第48話 クリスマス2-消そうとした感情-
女組、赤ワゴン車……
「車内カラオケたいかぁ~いっ!イエ~~~イッッッ!!!」
いきなり何を出したか……と思えば、そう大声で言う夏姫サン。
カラオケ大会……?
「実はぁ、カラオケ機器を今年買いまして……みんな歌おうじゃないかぁっ!!」
「ねぇねぇ、ジャニソン入ってる??」
「もっちろんっ!」
「じゃあさじゃあさぁっ!!!KAT-T○Nの『REAL FA○E』歌いたいっっ!!!」
「いーよん!じゃあトップバッターは河野さんでぇ!!」
河野さんと夏姫の、意味不明な交信……
ジャニソンって何?か○ぅーんの『りあるふ○いす』って何だ?曲名?
1人混乱してると、車内に前奏が流れ始め……
「ギリギリでいつも生きていたいからぁ~~~ああ~」
河野さんが歌い始めた……
ハイテンションで手拍子打ってる夏姫をつついた。
「ねぇ、か○ぅーんって何?アーティスト?」
「えぇ!?さーや知らないの!?ありえん……ジャニーズグループだよぉ!」
グ、グループだったんだ……
「ジャニーズグループって、ア○シしか知らないんだけど……」
「あ~なるほど!!今年大活躍だったからねぇ~!!!」
そして私も、手拍子に便乗した。
2曲目で夏姫、3曲目で再び河野さんが歌い始めた頃……座席の隅っこで小さく蹲っている亜珠華ちゃんに気づいた。
「亜珠華ちゃん……だよね?」
信号にひっかかっていることをいいことに、亜珠華ちゃんの席の隣に移動する。
返事は……ナッシング。
「あれ?違ったかな……アスミちゃん?いや、アズミちゃん?それとも……アラスカちゃん?」
「……あおいあすか、です……お兄ちゃんがいつも、お世話になってます」
顔を少しこちらにむけて、亜珠華ちゃんは言う。
……さすがにアラスカちゃんはないだろうなぁ、カナダの地方かい。
って、今それは置いておいて。
「それは、ご丁寧に……お家、帰りたいの?」
亜珠華ちゃんは、首を横に振った。
「お家帰っても、誰もいないの。お母さんはずっとお仕事……お父さんは、死んじゃったの。あすかが2歳のとき」
……この子は、当たり前のようにサラッと言う。
私は……何も言えなかった。
「でもね、大翔兄ちゃんがいるから全然寂しくないんだよ!」
「……そっか。お兄ちゃん、とっても優しい人だもんね」
「うん!大翔兄ちゃん、ほんとのお父さんみたいに優しいんだよ!」
そう言ってる亜珠華ちゃんの目は……強がってるようにも見えたし、真実だけを話しているようにも見えて。
それからずっと、蒼井君のことや家族のことについて亜珠華ちゃんと話した。
「さーやぁ!!!さーやも何か歌えいっ!」
「げ……私が?」
カラオケなんてしたこともない私が!?
「ほらぁ、何か好きな曲言ってよさーやぁ!」
河野さんに急かされ……
う~ん、好きな曲って言われてもパッと思い浮かぶものがない。
なんかまるで……音楽の授業が始まる前にクラスのみんなから「さーや何か弾いて~!」って急かされるみたいだ。
「沙彩ちゃん、あすかと一緒に歌お!」
「え?」
「あすか、あいちゃん大好きなの!さく○んぼ歌いたぁい!!」
……マジっすか?
そりゃあ曲は知ってるけど、歌うとなれば……
「さーやがさく○んぼ!?何か新鮮~!」
「よっし、それにしよう!いいよね?さーや?」
「沙彩ちゃん、歌お~!」
3人のキラキラした目に負け……半ば自棄で承諾した。
SAに寄って、車から降りる。
時刻は6時……いつもより若干早めの夕食をしましょう、と夏姫のお母さんは言った。
「沙彩ちゃん、あすか、おなか空いたぁ。歩くのしんどい~……抱っこして~?」
「いーけど……大丈夫?」
よいしょ、と亜珠華ちゃんを持ち上げる。思ったよりずっと軽い。
「うん、大丈夫……お兄ちゃんはどこぉ?」
「お兄ちゃんは……あ、いたいた」
蒼井君とたっくん、カイジ君とユウヤ君、夏姫のお父さんがベンチに座って何かしていた。
高速道路の状況とか、ETCとかの関係で男組の方が結構早くに着いたみたい。
「たっく~んっ!!!」
夏姫が大声で叫ぶと、5人は一斉に私たちを見る。
ケータイをいじっていた蒼井君は、亜珠華ちゃんを見るなりケータイを閉じて駆け寄ってきた。
「ちょ、亜珠華、お前何して……」
「ん~?おなか空いたししんどいから沙彩ちゃんに抱っこしてもらったの~」
「アホかお前は……ごめん、杉浦先輩。亜珠華が迷惑かけて……」
そう言うなり、私の腕の中にいる亜珠華ちゃんを抱き上げた。
「亜珠華、しんどくても自分で歩くのが普通。お前、もうひまわり組だろ?」
「はぁ~い……」
ひまわり組……はよく分かんないけど。(ひまわり組=幼稚園の年中のクラス)
さすがお兄さん。しっかり躾けてる。きっと私には無理だろうなぁ……
SAで夕食を食べて、メンツ変え。
夏姫父率いる黒車には、私、蒼井君、亜珠華ちゃん、カイジ君。
夏姫母率いる赤車には、夏姫とたっくん、ユウヤ君、河野さん。
「は~……同じ車でもなんか広いわぁ」
カイジ君は車に乗り込むなり、そんなことを言った。
黒車は赤車に対して普通車。ドライバー合わせて5人乗り。
ドライバーに夏姫父、助手席に私、膝の上に亜珠華ちゃん、3人乗るはずの後部座席には蒼井君とカイジ君が座った。
「どデカい男3人が座ってたからなぁ。もうきっついのきっついの……」
「悪かったな、どデカくて」
いや……蒼井君よりカイジ君の方が若干身長高く見えるけど……
あ、そうだ。
「カイジ君、だよね?」
「ああ、小西カイジ。体育祭ではお世話になりましたぁ」
「いや、別に男子は世話してないけど……」
「あれ?忘れたんすか?まぁいっか」
……すんませんなぁ、物覚えが悪くて。
「私の名前は……」
「知ってますよ。杉浦沙彩先輩でしょ?コイツが色々と……ムガッ」
後ろを向くと、カイジ君が蒼井君にほっぺたをつかまれている……
「何でもないよ、うん、何でも……」
「はひゃへ!ひほほぉ!!(放せぇ!大翔ぉ!!)」
2人が相当仲睦まじく見えて……思わず、笑みがこぼれる。
何か、怒ってるような蒼井君の顔……
……可愛いなぁ。
―――あれ?
「沙彩ちゃん?どうしたの?」
亜珠華ちゃんが見上げてくる。
「あ……な、何でもないよ。ちょっと忘れ物したかもって思っただけ」
「え?沙彩ちゃん忘れ物したの?取りに帰る?」
「あ、いえ、別になかったってことに気づいたし……しかも今からリターンしてたら、名古屋に着くの、明日になっちゃいますし……」
夏姫父の心配そうな顔と声を交わし、窓を見る。
ガラスに映ってる、私の顔……相当、醜いかもしれない。
さっき、私は……蒼井君のこと、素直に可愛いって思えたんだ。
それは……あることを、意味していた。
自分を、悪役にしないため……なるべく、自分自身にも隠し続けていたもの。
唯と付き合ってる間……必死に忘れよう、消そうとした、あの感情を。