第52話 父の言葉
静岡県に着き……そして東郷家に帰ってきた。
「2日間、どうもありがとうございました」
「いえいえ~!楽しんでもらえたかしら?」
「はい、おかげさまで」
夏姫の両親にお礼を言って、さようならのあいさつをして海宮市駅に向かう。
……が。
「A市駅行き?大分前に終電行っちゃったよ?」
「うそ……」
……ガ―――ン。まさに今そんな感じ。
確かに、もう午後11時。終電行ってもおかしくない時間帯。
「そうですか……ありがとうございます」
駅員さんのもとを離れ、1人ベンチに座る。
まいったなぁ……お母さん、もう仕事から帰ってきてるかな。
でもA市から海宮までって電車でも40分かかるし……
「杉浦先輩?」
「あ、蒼井君」
1人悶々と考えてて、蒼井君の声で我に返った。
「数学解くときみたいな顔してたよ?」
「え、マジ?」
あれ?この会話どこかで……
まぁ、いっか。
「帰り、どうすんの?終電ないっぽいけど……」
「それを今考えてんの。蒼井君は?」
「珍しく親父が家にいるから、迎えにきてもらう」
珍しく……なら、普段家にお父さんがいないのかな?
私は相槌をうつと、観覧車のことを思い出した。
「……蒼井君ってさ、お酒ダメなの?」
「酒?あぁ……カイジによると、相当ダメっぽい。少量でもすぐヘラヘラになるって言ってた」
ヘラヘラって……
「あのチョコ……遊園地でもらったやつ。あれ、洋酒入りだったの気づいた?」
「マジ?チョコレートって酒入れんの?」
ビックリしたようすで、私の方を見る蒼井君。
バチッと目が合う。
「……まぁ、種類によっては。体に害がない程度だけど……」
平然を装って目線をそらす。
「だから目覚めた時観覧車に……俺、もしかして無理矢理杉浦先輩誘った?だとしたらほんとごめん……」
「いや、もう過ぎたことだしいいよ。それより……」
“「だって、どう考えても迷惑じゃん。恋人がいるのに、他の奴から好きって言われたら」”
告白まがいのあの言葉の意味は……
「え?それより、何?」
「……やっぱなんでもない」
喉まで出てきた言葉を、必死に飲み込む。
やっぱ……聞けない。だってあれは、素面じゃないし。
いきなりそんなこと言ったら、「何言ってんだこいつ」って思うだろうし……
「あれ?誰だあの人……こんな時間に男1人って」
蒼井君がそう言い、見た先には……ダウンジャケットを来た、1人の男性。
「にしても、物凄いイケメンじゃん。彼女待ち?」
……あれ?どっかで見たような……
「先輩もそう思わない?」
「……あっっっ!!!」
あのほんの少し天然がかかった微妙すぎる髪……!!!その癖寝起きはスーパーサイヤ人みたいに爆発するあの頭は!!!
「おとーさん!!!」
「え……」
するとその人は私の方を向き、片手を上げた。
「よ、よんじゅうろく……!?」
やって来た私のお父さん、杉浦涼太郎を蒼井君に紹介すると、彼は改めて父を凝視する。
「そ。生粋のアラフィーだよ」
「見えねぇ……最高でも20代後半……」
「いやいや、20代後半はキツいっしょ。最近老眼気味になってきたオッサンが」
2人が話している間に、ケータイをチェック。
お母さんからメールが入ってて……内容は、『お父さんが迎えに行ったから、私はソッコーで寝る』という、訳が分からないものだった。
「最初見たとき、沙彩の彼氏かと思ったが……違うんだね」
「はい。杉浦先輩は先輩ですし」
……その言葉に、チクッと胸が痛む。
杉浦先輩は、先輩。
当たり前のことなのに。
「……ちょっと温かい飲み物買いに行ってくる」
「おうよ。行ってらっさい」
その場にいるのがキツくなり、まだ開いている売店へ向かった。
その頃、足が疲れたのだろうか、涼太郎がベンチに座って空を見上げる。
大翔もベンチに座り、持っていたコーヒーを飲んだ。
「……さっきは先輩がいたからあんなこと言っちゃいましたけど」
白い息をはく大翔を、涼太郎は見る。
「杉浦先輩は、俺の中で凄く特別な存在なんです」
「……というと?」
涼太郎の目に映る大翔の目は、真剣そのものだった。
「先輩にとって俺は後輩でしかないだろうけど……俺は心から好きなんです。中学からずっと」
大翔の脳裏には……中学時代、荒んでた自分の目に入ってきた、女神のような微笑みが浮かんでいた。
「いつか……ちゃんと伝えたいって思ってます。迷惑だと思うけど」
言い切った途端、大翔の目の前に黒い車がやって来た。
中には、サングラスをかけた中年の男性が乗っていた。
「……それじゃ」
「あ、あぁ。まぁいろいろと頑張れよ」
「はい」
涼太郎の言葉には、俺は一切干渉しない、という意味も入っていて。
……こいつは、なかなかいい男かもしれない。
過ぎ去っていく車を眺めながら、涼太郎は思っていた。
「あれ?蒼井君は?」
売店でカフェラテを買い、その近くでそれを飲んで元のベンチに戻った時にはもう、蒼井君はいなかった。
「さっきお父さんらしき人に乗せて帰ってもらったよ」
「そーなんだ……」
……もうちょっと話したかったな、と思った。
けどあのままここにいたら……どうなってただろう。
「沙彩、夜食でも食い行くか」
「え……マジ?」
光る大通りを指差し、小走りでそこに向かう父の背中を追った。
「わぁ、超カッコいい!」
……それ、さっき同性の人も言ってました。
「誰あれ……彼女?」
……娘なのだが。
「佐○健みたいなんですけど!!!」
……よく言われてます。
予想通り、大通りに出るとお父さんは注目の的。
「お父さん、せめてタックインして七三分けのルックス……まぁつまりもうちょっとダサい格好してきてよ」
「やだね。彩華がいる前でダサい格好なんてしてられるか」
……あなたたちどこまで気分が高校生のままなんですか……
「とりあえず、夜食の定番はラーメンだよな」
「……絶対低カロの塩で」
ラーメン店の前に来て、早くもメニューを決めてしまった。
ラーメン店に入り、店員を呼びつけて私は塩ラーメン小、お父さんは豚骨ラーメン大とチャーシュー山盛りラーメン大とバニラアイス大を頼む。
「そんなに食って大丈夫?ほら、メタボリックシンドロームとか……」
「海上自衛隊の夜食はこれの比になんないぞ」
……そうきたか。
「ていうか、単に目立ちたいだけじゃないの?」
「海上自衛隊の中で目立つことは全くない。だから帰省したときぐらい目立ってもいいだろう?」
うわ、肯定しちゃったよこの人……
残念ながら、私にはそんな気持ちは分かんない。
そして訪れる沈黙……まぁ、父娘ともに無口だからやってくるのはしょうがない。
ケータイを開けて、メールを確認。
……桃花から来てる。またユースケ絡み?
「……沙彩さ」
「ん?」
「今好きな人とかいるのか?」
「ん~……いる、よ」
メールを打ちながら、特に何も考えずに応答する。
「それは、夏の頃とは違う人か?」
「うん……そう、だね~……」
って……
「なんで分かるの!?」
「俺、エスパーかもしれない」
いや、いくらお父さんでもその冗談は通じない……
まさか、ここ何ヶ月間ずっと監視されてたとか!?
「いや、冗談冗談。勘だよ勘。女の勘ならぬ男の勘ってやつだ」
……うわぁ。物凄く当たって欲しくないかも、その勘……
「まぁ、いい。沙彩、今度付き合うとしたらちゃんと自分が心から好きな男と付き合えよ?」
そう言い、やって来た豚骨ラーメン大をツルツル食べ始めるお父さん。
……分かった。お母さん情報だな。
本当、夫婦揃って……侮れない。