、なんで……」
私がそう聞き、返ってきた答えは……
「なんでって?遊ぼーぜぇー!」
……だった。
===……
沙彩が武蔵(武田先輩)から返ってきた言葉に呆然としていたその頃、杉浦家に1本の電話がかかってきた。
自分が勤める仕事場へ向かおうと身支度をしていた沙彩の母、彩華はその電話を取る。
「はい杉浦です」
『あ、2-Dの担任なんですが、沙彩さんがまだ来ていません。欠席ですか?』
内容は、こうだった。
彩華の脳裏に、学校に行きたくなさ気な顔で「いってきます」と言った沙彩が浮かんだ。
それに加え、昨日の電話で聞こえてきた沙彩の芯がガタガタの声。
ずっと気にかかっていた、沙彩の想い人の名前。
……さては、と彩華は思った。
「……ええ。沙彩、昨日の打ち上げで風邪をもらってきまして……欠席ということで」
『そうですか。分かりました。次はできるだけSHRの前に連絡ください』
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。失礼します」
受話器を置いて、彩華は沙彩のケータイに電話をかけようと思ったけど、やめた。
「……話は後でゆっくり聞くから、がんばんなさいよ」
今は傍にいない沙彩に、そうエールを送りながら。
ちなみに、1-Dの担任、3-Aの担任も無断欠席をしている生徒の自宅に欠席確認の電話を入れたが
……どちらも不在だった。
大翔の父は事件現場のリポートをし、母は問題をおこしている政治家へのコメントを要求している最中。
武蔵の父は会社勤めをしている最中だった。
===……
「ほら、俺ら縁あって同じ実行委員になったのに、まともに交流しなかったじゃん?今更気づいたっていうか、今更遊ぼう的な?」
「んな無茶な……SHR終わってる時間じゃないですか!早く学校戻らないと先生が……」
「まぁなんとかなるっしょ!とりあえず、C市あたりでも行こう!」
C市、というのは、ここら辺じゃあ結構都会な市。
そこに行けば、先生の目も届かない……じゃなくて!
「やっぱりダメですよ!そりゃあ先輩はサボり慣れしてるだろうけど……って、もう駅行ってるし……」
武田先輩は軽い足取りで駅に向かっていた。
「……武田先輩放っておいて学校戻る?」
「んー……」
改めて考えると……学校戻っても、どう弁解していいか分かんない。時間はもう、1限目が始まって10分経過したとこ。
遅刻にしては遅すぎるし……
悶々と考えてると、ケータイが震えた。
「お母さんからだ……」
やっぱ家にはもう、連絡入ってる……よね。
意を決したつもりで、ケータイを開く。
もし、「何してんの」ってあったら……武田先輩の名を出そう。
『Sub.
学校には欠席扱いにしてもらうように言ったから』
サ、サブタイや絵文字がない……怒ってる証拠だ。
でも……
「なんか……見透かされてる感じがするな」
今、私がどんな状況にあるのかも、蒼井君と何があったのかも、何もかも……
「え?」
「……な、なんでもない」
途端に、今ふたりっきりな状態が気まずくなって、返信を打ちながら平静を装った。
『Sub.Re:
ありがとう』
それだけ打って、送信ボタンを押した。
「……蒼井君のとこは?」
「ああ、家に連絡入ったとしても両親仕事でいないし……多分俺も、欠席扱い」
「そっか」
待ち受け画面に戻して、ケータイを閉じた。
「とりあえず……さ、貴重なオール1日サボりだし……昨日のことは一旦忘れてパーッと騒ごうよ!ね?」
「……そーだな。サボりなんて一生のうち1回ぐらいだし」
だいぶ離れたところで、武田先輩が「おーい!早く来ーい!」と大声を出していた。
―――……
電車に揺られて1時間。C市駅に到着。
「うぉーっ!すげぇ!人が少ねぇっ!」
……うんまぁ、そりゃそうです。
18歳のいい年した高校3年生は、無邪気に駅のホームを駆け巡っている。
「……んで、どこ行くんですか?武田先輩」
「おーそうだなぁ~……まぁとりあえずゲーセンでも行くか!」
……えぇ!?C市まで来てゲーセン!?
とツッコむ間もなく、武田先輩はホームを出ようとしていて……私と蒼井君もそれに続いてホームを出た。
―――……
ゲーセン、水族館、映画館、(なぜか)美術展……いろんなところをまわって、今、ショッピングモール……の、バスケ用品店にいる。
「ヒロ君~……もう20分も見てんじゃーん……俺立つの疲れたぁ~……そこのイスで待っとくねー……」
「あ、そんじゃ私も」
「……あ、了解。なるべく早く決めるから」
武田先輩がぐずってイスに向かうのに続いて、私も用品店を出た。
昨日のことは忘れてパーッと騒ぐ予定だったんだけど……やっぱふたりっきりは気まずくて。
蒼井君ってば、もう20分もバッシュコーナーを眺めている。
あの眼差しは、前に見たパソコンに向かってるときと同じで……(第50話参照)
相当、ひとつのことにのめりこむタイプなんだな……と密かに思った。
自販機でレモンアイスティーを買って、武田先輩が座ってるイスの隣のイスに座る。
「うっわ、こんな寒いのに氷たっぷりのアイスティー!?」
「私の運動……じゃなくって、感覚器官はちょっと人とは違うんで……」
そう言いながら、レモンティーをすすった。
「にしてもヒロ君、すごいねぇ。あんなにひとつのモンに執着するって……だから恋も一途なのか……」
先輩の語尾はいまいち聞き取れなかったけど、先輩も同じことを思っていたようだ。
「いやー、デートするとなると大変だね!ショッピングモールはデススポットだよ!」
“デート”
その単語で、レモンティーがあらぬ方向に流れ込み……少しむせ返った。
「大丈夫かい?沙彩ちゃん」
「…………はい、なんとか……」
ハーと息をついて、一旦レモンティーから口を離した。
その直後、先輩が驚くことを聞いてきた。
「沙彩ちゃんさ、ヒロ君のこと好きっしょ?」
「……へ?」
間の抜けた返事をすると、先輩は「やっぱりね」って感じで頷き、未だに悩んでる蒼井君を見る。
「なんでそんな……」
「んー……お似合いだなーって思っただけ」
……お世辞でも、その言葉が嬉しかった。
===……
「んじゃー暗くなったし、そろそろ帰りまっか!」
後輩2人に俺がそう言うと、その2人は今気づいたように空を見上げる。
「うっわぁ、もう星出てる……今何時だ?」
「7時……やっぱ冬の日は短いなぁ」
ヒロ君の独り言と、沙彩ちゃんの独り言。
俺から聞くと、完璧に成り立ってる会話。
本当、2人からは同じ匂いがする。
下り線の普通列車に乗り込む。
1時間ぐらいで海宮市に着くから、A市には20分ぐらいで着く。
時間的にも丁度いい。
「今更だけど、ごめんな?俺のお遊びにつき合わせちゃって」
「……何今更言ってんですか……」
呆れたように言うヒロ君。可愛い顔(?)して、結構この子がいちばん鋭い。
俺はハハッと笑うと、今日を振り返った。
……いろんなところへ行ったなぁって、改めて思う。
高校生活最後の、楽しい思い出ができたなって思う。
「武田先輩?どーしたんですか?ボーっとして……」
「いや……補導されなくてよかったなーって思っただけ」
咄嗟についたウソは、どこか本心が混ざっていた。
高校生活最後の楽しい思い出……これからは……きっと毎日説教だ。
俺の夢は、俳優になること。
その為には……バイトで金稼ぎながら、オーディション受けまくる。
進学も就職もしない。そんな俺に説教しない学担など、どこにいるか。
それに、俺の親父は会社員。当然、収入は低い。母親は既に他界してる。
今でさえ不景気で家計は苦しいってのに……大学行って、さらに負担をかけるなんてことはできない。
「ねえねえ、2人の将来の夢って何?」
「夢?私は検察官ですけど……」
「へー、ケンサツカン……あれ?交番にいる人?」
「それは警察官です……」
なんだろうな、ケンサツカンって。
ま、とりあえず沙彩ちゃんはケンサツカンか。
「ヒロ君は?」
「俺は……そうですね。うん。なれたら言います」
と言って、ニッコリ微笑む。
「なって言っても将来の夢になんないじゃん」
とりあえず……この2人はちゃんとした目標があんのか。
うん。それがいちばんいい。
20分後……
『次はA市、A市にとまります』
電車のアナウンスが、A市到着を知らせる。
「おっ、もう着いた。やっぱ早いな~A市は。俺なんてまだ40分あるしぃ」
俺の愚痴に、2人は笑う。
「それじゃ」
「最初はどうなるかと思いましたが、楽しかったです」
「おう、俺もだ!」
沙彩ちゃんのその言葉に、俺も元気良く返す。
人の列ができて、丁度空いたところに沙彩ちゃんは入り、そのまま出口に向かう。
ヒロ君も同じく入ろうとしたが、俺が腕を掴んで引き止めた。
「何ですか?先輩」
驚いたような顔で、ヒロ君が振り返る。
「がんばれよ、大翔」
口端だけ上げた笑顔を作って、ヒロ君の背中を押した。
『間もなくドアが閉まります』
ヒロ君が出口を通った直後に、ドアが閉まる。
ガラス越しに……ヒロ君が、俺を見てかすかに頷いたような気がした。
偶然が重なって出会った俺ら。
結局俺は頼りなくって全然先輩らしくなかった。
けど……可愛い2人を結びつける天使になれれば、それでいい。
予定より1話のびました……(汗)
更新遅らせておいて、スミマセンm(_ _)m