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海と想いと君と  作者: coyuki
第4章 止められない想い
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第63話 明日

頭は真っ白。けれど足だけは行く当てもなく動き続ける……

まるで、足にもう1つ脳があるみたいに。


いつのまにか、3-Aの反対の校舎……特別教棟に来ていた。

走り続けていた足は、手首に感じた感触によって静止する。

「やっと追いついた……先輩、文化部なのに足速すぎ」

……約半年前、初めて聞いて……忘れるよう努力して……今は愛しく思う声。

その声を聞いて……目にじわじわと溜まっていく涙。

その涙に気づかれないように、振り向かない。

「……どうしたの?」

「あの方向から見たら、してるように見えるだろうけど……してないから、あれ」

上がった息とともに伝わる言葉……それは一層、私を悲しめる。

「なんで、それを私に言う?」

「誤解されたら……嫌だから」

「もし見たのが私じゃなかったら、同じようにそう言った?」

……答えは、帰って来ない。

掴まれている手首を、思い切り振り下ろす。

冷たい風が、握られていた部分にあたって余計冷たく感じる。

「蒼井君はただ……私が誤解して、それを広められて噂されるのが嫌なだけだろうけど」

振り向いたと同時に、うつむいていた顔をあげて、しっかりと蒼井君の目を見た。

「私はね!好きでもないただの人のキス現場見てこんな風に泣いたりしないんだから!」


―――……


あーあ……つい感情的になっちゃって……

「とんでもないことを言ってしまった……」

「どーしたのよ。帰って来るなり暗いわね」

用意された焼き魚をつつくなり、お母さんがそう言う。

「お母さんこそ……なんで今日に限って早いの?」

「いーじゃない。たまには」

お母さんも私同様、焼き魚をつつく。

「何なの、ケンカ?」

「ううん」

「先生に暴言吐いた?」

「違う」

「告った?」

「・・・」

……もうちょっとハズしてよ。

肯定する代わりに、テーブルに突っ伏した。

「いいじゃない。このに及んで付き合っちゃえば。あんた丁度フリーでしょ?」

「いや……告ってはないんだよ。はっきりとは……」

「ふーん」

「ていうか……付き合えるとは、思えないし」

……そう。改めて言うけど、蒼井君はモテる。

噂では、もう何10人に告られた。とか、海宮高女子約270人がバレンタインに蒼井君にチョコあげる予定の人が約100人越えているとか。

そんな人が私を好きになるとか有り得ない。

“結構仲いい女子の先輩”……っていうのが、当たり前だって。

「ダメねぇ、あんたは。誰に似たのかしら」

「は?」

思わず突っ伏していた顔をあげる。

「そんな消極的になってちゃ恋なんてする意味ないわ」

そう言い残すと、食器を持ってお母さんは立ち上がる。

「……じゃあ、お母さんは積極的な女子高生だったわけ?」

「さぁね。……まぁ、生徒会長には立候補して当選はしたけど」

「それ、この場合の積極的と意味違うじゃん」

「いや、全く違うわけじゃないのよ」

……わけ分かんない。

私だって、実行委員とかにもなったし……そういうとこでの積極性は中学時代と比べちゃあると思うけど。

「それで、あんたを悩ましている意中の人って誰よ。名前ぐらい教えなさい」

「お母さんの知らない人だよ」

「だったら尚更よ」

……本当、お母さんはわけ分かんない。

「……蒼井君。蒼井大翔」

「……え?」

食器を洗っていたお母さんが、私の方を向く。

「そんな変な名前?」

「いや……蒼井……大翔……うん、素敵な名前じゃない」

それだけ言って、あとは何もしゃべらなかった。


そういや……打ち上げのプリント渡してなかったな。

ていうか、カバンも忘れたじゃん。

「やっぱりダメなのかもね……私」

桃花に、打ち上げの日程を蒼井君に知らせるようにメールで頼んだ。

打ち上げは、明後日の18時から……

明日と明後日は、文化祭の振り替え休業。

まだまだ時間は2ケタにのぼるほどあるのに。

「気まずい……」

……明後日会ったとき……どんな顔すればいいんだろう。


しばらくベッドにうつ伏せて、ケータイの着信音が鳴ったのをきっかけに重い体を起こした。

ドキドキしながらケータイを開く。

Eメール欄を開けると……夏姫からメールが来ていた。

なんだか、ホッとする。

『明日、唯とうちとさーやと3人で遊ばない?なんか、唯から重大発表があるんだってさ!』

……という内容だった。

何だろう、重大発表って……彼女できたとか?


そういえば、唯とは最近全然気まずさを感じられない。

……最初ハナっから、私のことなんて好きじゃなかったのか、と自問するくらい。

蒼井君に失恋したも同然なことで弱ってた私に同情したまでなのかじゃないか、と思うくらい。

もし明後日、蒼井君と会ったとしたら……唯みたいに、何もなかったかのように接してほしいな、と思った。


―――……


「「……ハァッ!?」」

翌日。最早定番化しているサーティーツーで例の重大発表を唯の口から聞き……私と夏姫は揃って大声を出す。

周りの人がチラチラ見てくるのも無視し、唯に問い詰める。

「ちょっ、何さ!それってあっちに永住するってこと!?」

「当然退学だよね……?まだ2年なのに……」

「ねぇねぇっ!それって親が決めたの!?どうなの!?」

「も、もしや宿命……!?」

「だーっ!もう落ち着け2人とも!!!」

唯のキレた声と同時に、私たち2人は黙り込む。

「俺だって信じらんねーよ……そんなこと、幼なじみなのに一言も聞いてなかったし」

重大発表というのは……

もう何日も学校に姿を現さず、イタリアにバカンスへでかけていたはずの伶君のこと。

バカンスと称した、“お見合い”だったってこと……

「五十嵐家ってさ、知っての通り資産家だろ?資産家なら、代々の仕来りがあって……」

「仕来り?どんな?」

「……日本で16歳まで過ごして、17歳になったらイタリアにいる父親の事業を継ぐんだってさ。婚約者と結婚して」

唯は強張りをほぐすかのように、アイスをすくい食べながら言う。

前にテレビか何かで聞いたことある。イタリアでは、女の子は14歳、男の子は16歳から結婚できるって……

「ほんとは16歳でイタリア行く予定だったんだけど……もうちょっと海宮で過ごしたかったんだって。高校の人間も、海宮の人間も気に入ってたって……」

「……イタリアに行って結婚して事業を継ぐ、ってさ……ずっと前から伶君は知ってたの?」

「らしいな。チビの頃からずっと言われてたんだって。婚約者の存在も」

浮かんできたのは、見たことはないけど……亡くなった、早川愛美さんの姿。伶君の元カノ。

代々伝わる仕来りを破ることになったとしても、婚約者がいるとしても、1人の女の子を好き、という気持ちを貫き通した……

シナリオがあるかのようなドラマみたい。


“「いちばん、好きな人と一緒になれ」”


不意に浮かんだその言葉が、急にずっしりと重みを帯びているように思える。

「……あとこれ、沙彩と夏姫にって」

と言って、渡されたのは白い封筒。表面には“杉浦沙彩”裏面には“五十嵐伶”。

どこまでも素っ気無い文字だった。

「・・・」

何故か、私も夏姫もその場で開いて読む気にはなれなかった。

「……さてと。重大発表はこれで終わり!さっさと食ってゲーセンでも行こーぜ!」

無理に盛り上げようとする空気が、唯から伝わる。

それに答える夏姫の声からも、それが伝わった。


―――……


「んじゃ、また明後日学校でな!」

「うん、バイバイ唯」

「明後日ねー」

駅のホームで唯を見送った後、私と夏姫はA市駅行きの電車に乗り込む。

無言が続いた。

「……どう思う?伶君のこと」

「……私がもし伶君だったら……きっと何が何でも嫌がっただろうな」

私の問いかけに、夏姫がそう答えた。

「だってさ、嫌じゃん。……言語も何もかも分からないところに行かされて、好きでもない人と結婚させられて、いきなり大企業の社長っていう重大責任負わされて……友達とも離れ離れだよ?」

「うん……」

仕来りを守って何もかもリセットされる道と、仕来りを破って何もかも失う道。

そんな2つの道の人生の岐路に立たされていたなんて……これっぽちも気づかなかった。

「キツかっただろうね……きっと」

明日にでも、この当たり前な光景がガラッと変わるなんて、想像つかない。

きっと伶君は……それを想像した上で、高校生活を送ってきたんだろうな……


―――……


誰もいない家に帰って、リビングのソファに座る。

テレビのチャンネルを回してみたけど、ニュースばっかりだった。

偉そうな口ばっかりきいてる政治家。殺人事件が起こった家の前で必死にリポートするリポーター。

見慣れた、夕方のニュースの光景……

とりあえず、4チャンのニュースを見ていた。

……この時他のチャンネルで、伶君のお父さんがしている企業の社長が交代されたことを報道されていたことを知らずに。


打ち上げは、明日……


もたもたするな、と伶君に言われた気がした。




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