第61話 占い
「2-Dカフェのあのホスト、すっごいカッコよかったねぇ~!」
「ほんとほんと!あんな彼氏だったらいいのにぃ」
擦れ違う人が、口々にそう言う。
そんなにうちのクラスの男子がカッコよかったのかな……
「ねぇ夏姫、うちのクラスの男子ってレベル高い?」
「う~ん……猿レベルはMAXだよね!猿っぽさなら海宮高校No.1だよ!」
さ、猿っぽさ……まぁ確かに。
3-Aは、おばけやしきをやっていた。
結構空いていたから、入ることに。
「あ、倉橋先輩だ」
「あ、富田先輩」
「あ、厳島先輩だ」
おばけが出てくるたび私がそう言うと、おばけはつまらなさそうに退散する。
「沙彩ちゃん、そんなすぐに見破ったら驚かし甲斐がないっしょ?」
出口のところで、武田先輩がそう言った。
夏姫も「私が驚く前にさーやが名前言っちゃうから全然怖くないよぉ」とぐずった……
だって見破るの、好きだもん。検事の娘で私自身検察官希望だから。
1-Dは……展示。題して「展覧会の絵」
「わぁ……モデスト・ムソルグスキーのピアノ組曲の題名パクってるし……」(展覧会の絵……元々ピアノ組曲だが、モーリス・ラヴェルによって管弦楽用に編曲されたのもある)
一応おもしろそうだし、ブロックの後輩……そして何より、蒼井君が率いるクラスの出し物だから見てみることに。
「いらっしゃいませぇ。2名様ですかぁ?これ、パンフレットです。どうぞお楽しみ下さい~」
やる気のない受付嬢、ところどころ掃除に現れる清掃員……人、少なっ!
いかにも「おしつけジャンケンで負けました」みたいな人たちが数人いるだけの殺風景な教室内だった。
でも、絵はいっぱいある。
ポール・ゴーギャン、フィンセント・ファン・ゴッホ、クロード・モネ、ジョルジュ・スーラ……印象派やポスト印象派、新印象派のフランスで生まれたかフランスを拠点に活動した画家ばかりの作品。
「かけられてある絵、このクラスの榊原って人の所有物らしいよ?」
パンフを見ながら、夏姫が呟いた。
榊原?誰だっけ……
「あ、美術部の……唯一の男子部員」
私がそう呟くと……
「そうだとも!」
と、どこからともなくメガネをかけた、いかにもインテリ系の男子生徒が姿を現した。
名札には、榊原……ああ、こいつが榊原か。
「僕は榊原智文。フランスで10年間過ごした日仏ハーフさ」
なんて言いながら、金に近い髪の毛をさらっと靡かせる。
……あ、完全に思い出した。
この榊原……この高校屈指の変な人、略して変人なんだっけ。
「この僕のコレクションは全てフランスから取り寄せたもので……」
と、意気揚々と自慢話を語りだす榊原を尻目に、夏姫に教室を出ようと促した。
「特にこのジョルジュ・スーラの作品は元々数少ないだけあって相当レアな……って、あれ?」
ちび○るこちゃんに出てくる、丸○君と花○君を足して2で割ったようないでたちのそいつを喋らせたままにさせ、1-Dを出た。
「なんか、すごい人だったねぇ」
「たぶんあの人にかまうと1時間は教室出れなかったよ……」
さて……次はどこに行こうか。
そういえば、桃花が「桃のクラスは劇やるんだよぉ!時間あったら見にきてっちゃ!」って言ってたっけ。
おもしろそうだし、見にいってみよっと。
―――……
美来と歩海。2人と一緒に丁度空いていた2-Bのカフェで一息ついていた。
「ふい~……午前中は疲れたねぇ」
と言って机にのびる美来。
それもそのはず……私のクラスでは、ファッションショーをやったから。
服をレンタルしたり、会場作りをしたり……と、準備もほんっと忙しい。
当日も、短い時間で服の着脱をしなくちゃならないからモデルも裏方も忙しい。
ちなみに私と歩海がモデル、美来は持ち前の腕でメイクを担当した。
「午後はもっと人増えるだろうから……PM組は悲惨だなぁ」
歩海が言うPM組とは、午後にファッションショーを行うモデルと裏方のこと。
ちなみに私たち3人を含む、午前中の担当はAM組だ。
「ま、とりあえず成功したんだし……午後からはパーっと騒ごーよ」
「え~?メグが騒いでるとこなんて想像つかなぁい」
そんな美来の言葉に苦笑いを返し、プレミアムカルピスを口に流し込んだ。
にしてもこのカフェ……メニューのレパートリーが極端。
まずドリンク。普通のカルピスとプレミアムカルピス、桃カルピス、みかんカルピス、りんごカルピス。
カルピス尽くしのドリンクメニュー。
フードはAセットとBセット。そのどちらかだった。
ガラガラに空いている理由も推定できる。
「次どこ行く~?」
文化祭のパンフレットを見ながら、校内をうろちょろ。
クラスの出し物の5割がカフェ。2割は展示で3割が劇その他。
中には休憩室、なんてところもあった。(休憩室……教室内にイス並べただけのもの。無人)
ふと見ると……1-Dの教室。
「あーっ!ここ、大翔様のクラスじゃん!」
美来が声をワントーン上げてそう言う。
一瞬、「いるかな?」って思ったけど……この空き具合じゃあ、絶対いない。
しかも出し物が……展覧会の絵。
「完璧展示じゃん。何気榊原プレゼンツってこっそり書いてるし……絶対あの榊原の自己満じゃない?」
榊原って……あの金持ちの変人か。
全くこの学校は……榊原といい、2年の五十嵐先輩といい、飛びぬけた金持ちがいすぎなんだよ。私立でもないのに。
「いーから、次行こ。あ、まじない部って占いやってくれるんだよね?」
「うん!2・3年の先輩がね!」
まじないは、漢字で表記すると“呪い”。
なんか呪われないかな……と少々ひかかってたけど、美来の屈託ない顔と言葉と声を信じて、会場であるまじない部の部室へと向かった。
まじない部の部室に到着。
「へぇ、意外と混んでるねぇ……」
「あっ!あれ、立花リリアンさんじゃんっ!雑誌によく出てる……へぇ、午後からゲストで来てるんだぁ……知らなかったぁ!部員なのにっ」
どうやら、混ませている理由は立花リリアンという人らしい。
せっかくの機会なので、私たちもその立花さんという人に占ってもらうことにした。
占ってもらった子は、みんなスカッとした表情で部室を出て行く……
「次の方どうぞ~」
もはや誘導係と化している2年の先輩に呼ばれ、私も占いルームへ。
「初めまして。立花リリアンといいます。よろしくお願いします」
「く、窪田惠夢です……よろしくです」
いかにも占い師、って感じな人だった。
その人の手前には水晶玉が1個、光を受けてないのに煌々と光っている。
「ではまず……何を占ってほしいですか?3つまでどうぞ」
「えと、勉強運。あと、健康運……それから仕事運」
ほんとは恋愛運とか占ってほしかったけど……さすがに言えなかった。
立花さんは水晶に手をかざし……私と水晶を交互に見る。
まるで、私の運命を水晶に表しているかのように。
「仕事運は良好ですね。将来に不安を抱く必要はないでしょう。でも、油断はしないでくださいね」
「あ、そうですか」
この不景気なご時世……仕事運は良好、と言われて心なしかほっとした。
「健康運は……そうですねぇ。脳がやや危ないです。たまには頭を休めることも考えてください」
「は、はぁ……」
確かに、たまたま少し偏頭痛がするときがある。
やっぱ雑誌によく出てる(らしい)だけあるなぁ。当たってるかも。
「勉強運は……最近、誰かに首位を奪われた。そうでしょう?」
「は、はい」
「この高校に入ってからトップを死守してきたあなたは、その時信じられない気持ちと一緒に首位を奪った者と決着をつけたい、と密かに対抗心を燃やしていた……」
「その通りです」
だから冬の長期休暇間、いっぱい勉強した……だけど勝てなかった。
そのことまで立花さんはピタリと当てた。
「対抗心の矛先を向けていた相手……その相手を意識しすぎたために、感情が憎むべき相手から好意へ変わった。そうでしょう?」
「・・・」
言葉が出なかった。
あの綺麗な笑顔の持ち主……それが、憎むべき相手だったとは。
私が静かに頷くと、立花さんは目を伏せた。
「道を外しましたね……」
「え?」
「いえ、なんでもございません」
ぼそっと呟いた彼女の言葉を聞き返したけど、はぐらされた。
少しお時間いただけますか?と立花さんが聞き、私が頷くと再度、私と水晶を交互に見始めた。
……まるで、そこにいない憎むべき相手の像を浮かび上がらせるかのように。
「……急がば回れ、という言葉をご存知ですか?」
「はい、知ってます。早く着こうと思うなら、危険な近道より遠くても安全確実な方法をとったほうが早く目的を達することができるというたとえ……ですよね?」
「そうです。でもあなたの場合……着く場所は彼の心、目的は彼の恋人になること。早く心に着くため、早く恋人になることを達成するためには……急いだほうがよいかもしれません。回る暇はないかもしれません」
急がば回れ……もとい、急がば急げ。
その言葉を頭にインプットした後、カーテンが開かれ2年の人が「時間です」と小声で言った。
「あ、あの、私……恋愛運を見てくれとは一言も……」
「特別ですよ。さ、時間です」
「……はい。ありがとうございました。失礼します」
まるで面接会場を後にするかのように、丁寧にルームから退室した。
「一途に彼の心を掴み取ろうとする、健気な心の持ち主だわ……けれども彼の心には、もう入り込んでしまっている人がいる。道を踏み外さなければ……事前にもっと心の底から憎んでいれば、この事実に対する苦しみを味わうことはなかったかもしれません」
―――……
ルームの外で2人を待って、2人揃ったところで部室を出る時……1枚の紙を渡された。
「ジンクス集……?」
そこには、海宮高校にまつわるジンクスが連なってかかれていた。
それぞれのジンクスの横には、真実度が記載されている。つまり、本当かどうかの確率だ。
その真実度がマックスのジンクスが……
「2日目の文化祭の日、西日が差す教室でキスをした男女は結ばれる……」
思わず声に出す。
結ばれていない2人がキスをするなんて変だな、と思いつつも見入ってしまう。
「わ、明日の天気超快晴じゃん。西日も差すかもねぇ~」
ケータイで翌日の天気を確認した歩海が言う。
……ジンクスなんか、興味ないし実行しようとも思わない。
そう思ってても、ブレザーのポケットに入れていたその紙を家に帰っても捨てる気がしなかった。