第65話 “好き”
「よかった。誘拐とかされてなくて……」
「な、なんでここに?」
「ギャルの先輩に頼まれたんだ。なんかメッチャ心配してたよ」
ギャルの先輩……桃花だね、きっと。
不自然な動きで便箋を封筒にしまってバッグの中に入れた。
「……あのさ、一昨日のことなんだけど」
……来た。
ヤバい……どう言えばいいんだろう。
頭の中で悶々と考えていると……バッグの中のケータイから、着信音が聞こえてきた。
「……っと、ごめん」
そう言い、ケータイを取り出す。
やっぱり、お母さんから。もうあれから10分経ったんだ……
『沙彩?悪かったわね。後回しにしちゃって』
「う、ううん。全然」
『で、何?』
「きょ、今日、文化祭の実行委員の打ち上げに来てるから、か、帰るの遅くなるかも。会場は海宮の九石っていう、外食屋さん」
『幹事は誰?』
「えっと、数学の巨だ……いや、巨島先生だよ」
またしても巨大先生と言ってしまうところだった……
『ああ、あのガタイがデカい……分かったわ。ていうかあんた大丈夫?声の芯がガタガタよ?』
「だ、大丈夫大丈夫。えと、じゃ、切るね」
『じゃーね。……頑張んなよ』
意味深な発言をした後、お母さんの方から電話が切れた。
……お母さんの声を聞いたら、緊張が少し解れたかもしれない。
「戻ろ。みんな心配してる」
私がケータイをしまったと同時に、蒼井君がそう言う。
「あ……まだ戻りたくない」
「え?嫌いな人でもいんの?」
「そうじゃなくってさ……ほら、夜風気持ちいーじゃん」
……なんだか、もう2人になれる機会がなくなってしまうような気がして。
って、素直に言えたら……どんなにいいだろうか。
「結構寒いと思うけど……杉浦先輩がそうしたいなら、俺もいる」
「な、なんか悪いね。私の異常な運動神経に合わせちゃって……」
「それを言うなら、感覚神経っしょ」
蒼井君は笑って、私の隣に座った。
……寒くて冷たいはずの夜風。でも、ちっともそう感じない……
暖炉に氷を1個入れても、火は無害そうな顔して簡単には消えない。そんな感じだった。
沈黙が続く。
「……お、一昨日の、気にしてる?」
私が勇気を出してそう聞くと……
「うん。かなり」
……予想だにしてなかった言葉が返ってきた。
きっと、気にしてないって答えるだろうと思ってたから……
「でも、あれは“ダチとして”でしょ?」
「……え?」
「好きにも、いろんな意味があるし。だから、一昨日のあれは友達だから……」
「ち、違う!」
気がついたら、否定していた。
いつもの私だったら、「そうだよ」って嘘ついて、はぐらかすのに……
「蒼井君は、私にまだ恋人がいるって思ってるっぽいけど……今はいないんだよ。一昨日のあれは、友達としての好きじゃないし……ちゃんと恋愛感情の、好き……なんだから」
ちゃんと顔を見れない。地面ばっか見ている私。
でも……言葉は、はぐらかしたくなかった。
嘘はつきたくなかった。
自分の気持ちを無視し、唯を選んだ過去の自分。
今の自分は……過去の自分のせいで、唯を傷つけてしまった。
もう、大切な大切な人を傷つけたくない。
もう、自分に嘘はつきたくない。
たとえ今から自分が傷つくとしても、これがせめてもの償い……そうとまで思えるほどの、告白だった。
―――……
「あ、大翔君!さーやいたぁ?」
“さーや”
たくさんの人からそう呼ばれてる名前が聞こえ、動きが止まる。
「……あ、はい。いました」
「え?じゃあなんで一緒にいないのぉ?」
「……明日の課題、結構溜まってるから、って言って帰りました」
明日から学校。いつもの日常が帰ってくる。
ギャルの先輩は残念そうに顔をゆがませ、それを言葉に表すと女子の塊の中へ帰って行った。
「よーおかえりヒロ君!災難だったねぇ~、2年の林だっけ?パシられちゃってさぁ」
「いえ、別に災難ってことは……」
武田先輩にそう言われ、言葉がつまる。
「ところで、沙彩ちゃん見つかったの?」
ギャルの先輩……もとい、林先輩からのほぼ同一的な質問に、さっき言ったように返す。
武田先輩は杉浦先輩の勤勉さ(?)に感心しているようだった。
「へー、課題ねぇ……俺なんか、ほったらかしだよ。やる気しねーもん」
……と言いながら、茶色い物体……おそらくチョコレートを口に含みながら武田先輩は言う。
「武田先輩……更生の道はどうしたんですか?」
「ああ、文化祭実行委員に当選した自体で閉ざされたね」
「早っ」
「そういうもんさ、人間て。それより、これウマいぞ結構。ヒロ君も食べてみなよ」
さあさあ、と勧めてくる。
皿に乗っかった5つのチョコレートのうち、1つを口の中に入れた。
……何か、甘い液体が口の中に広がる。
……なんだか、意識が呆然と……
「ちょっ、おいヒロ君?どうしたぁ!?」
「ヤバ……頭がボーってする……」
その場で座っておくことさえしんどくなり、壁にもたれかかった。
目の前には、心配そうな顔して俺を見てる武田先輩。思い思いに騒ぐ男子たち。酒が回ってほろ酔いになってる先生たち……
「……なんで俺、引き止めなかったんだろ……」
目の前にいる人たちとは、ほぼ無関係な杉浦先輩の姿が浮かんで……先輩を引き止めなかったことを悔やむ。
「え、何を?沙彩ちゃん?」
「俺が思ってること……全然伝えてないのに……あの時、言えばよかったのに……」
……杉浦先輩の、一昨日の言葉。
あの言葉の意味が、“友達として”なんだろうな……と、今日まで自分に言い聞かせていたこと。
言い聞かせる度……恋愛対象じゃないんだろうなって、虚しくなったこと。
そして何より伝えたかったのは……好きだってこと。
―――……
巨島先生のバカデカい笑い声で、意識が戻った。
「……あれ?」
なんで俺、意識を失ってたんだ?
しかも見上げた先には……なぜか、武田先輩の顎。
「お?お目覚めかい?ヒロ君」
武田先輩が俺を見下ろし、そう言う。
「……うわっ!すみません!」
自分がしていることにようやく気づいた俺は、慌てて起き上がった。
「ま、いーってことよ。女子なら何回もあるけど男子を膝枕してあげたのって初めてだしぃ?ヒロ君の寝顔は見れたしぃ?」
「あの、俺何して……」
俺がそう聞くと、武田先輩は「やっぱり」と呟く。
何か?と聞いてみたら……
「いやー、さっきヒロ君のケータイ取ってカイジ君って人と連絡取ったんだよ。「ヒロ君は酒弱いのか?」って聞いてさぁ。そしたら、「弱いっていうか、アイツ酒飲むと普段ひたむきに隠してる本音をぶっちゃけちゃうクセがあるんですよね」……だって!ヒロ君、色々悩んでんだねぇー!ガハハ」
……そうだったのか!
だから何時ぞやの時、クリスマスの観覧車で俺が言ったことを覚えてないのかって杉浦先輩は聞いてきたのか!
「うっわぁ……何言ったんだろ……」
まさか、告っては……ねーだろうなぁ。
いくら酒が入ってるとはいえ……そんぐらいの自制心は持ち合わせているはず。……多分。
「悩みなら俺が聞くぜ?なんたって学校だけでなく人生の先輩だしね」
「……やめときます」
武田先輩には悪いけど、ぶっちゃけたら最後、全世界中に広まるような気がした。
―――……
家に帰っても、あの観覧車の中で何を先輩に言ったのか……次に顔を合わせたときはどうすればいいのか……って、いつも以上に杉浦先輩のことで頭がいっぱいだった。
「お帰り大翔君」
「あ、修二さん。珍しいですね、今日中に帰ってくるなんて」
彼は母の再婚相手、修二さん。俺の継父にあたる。母と同じジャーナリスト。
戸籍上は父親なんだけど……赤の他人っていうこともあって、なかなか“お父さん”とか“親父”とかって呼びがたい。
「今日は仕事が早く上がったんだよ」
「そうですか。じゃあ、俺は風呂入って寝るんで……」
「ああ、おやすみ」
グラサンかけて、黒いベンツ乗り回してて強面だけど、実は結構優しい人だったりする。
シャワーを浴び、ベッドにもぐりこんだ。
改めて、あのシーンを思い返す。
……そういえば、杉浦先輩……俺のこと、恋愛感情で好き、って言ったよな。
それが本当だとしたら……
「……メチャクチャ嬉しいじゃん……」
いや……でも、俺1コ下だし……幻聴かもだし……
でも、俺だった1コ上だってことを気にせずに杉浦先輩を好きになったわけで……
様々なパターンや想いを馳せたまま、いつのまにか眠りについていた。
悶々と考える大翔のセリフを書いててなんかおもしろかったです(笑)
さて、次回はいよいよ決着を!?(バトルみたいだなぁ)
次回更新は、1週間後を予定しています。