第58話 放課後
「あ~も~……わっけ分かんない……」
パソコン室の責任者である小宮先生に許可を貰って、早速放課後の楽譜編集。
……そりゃあ、好きな子と一緒にいれるのは嬉しいけどよ?
でも……
「私って相当なメカ音痴だったんだなぁ」
思い返してみると……中学の時、技術でのパソコン授業はいっつも置いてきぼりにされてたし。(技術の成績だけC評価だった)
それに、ケータイの操作方法を取得すんのにもかなりかかったよなぁ……唯や夏姫に教えてもらったりしながら。
「いや……ただ単に、楽譜が見づらいからじゃない?」
机に伏した私に、蒼井君が聞く。
「私、一応声楽部だよ……楽譜なんて毎日見てるよ……」
それに、今学期からは伴奏を任された。
コンクール用、定期演奏会用、文化祭用。この3つの譜読みを今やってる。
「……じゃあ、メカ音痴だ」
と言って笑う蒼井君は、もう3枚も試し刷りを終えている。
……この手際のよさ、ハンパじゃない。
「機械なんて日頃ほとんどいじんないし……作曲とかたまにするけどパソコンなんか使わないし……全部書き込んでるし……」
ん?書き込む?
書き込む……書く!!!
「そうだ!いちいち機械と戦わなくてもいいじゃん、手で書けば!」
「うん、それ今俺も思った」
早速パソコンの電源をきって、濃いシャーペンを取り出した。
……2時間後。
「おーい実行委員!もう下校時間過ぎてるぞぉ!」
巨大先生が見回りに来て、集中の糸が切れた。
うわっ、もうそんな時間……廊下に出て、窓から見た景色は暗かった。
「夜中並みじゃん、この暗さ」
廊下でさえも、暗く見えた。
電車に乗り込んで、出発の時間を待つ。
隣には、蒼井君が座っていた。
“結構暗いし、今日は家まで送ったげる”って……う~ん、どこまで紳士なんだ!って思った。
「今日で何枚ぐらいできた?」
「え~っと……5枚ぐらい。明日になったら全部完成する」
7枚ある中の5枚って……
ちなみに私は3枚。微妙すぎる。
「ほんっと手際いーね。音楽やってたの?」
「いや、別に?」
「……なんでもできるんだねぇ、ほんと」
ぼそっと呟いた私の言葉の後、沈黙が訪れた。
「……そんなことないよ。俺にだってできないことぐらいあるし」
「へぇ。何?それって」
「秘密」
え~、何さぁ。
そう言った後、制服のポケットの中からチャラリンという何の変哲もないメールの着信音が流れた。
……アドレスブックに登録してない人からのメール。
「誰からだろ……迷惑メールかなぁ」
一応開けてみることにした。
From欄には、“yusukes2momoca-since530”……ユースケだ。桃花の彼氏だ。ギャル男だ。
どこから私のメアドを仕入れてきたんだろ……
メールの内容は、こうだった。
“最近サァ、Momocaσ木幾女兼ヵヾメチ悪ィッチャヨォ orz サーャ、ナンヵ矢口ラニャィ?”
(翻訳:最近、桃花の機嫌がすごく悪いんだ。さーや、何か知らない?)
……は?
解読不能なんだけど……なんだよ、矢口って。名字?
見なかったことにするように、ケータイを閉じた。
「いいの?返信しなくって」
「ギャルの彼氏のギャル男からの解読不能な文章だったから……放っておいてもいいかなって」
「ははっ!先輩、それはヒドい!」
……といって、ひとしきり蒼井君は笑う。
無邪気な笑顔につられて、私も笑った。
「んじゃあさ、読める?これ」
再び受信トレイを開き、さっきの解読不能メールを出す。
蒼井君に手渡すと……
「あ、これが解読不能な……えっと、“最近桃花の機嫌が凄く悪いんだ。さーや、何か知らない?”って書いてあるよ」
「うわ、すっご!蒼井君、これが読めるんならダイイングメッセージとかも読み取れるじゃん!」
「いや、これただのギャル文字……」
やっぱスゴイなぁ、この人は。
ていうか、桃花の機嫌が凄く悪いって……前に、桃花が愚痴ってたよなぁ……ユースケのことで。
そのことが関連してるんだろうか……
それからA市駅について、私は歩き、蒼井君は自転車を押して再び帰路につく。
「ごめんね、ほんと……超遠回りじゃない?」
「いや、そんなことないよ」
……って言って笑ってるけど、駅からの帰路の向きは明らかに逆方向。
なのに蒼井君は嫌な顔ひとつせずに送ってくれている。
「もし不審者出ても、私なら倒せるよ。防衛術もマスターしてるし……」
「でも杉浦先輩、女じゃん。限界があるっしょ?」
さらっと言ったその言葉に、何故か顔が熱くなる。
ほんと、蒼井君はこんなことを平気でさらっと言う。
だからかな……前日、蒼井君が“ライバル”と称した女の子と一緒にいた、って聞いたときは本当に動揺したんだ。
「それじゃ、また明日」
「うん。えっと……送ってくれてありがとう!」
蒼井君は笑顔を見せると……さっき通った道の方を振り返り、自転車に乗ってペダルに足をかける。
火照る顔、異常に脈を早くする心臓。
……ついこの間までは、恋するとこんな不思議な現象が起こるなんて知らなかった。
無知なままで、恋や愛を“どうでもいい”って思って、知ろうとしないで……
知ろうとしないまま、時が過ぎて、蒼井君に出会った。
恋をした時の幸福感、緊張感、嫉妬心……
全部、教えてくれたんだ。




