第55話 罰ゲーム
総合成績、2位……
「あ、また来た」
D組の戸をガラッと開けると、友達と喋っていたらしいD組委員長がこっちに向かってきた。
「……勝っちゃった」
「あはは……」
笑ってみるも、最終的にはため息をつく。
「なんで君、そんなに頭いいわけ?」
「それは俺から説明しよう」
という低い声が聞こえてきて、1人の男子が私に耳打ちする。
驚愕すべき理由だった。
「へぇ……そんなことあるんだね」
「え、何何?俺がどーかした?カイジ、この人になんて言ったの?」
「その前に、お前いい加減覚えろよ、この子の名前。窪田惠夢さんだろ?」
あ、そういや自己紹介してなかったっけ。今更だけど……
でも、このカイジって人が紹介してくれたから、手間が省けた。
「ま、私の名前覚えてくれなくてもいいんだけどさ……この勝負、あんたの勝ちだわ」
と言って、成績表を見せる。
2位、という文字が鈍く輝いていた。
「罰ゲーム、何がいい?」
「罰ゲームとかあったっけ?」
「今作ったの。罰ゲームなしの勝負なんて味気ないじゃない」
「そっか」
委員長は、少し唸る。
……いや、名前は委員長じゃないや。蒼井だ。
そして何かひらめいたように彼は顔を上げると、メモ帳らしきものに何かスラスラと書き始めた。
「ここに来てくんない?今度の日曜、えっと……9時あたりに」
「え?」
渡されたのは、やはりメモ帳。B市明野善町4丁目538番地……
「遠っっっ!!!」
ただでさえB市自体遠いのに、明野善町って……ほぼ山ん中じゃん!
「そ。超ド田舎って言われてる」
「じゃあ、その超ド田舎での罰ゲームって?」
「……それ言ったら断られるかもしんないから、秘密」
と言って、少し笑った。
いや、罰ゲームなんだから断るも何もないっしょ……
「……分かった。今度の日曜ね?」
丁度塾も休みだし、日程的には大丈夫。
だけど、そこで何をするのかは見当がつかなかった。
そして、日曜日。
「明野善町、明野善町に停まります」
60分電車に揺られ、何分もバスを乗り……やっと明野善町到着を知らせるアナウンスが流れてきた。
バスを下り、ケータイ片手に明野善町を徘徊(?)すること10分……
「……わっかりやすいなぁ」
白い棒みたいなのが立ってあって、“こっから2丁目”って書いてあった。
こっからは、持ってたケータイの地図機能を使う。
その地図の中には、住宅地ならそれぞれの建物の番地が載っている。
昨日調べたら、結構デカいスペースに“538”とあった。
「多分、あんだけデカいからビル……いや、こんな山の中だし、工場とか……」
その地図を見ながら歩き、“538”の前に立つ。
ここだな。
顔を上げると……
「…………!!!???」
思わず、口があんぐり開いた。
「違うよ。工場じゃないし、ここ。母方の親の家……まぁ簡単に言うと“祖母の家”かな。忠義さんは結構前に亡くなったし」
数分前、目の前にしたのはでっかい門。
その奥にそびえ立つ、ばかデカいホワイトハウス……
唖然としてると、門が開き、ジャージ姿の蒼井がどこからともなく現れ、私は今、ばかみたいに煌びやかな赤絨毯敷いてる廊下を歩いている。
「へ、へぇ……」
「んで、罰ゲームっていうのは……」
結構歩いてたどり着いた、でっかい扉。
蒼井はその扉を開ける。中には……
「あ、ひろとくん!おかえりなさい!」
可愛い女の子が、積み木をして遊んでいた。
「……えと……誰?」
「まぁ、簡潔に言うと俺のいとこ」
「じゃあ、罰ゲームって……」
ジャージ姿の蒼井を上から下まで見る。
そいつは苦笑いを浮かべていた。
「罰ゲーム……っていうか頼みなんだけど、その子……るいの面倒みてやってくんない?」
……マジで?
「わぁっ!お姉ちゃんすごぉい!!!」
10数分後、蒼井はお守りを頼んだ後、「じゃあ、俺部活あるから。あと、飯は作っといたから適当に食って」と言い残し、風のように消えた。
そして私はこの、るいちゃんっていう子の面倒をみている。
「……よし、完成」
「わぁっ!!おっきい!すっごぉい!!!」
手を叩いてはしゃぐるいちゃん。
うん、我ながらバランス感覚を重視した、素晴らしい積み木作品。
「るい、これ乗っける!」
あ……その積み木を乗せたらバランスが……!!!
と思ったが、時既に遅し。
どんがらがっしゃーん……という擬音語がピッタリ合うような音で、力作は崩れ落ちていった。
それから小1時間遊んだあと……
「るい、疲れちゃったぁ……」
さすがに疲れたのか、そこら辺に寝そべるるいちゃん。
「じゃあ、お片づけしよっか」
「えぇ~……いやぁ。めんどくさぁい」
「文句言わないの。はい」
「う~……」
積み木を手渡すと、るいちゃんは渋々といったような感じでそれを片付ける。
「るいちゃんは何歳?」
「5歳!亜珠華ちゃんと同じだよ!」
「へぇ、5歳……じゃあ、年中さんだ」
亜珠華ちゃん、っていうのはスルーしておいた。
「お姉ちゃんは、ひろとくんのカノジョ?」
「ううん。同級生で……戦友ってとこかな」
「センユウ?」
びっくりした。カノジョっていう単語が5歳児から出てくるとは……
「うん。戦う友達ってとこかな。……ん?いや、友達じゃないなぁ。じゃあ何だろ……戦う相手?いや、それじゃ敵対視オンリーになっちゃうし……」
ブツブツ言ってると……
「……あら」
るいちゃんは、眠っちゃっていた。
「ほんと、助かった!ありがと」
「どーいたしまして。まぁ、何時間ぐらい暇だったけどね……」
午後6時。蒼井が帰ってきた。
「先週さ、いきなりおばさんが来て「るいを1週間預かって」って言うもんだからさ……それまでは幼稚園に預けたりしてたんだけど、日曜日はその幼稚園の子以外預かり禁止になっててさ。俺は11時から部活だったし、親たちはいないしベビーシッターとは都合が合わなかったし家主は出張で留守だし……でめっちゃ困ってた」
家主……って、おばあちゃんだよね?
おばあちゃんが出張って……
「……あんたも色々と大変だね。よくそんな中でトップ……」
「偶々(たまたま)だって」
……うん、ちょっとイラッときたぞ。
そのまま蒼井は寝ているるいちゃんを抱きかかえ、私と3人でバス、電車と乗り続けた。
「でもさ、なんでおばあちゃんの家にわざわざ移動したの?」
「ああ、俺の家朔良町なんだけど……結構近いし、これ一応頼む形とはいえ罰ゲームじゃん?」
なるほど。納得。
それから電車で20分後、A市駅に着いた。
「そんじゃ、下りるわ」
「うん、バイバイ」
そう言った後……なぜか心の中に残る、何か。
電車から下りて、私から見える窓の外を歩く横顔を見た。
……綺麗。
素直に、そう思う。
男子を綺麗だなんて思ったこと、初めて。
同級生の男子はふざけていて、下ネタ好きで、うるさくて……
でも蒼井は、そんなんじゃない。
すごく……すっごく、綺麗。
気がつくと、何かに縋るように窓へ近づいていた。
まだハッキリと見える、けど徐々に駅の出口へと向かう後姿。
そして、何か見つけたのか……軽く走って、出口へと向かう。
そして、誰かに話しかけて……
……女の子?よく見てみる。……やっぱり、女の子だった。
チクッと、胸が痛む。
まるで、話さないで、と心が叫んでいるような痛み……
……電車は動き出し、その2人の姿は見えなくなった。
座席に座りなおして……考えた。
私……いつのまにか蒼井に、恋してる。
―――……
電車から下りて駅の出口へ向かっていると……好きな人、の後姿が見えた。
「杉浦先輩!」
そう声をかけ、振り向いた顔が杉浦先輩だと確認して、軽く走る。
「あ、蒼井君。どしたの?」
「ちょっと明野善行ってた」
「あ、明野善って……こりゃまた遠いねぇ」
「まぁちょっとね」
先輩は、俺が抱えてるるいの顔を見た。
「この子、亜珠華ちゃん?」
「ああ、俺のいとこの、るい。亜珠華と同い年なんだ」
「へぇ。可愛いね」
そーでしょ?と言うと、イトコンかって言われた。
イトコンって……糸蒟蒻の略みたいだな。
「るいちゃんと明野善で遊んだの?」
「いや……罰ゲームでお守りを頼んだってとこかな」
「え、誰に?」
誰に……と聞かれ、窪内……いや、窪谷……まぁ、窪なんとかっていう人を思い浮かべた。
「……戦友?」
「へぇ、戦友。じゃあ、カイジくんとかと違う友達ってことだね」
「いや、友達ってワケでもなく……女子だし。まぁ、ライバルっていうとこかな」
……いきなり、会話が止まった。
るいを抱えなおし、先輩を覗き込む。
「どーしたの?」
「あ、いや、なんでもない……今日さ、桃花とユースケと遊んだんだ」
「桃花とユースケって……あのギャルカップル?」
1年の間でも有名な、ギャルカップル。
杉浦先輩は「そうそう」と頷いた。
それから、自転車には乗らずにずっと先輩と喋っていた。
自転車に乗らなかったのは、るいがいるからと……先輩と喋りたかったから。
まぁ、杉浦先輩はそんなこと察してないと思うけど。
「それじゃ、また明日から学校だし、がんばろーね。バイバイ」
「うん、また明日」
そう言って先輩と別れると、るいをまた抱えなおした。
ライバル……か。
これからまた色々、定期テストとかでバトルすることになんのかな。
「……がんばろっと」
空にはオリオン座が明るく光っていた。