第51話 クリスマス5-観覧車で-
「着いた着いた」
ウキウキしている蒼井君の声……それに反して、私の頭の中は大混乱。
理由は……1つ目に、いきなり連れてこられて、未だに手を掴まれてること。
そして2つ目に……この、ただならぬデカさの物体……
「この“観覧車”、日本最大級らしいよ!俺、こーゆーの好きなんだよね~」
すなわち背の高いものが好きってこと……?
むっちゃハイテンションだし……
徐に目の前にそびえ立つ観覧車から目をそらしていると、蒼井君が私の顔を覗き込んだ。
「あ、もしかして観覧車苦手だったりする?」
「い、いや別にそんなことない!断じて!」
「だよなぁ。だってジェットコースターとか普通に乗ってたし」
いや、あのジェットコースターは地下を通る仕組みのやつだったんだけど……
もちろん、高いやつもあったけど、並んでいる間にうまくすり抜けてトイレの中に非難していた。
ていうか、この流れって……
「もしかして蒼井君、乗る気?」
「当ったり前じゃん!」
キラキラした瞳……完全に乗る気だ……
蒼井君に引かれるまま、観覧車乗り場へ。
迫ってくる順番……!
「でも今から乗って間に合うかな?6時に……」
「うん、余裕余裕。まだ5時だし」
乗る気を失せさせよう作戦第一弾、失敗。
第二弾は……
「じゃあ、カイジ君とかユウヤ君とかを誘ったら……」
「カイジとユウヤ、もうミイラ化してるし」
……失敗。実際あの2人は疲れ果てていた……
よし、第三弾!
「今からダッシュで亜珠華ちゃん連れてくるよ!」
「あ、次だ順番」
……観覧車、回るの早っっ!!
って思ってたら、私の傍を親子2人が通っていた。
……子供のほう、泣いていたような……?
つまり、観覧車を目前とした子供が泣き叫び、親はその子供を宥めながら……
それに気づかない私もスゴい。
私も泣き叫ぶ……?いや、プライドっていうもんが許さないと思う。
こうなったら……乗るっきゃないっしょ!!!
「お楽しみくださいませ~」
係員の人がそう言い、外から鍵を閉める。
ほぼ、閉鎖的空間。もう、戻れぬ……
「県庁所在地見えると思う?」
「うん……見えるんじゃないかな……日本最大級だしね……」
ヤバい。声が震える。三途の川がリアルに見える感覚……
と、その時……ゴンドラが大きく揺れ動いた!
「うわぁぁぁっっっ!!!」
咄嗟に叫んで、目を閉じた。
そして次に……私自身の体が何かに引っ張られて大きく動く!
「おわぁぁぁっっっ!!!」
ますます強く目を瞑る。
マジで……本気で死ぬかもしんない!
まだやりたいこともいっぱいあるし……高校卒業してないし……まだ16なのに……!
「やっぱ観覧車苦手なんじゃん」
背後から、声がした。
目を開くと……目の前には、さっき座ってたはずの座席。
首には、誰かの腕……
「ここだったら、外見えないっしょ?」
確かに……窓を見上げても、暗くなりかけの空しか見えない。
……いや、それじゃなくて。
今私は……どんな状態?
「嫌だったら放すよ?」
……何も答えられなかった。
それを返答だと悟ったらしい蒼井君は、また腕の力を強くする。
……観覧車に乗っている、という現実に対するのとはまた違う意味の動悸が起こった。
早くおさまれ……って念じても、加速する。
このままでは―――気づいてしまうかもしれない。
「……先輩は忘れてるかもしんないけど」
また後ろから、声が聞こえる。
「体育祭の時、借り物競争で先輩借りたっしょ?」
体育祭……そのフレーズでそれを思い出し、小さく頷く。
「その時、俺言ったんだ。先輩みたいに勇猛果敢になりたいって」
“「同性でも杉浦先輩みたいに勇猛果敢な人はいないよ」”
“「痴漢締め上げたりケンカの中に自分1人で入って行くし……ほんと、俺も杉浦先輩みたいになりてぇ」”
「んで、俺言いかけたんだ」
“「でもさ、俺…………あ〜、やっぱ何でもない」”
鮮明に、あの時の蒼井君が言ってたことを思い出す。
気になったけど、聞き流していた言葉。
「いくら強い先輩でも、絶対どこか弱いところがある、って」
うん……今まさに弱いとこだよ。高所っていう……
「そういうところを守りたいって、言おうとしたんだ」
……え?
「でも、あの時言ったら迷惑になるかもって思って言えなかった……あ、今もか」
「迷惑……って?」
無意識に聞いてしまう。
「だって、どう考えても迷惑じゃん。恋人がいるのに、他の奴から好きって言われたら」
動悸も、思考回路も何もかも……体全体が、フリーズした。
胸から込み上げてきた言葉を抑えようと……口を手で塞ぐ。
……もう、ダメだ。気づいてしまった……
―――最初から、ただ1人を人を……好きだって。
肩に何かが乗っかって、心臓が跳ね上がったと同時に現実に戻る。
「あ、蒼井……君?」
寝息が聞こえる。……寝てる?
弱くなった腕の力。それから上手くすり抜けて、蒼井君の横に移動する。
再度、肩に乗っかる頭。
私は、自分の首筋に手をやる。……熱い。
「ん…………あれ?どこだここ……」
起きたらしい彼は、辺りをゆっくり見回す。
天井、ドア、目の前の座席……そして、私。
「杉浦先輩……だよね?」
「う、うん」
どぎまぎしながら答える。
ますます、“ワカラナイ”といった表情を浮かべる蒼井君。
そして、立ち上がった。
ゴンドラが大きく揺れるけど……怖がる余裕がない。
「……分かった、ここ観覧車だ!」
まるで初めて分かったような声……
あれ?もしかして……
「……覚えてない?」
「え?何を?」
その顔は、まだあどけなさがかすかに残ってるような……すなわち、マジで言ってるらしくて。
全身の力が抜けて、座席にもたれかかった。
「とにかく……めっちゃすげぇ、名古屋の夜景……先輩も座ってないで見よーよ」
「絶対ヤだ……」
この人は一体……何なんだ?二重人格?
「大翔のヤツ、酒が全然ダメなんですよ」
帰りの車の中。メンバーは夏姫父、私、亜珠華ちゃん、カイジ君、ユウジ君。
2人に蒼井君は二重人格かを聞くと、カイジ君がそう答えた。
「……酒?」
「このチョコ、酒入りでしょ?それで酔っちゃったんだと思いますよ。東郷先輩にタメ語遣った時点で分かりました」
ユウジ君は、チョコの包み紙を出し、洋酒入りの文字を指し示す。
そっか、酔って……
だったらあれは、本心じゃないかもしれない。
それはそれで、なんか複雑だけれども。
「へぇ、そっか。酔い……チョコも侮り難いね」
「あ、もしかして先輩、大翔になんかされたんですか?大翔に言っておきますよ?」
「いや、何もないよ!うん。ただ観覧車に入った途端すぐ寝始めちゃったから……しかも、それまでの蒼井君、妙にハイテンションでらしくなかったし」
咄嗟の嘘。でもさすが1年生。ぱっと信じてくれた。
遠ざかっていく名古屋の夜景。窓に映る自分の顔……
我ながら、清々しい顔。
気づくための回り道は……決して、無駄ではなかった。