第50話 クリスマス4-チョコレート-
1時間後……(45℃の)温泉から出て、ジャージに着替え……
……たかどうかもうろ覚え。
つまり、逆上せてしまいました。河野さんと話すあまり。
「さーや……大丈夫?」
「え?ヘーキヘーキ……あははは……」
「もしかして、長風呂とかしない派だった?」
……はい。
いつもは遅くて10分、早くて5分の入浴ですので……
ゆらゆらした足取りで、部屋に帰る。
鍵は開いていたけど、中には誰もいない……いや、見えない?
たぶん、従業員さんが敷いてくれただろう布団に思い切り倒れこんだ。
「うへ~……」
頭がガンガンする……
ああ、誰かこのガンガンをとってくれ……
……意識が、そこで途絶えてしまった。
―――……
頬に、ひんやりとした何かが当てられて、目が覚めた。
「あ、起きちゃった」
はい、と言われて受け取ったのは、ペットボトルのミネラルウォーター。
「あ……りがと」
キャップを緩めてそれを飲む。
冷たい液体が、喉を通り、一気に胃に流れ込む。頭が少しすっきりした。
「杉浦先輩、超顔赤かったよ?なんか変なモンでも食った?」
「の、逆上せ……1時間ぐらい温泉つかってて」
「あ、なるほど」
改めて、辺りを見回す。
日はとっくに暮れている。時計は11時をさしていて……
隣には、小さい布団で寝息を立てる亜珠華ちゃん。
あ……よかった。ちゃんと部屋に戻れてる。
「カイジとユウヤと河野先輩、早速カラオケ行っちゃいました」
「カラオケ……」
……あの歌声を聞くのか、カイジ君とユウヤ君。
ちょっと気の毒……かな。
「蒼井君は?一緒に行かなかったの?」
「俺、カラオケとかよく分かんないし……それにあんま、歌上手くないし」
「え~……外見的に上手そうなのに」
「外見的って……」
そう言うと、彼は笑う。
……大好きだった笑顔。そして……今も……
―――今も?
「俺、今から本読んだりとかするんだけど、光とか大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫」
だってライトガンガンの体育館の中での校長の話で眠れるんですから。
「そっか」
そう言うと、何やら分厚い難しそうな本をカバンから取り出した。
男子高校生って、18禁を含むマンガとか雑誌とか読むっていう固定概念があったから、少しビックリした。
本に向かう後姿を見ながら……今、この人のことをどう思ってるんだろうって考えた。
ただの後輩じゃない。それは分かってる。
だったら好き?……分からない。
……もしかしたら、私の中にいるもう1人の私が、好きって想い始めるのをセーブしているのかもしれない。
だとしたら……永遠に、この分からない感情の中、もがき続けることになるだろう……
―――……
気がつくと、朝だった。
横にいる亜珠華ちゃんは、まだ寝息を立てている。そして、その隣にいる蒼井君も。
……今のうちに、顔洗って寝癖直して着替えよう。
お母さんから渡された袋を持って、洗面所に行った。
持ってきた洗顔料をあわ立てて顔を洗い、ドライヤーとヘアウォーターで少しついた寝癖を直す。
……縮毛矯正、とやらをお母さんにされてからは、寝癖は以前よりつかなくなった。
そして、渡された袋を開ける……
・・・……
な……なな……
「なんじゃこりゃあああああ!!!」
「ええっ!?これがさーや!?」
「マジかわいい!!!」
1時間後……荷物を持って、ロビー集合。
早速夏姫と河野さんが私を見て目を丸くする。
……当然だろう。
普段はかないブーツにワンピ、アクセ。
思いっきり“カワイイ”って感じの服には似合わないストレートな髪。
「さーや!せっかくかわいいのにその髪は合わないよぉ!杏里、コテ!」
「アイライサー!」
車内カラオケの一件で大分河野さんと仲良くなった夏姫は、河野さんの名前を呼び捨てしてる。
「さーや、そこに座るっ!」
「あ、あいらいさー……」
夏姫の剣幕に押されて、傍にあったイスに座る。
「よし、これで完成!」
5分も経たないうちに、私の髪は大変身を遂げた。
「は、派手すぎない……?」
「だーいじょうぶだって!うちらとあんま変わんないしぃ」
と言う夏姫と河野さんも、改めて見ればミニワンピ。
逆に私の方が長いくらい……
「んでんで~、さーや、大翔君となんかあったのぉ~?」
夏姫がつついてニヤニヤする。
「別に何も……気づいたら眠っちゃってたし、私。ていうかそれ以前に何もあるわけないじゃん」
「え~……つまんなぁい」
うん、期待するだけ無駄だったね河野さん。
それはそうと……男子軍団がまだだ。
「夏姫、男子軍団は?」
「あ~……たっくんはまだ準備してるみたい」
……普通彼女の方が準備遅くなるんじゃ?
「カイジ君とユウヤ君は気分悪そうだったから放置したよ」
放置って……
ちなみに蒼井君は亜珠華ちゃん待ち。亜珠華ちゃんはまだ、夢の中……仕方ないもんね、6時だもん今。
起こせばいい、って言ったけど……6時半ジャストじゃないと起きないんだってさ。
「ごめん夏姫、待った?」
「待ったよぉ!なんで準備に30分もかかんのぉ?」
「マジごめん!!!」
たっくん登場。いつになくキレ気味の夏姫さん。
夏姫、たっくんと結婚したら絶対カカア天下になるなぁ。
「おはようござい……ます……」
「おっはよぉカイジ君ユウヤ君!昨日楽しかったよねぇ!」
「は……い……」
2人は死にかけ……仮にも四天王のうちの2人でしょ……
よっぽど河野さんとのカラオケが効いたか。
「すみません、ほんと……」
「沙彩ちゃん、おはよぉ!!」
「おはよ、亜珠華ちゃん」
6時35分。蒼井兄妹の登場……そして、東郷夫妻も。
とりあえず、全員揃ったところで……
「じゃ~、行きますかっ!!」
いよいよメインの……遊園地!
―――……
車で約30分移動し……着いたのは、人がうじゃうじゃいる遊園地。
「うわあ……名古屋だけあって広い……」
ユウヤ君が、パンフレットを見て呟く。
「へぇ。ちょっと見せて?」
「あ、はい。どうぞ」
パンフを借りてみると……確かに広かった。
20を越えるアトラクション、10を越える売店、50を越えるトイレ……
……トイレ多っ!!!
「じゃ~とりあえず、人多いんで離れないようにしてください!」
そりゃそーやわ……
先にみんなで向かったのは……ジェットコースター。
「うぷっ……俺無理……」
「俺も……」
カイジ&ユウヤ君はジェットコースターそのものを見てリタイア。
亜珠華ちゃんは怖い、と言って乗らず……蒼井君もお医者さんから止められてるから乗らず。
乗るのは、東郷夫妻、夏姫&たっくんカップル、河野さんと私。
絶叫系、大好きなんでね、私。
「あ~楽しかった!」
思わずそう叫びたくなるほど楽しかった。
地下ジェットコースターとお化け屋敷が一体化している、特殊なジェットコースター。
やっぱいいね、絶叫系。
「次何乗る~?」
「あすか、コーヒーカップ乗りたい!!」
……という亜珠華ちゃんの意見で、コーヒーカップ。
これなら大丈夫、とカイジ&ユウヤ君が乗ったものの……加えて河野さんが乗り、彼女がハンドル回しすぎて……カイジ&ユウヤ君は火に油状態。
東郷夫妻、夏姫&たっくんカップルはまったりとラブラブと……私は亜珠華ちゃんとキャッキャいいながら乗った。
これもまた、蒼井君はドクターストップより乗れず。一気にドバッとくる回転は、脳に悪いみたい。
ゴーカート、メリーゴーランド、3Dシアター……ほんとになんでもある。
空いた時間には、2・3人で分かれて両親へのお土産も選んだ。
「あすか、沙彩ちゃんとおそろいの買いたい!」
「え?お揃い?」
「うん!たぶん、もう、会えなくなっちゃうから!」
笑顔でそう言う意味は分かんなかった。
それより……お揃い、という言葉に反応してしまう。
だって……唯ともお揃いのものを買ってしまったから。
過去のことがフラッシュバックしてくる。
そんな中、亜珠華ちゃんとお揃いのぬいぐるみを買った。
「やったあ!沙彩ちゃんとのおそろい……後でお兄ちゃんに自慢しちゃおうっと!」
小さな猫のかわいいぬいぐるみ。
今後、これはどうなっていくのかな……
あの時買ったストラップ。買った直後はいつまでも身に着けたいって思った。
でも今は引き出しの奥……捨てるべきだけど、捨てれない。
自分から別れを切り出したのに……ワケ分かんない。
「みんな集合しましたね~?」
待ち合わせ場所にみんなが集う。日は沈みかけていた。
「じゃあ次どこ行こっかなぁ~」
パンフをなぞりながら、夏姫が呟く。
……どうか、あそこだけは避けてくれますように……
と、そこへ……
「これどうぞ~!」
カゴを持ったお姉さん2人が私たちの輪の中に入る。
渡されたものは……チョコレート?
「あの、これは?」
「チョコレートショップ「Sweet Chocolate」の新作!とってもおいしいので食べてみてください!」
……毒は盛られてなさそうだけど……やっぱちょっと食べ難い。
「あ、ちょうど俺腹減ってた」
みんなチョコを見て固まってる中……蒼井君は躊躇なくそれを口の中に入れる。
つられてみんなもチョコを食べた。
……ん?なんか、トロッとしたものが……フォンデュ?お酒?
……お酒だなぁ。
亜珠華ちゃん大丈夫かな……と思って亜珠華ちゃんの方をちらりと見ると、みんなとは違う包み紙を持っていた。
よかった。そこんとこはちゃんと配慮してくれてたんだね。
「お……なかなかウマいかも」
カイジ君は絶賛。
「あ~……俺、酒無理だったっけ……」
たっくんは苦そうな口をする。
蒼井君はというと……意外と普通。
「それじゃあ、改めまして……とりあえず探しましょう!乗りたいのがあったらそれに乗る、みたいな!」
半ばヤケの夏姫の提案。歩きだした彼女のあとについて動き出した。
……なかなか乗りたいものがない。つまりほとんど乗りつくしてしまったから……
みんなの足が進むごとに、私の心臓はバクバク。
「ね~大翔兄ちゃん~……あすか、疲れちゃった~」
亜珠華ちゃんのこの言葉でみんなの足は止まり、私は安堵する。
「ちょっと休もっか。ね、亜珠華ちゃん?」
「うん!」
蒼井君……黙ったままだ。
でもよかった。時間稼ぐことができるから……
近くにあったベンチに腰かけ、辺りを歩く人を見る。
カップル、家族、夫婦、友達同士……いろんな人がいた。
しばらくしみじみとしながら見ていると……
「東郷先輩、ちょい自由行動していい?」
「え?あ、自由行動……うんいいよ!6時に最初の場所集合ね!」
「ありがと」
……おかしいなぁ。私以外の先輩には決してため口じゃない蒼井君が……
と疑問に思った直後……蒼井君がこっちに近づいてきて、私の左手首を掴んだ!
「ちょ、ちょちょちょちょちょ!!!」
慌ててバッグをつかみ、走り出した蒼井君のスピードに必死についていく。
「さーや!!」
背後から河野さんの声が聞こえてきて振り返ると……何やら、口が動いていた。
ガ、ン、バ、レ……?
む、無理だって!
だって、この先には……