第46話 楽しみ
「あの、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
12月7日。この日の最高気温10度。
お母さんから冬服着用令が出てしまい、渋々クローゼットからブレザーと冬スカートを出して着て登校。
まぁさすがに私も人。暑いとはもう思わないけど……電車の中の暖房だとか、周りの人たちが着用している防寒具を見ると、気分が茹る。
そんな中、40分……やっと海宮市駅について、ホームへ降りた。
……で、メガネをかけたスーツ姿の女性とチャラそうな私服の女性、あわせて2人に声をかけられたのが今。
「何ですか?」
「お名前を教えていただけますか?」
……名前?まぁ別にいいけど……
「杉浦沙彩です」
「漢字は?」
「杉田玄白の杉に光浦○子の浦。サンズイに“少”しで“沙”に色彩の“彩”で杉浦沙彩ですが」
何故か必死に私の名前をメモってる2人……
「杉浦沙彩様……私、こういう者でございます」
メガネに渡されたのは、ゴールドの紙。『Peach&Cherry 編集記者 田辺紀子』
「あ、私も渡しとこ~っと」
チャラそうなのに渡されたのもゴールドの紙。『Peach&Cherry 編集アシスタント 香川みなみ』
その名前の下には、『09127 杉浦沙彩様』と書かれてある。
2枚とも、おそらく名紙。てか派手色。てか編集記者か……。確かに一方はそんな感じがする。もう一方は……スルーしよう。スカートのポケットにつっこんだ。
「あなたは今何年生ですか?」
「……高2ですけど」
「えぇっ!?うそぉ!!!大人っぽ~い!高3だと思いましたぁ!!!」
……外見相応にオーバーリアクションだな、香川って人。
田辺っていう人が香川の腕を肘でつつく。小さく香川は「すいませぇん」と縮こまった。
「高2ならもちろん、Peach&Cherryはご存知ですよね?」
「……知りませんが……桃とサクランボ……?」
2人の表情は、「え」って感じで固まる。
……マズいこと言ったか?私。
「……ええええっ!?うそぉ、知らないのぉ!?統計からでいうと女子高生の3人に2人のイマドキ女子高生は読んでるっていうのに!ましてやあなた、イマドキの女子高生じゃない!」
うるっさいなぁ。何回女子高生って言ってんだよ。外見相応に頭悪そうだなぁ……
「意識調査なら、知らないに1票入れます。失礼します」
と言い、踵を返そうとした途端……
「あああ!!!待って待ってぇ!意識調査ならわざわざ名紙渡さないわぁ!」
「だったら何なんですか……桃とかサクランボとかイマドキとか……」
「じゃあ、結論から言いますね」
田辺はバッグから、何か取り出す。
……カメラ?
「今、Peach&Cherryの冬の大特集で「イマドキ女子高生の制服きこなしスナップin静岡」っていうのをやってるんです」
……何ソレ。てかなんでここなの?普通東京でしょ……
「なので1枚だけ撮らせていただけませんか?」
「……嫌です。写真嫌いなんで。じゃ」
ソッコー踵を返し、早歩き。
「ええ~っ!残念っ!Peach&Cherry、今度よんでね!ヨロシクねぇ~!!!」
香川の声がホームに響き渡る。
歩く私に視線が集まる。……そんな見んといてくださーい。
そして、実は写真嫌いな私。
修学旅行の時も東京で班員(夏姫・唯・伶)との写真を自由に撮るときでさえ上手く逃げて拒否した。
まぁでも夏姫がカメラ独占してほぼたっくんと撮ったわけだけど。
クラスの集合写真でも、常に後ろ。シャッターがおりる瞬間にバッとかがんだ。
「制服スナップとかマジ勘弁だし……」
そのまま早歩きで駐輪場へ向かうと、胸ポケットの中から自転車の鍵を取り出した。
「聞いたよぉんさーや!」
教室に入るなり、早めに来ていたらしい夏姫がすり寄ってくる。
何を?と聞くと……
「あの紀子サマとみなみサンにスナップ要求されたんでしょ~??」
声デカッ……つか情報早っ。
なぜかみんな、耳打ちしあっている。
「ああ、うん。これ……」
スカートのポケットに入れておいたゴールドの2枚の名紙を夏姫に見せる。
「ええええええええええっっっっっっ!!!!!S級カードじゃんこれっ!」
……の声に……
「うっそぉ!どれどれどれぇ!?」
「紀子サマとみなみサンのS級カードォ!?」
わらわらドドドドとクラス中の女子が集まってきた。
……まぁ、私はうまくすり抜けカバンを片付けた。
女子の群れの中から、夏姫が出てくる。
「ねぇ夏姫、名紙がなんなの?なんでみんなあんな猪みたいになるわけ?」
「も~……相変わらず無関心なんだからさーやはっ!」
人差し指を立て、夏姫は田辺と香川、桃とサクランボについて力説し始めた。
Peach&Cherry。桃のように甘く、サクランボのように可愛い女の子になるためのヤングファッション雑誌。
売り上げ部数は他のヤング誌よりも圧倒的に多い。意識調査によると、女子高生の約3人に2人はこのPeach&Cherryの読者らしい。
そんなPeach&Cherryの巻末には、編集者のコーナーも。
そのコーナーで人気なのは、さっき私に話しかけてきた田辺と香川。
田辺はその硬派なルックスと仕事のテキパキさで、読者から「カッコいい」と崇拝され紀子サマと呼ばれてる。
香川は常に流行の最先端を走る、読者の憧れの存在。通称みなみサン。
そんな2人は街角スカウトや雑誌用のスナップを撮るため、日本全国2人でダッグを組んで放流し、話しかけた女の子の可愛さ度によって銅色、銀色、金色の名紙を渡す。
特に金色の名紙を持っていたら、将来芸能関係の仕事に就きたいときに事務所にそれを持って行って見せれば即入れてくれるらしい。
「あの名紙があれば、さーや、いつでも芸能事務所入れるねっ!」
「冗談じゃない……」
人差し指を親指に変えて「グッジョブ」のポーズをする夏姫の手をそっと制した。
「あれ、オークションとかで売ることってできるの?できるよね?」
「ざんねぇん!もらった本人しか使えないのだ!名前書かれてあるっしょ?」
……あ。そうだった。
「じゃあ消しゴムで消して……」
「フツーにボールペンじゃ~ん」
……だよなぁ。
「じゃあ駅まで返して……」
「もういないと思うよん?たぶん大阪あたりに行ったと思う」
……時、既に遅し。
「……もういっそのこと廃棄……」
「捨てちゃったらさーやと絶交するよん?」
それはヤダ。
「まぁ絶交は嘘だけどねぇ~。記念に取っときなよぉ。あの名紙、1ヵ月に多くて3人にしかあげないんだよ?プレミアだよ?レアだよ?」
「……はい」
詰め寄ってくる夏姫に小さく返事した。
夏姫は満足げに「ならよし!」って言った。
始業5分前。
「よっす!」
ここ数日間、新型インフルエンザで休んでた唯がやって来た。
「おっはよぉ唯!完治?」
「おう、バッチリ完治!これでインフルかかんないしぃ~」
インフルエンザにかかると、インフル菌に対する免疫がついちゃうらしい。
けどまたインフルかかる人もいるけど……
ていうか唯……なんだか超吹っ切れた感じだ。
「唯、今日超テンション高いねぇ!何があったの?」
私が思ったことを代わりに夏姫が聞く。
「ああ……姉貴の旦那がやっと伏せたんだ。「お前が高校卒業するまで手は出さない」って」
「へぇ~!よかったねぇ!それでかぁ」
……ん?
「夏姫知ってたの?唯が族かなんかの総長だって……」
「うん!1年の時から」
……マジ?
なんで早く教えてくんなかったの、と唯に聞いた。
「だって沙彩、刑事の娘だろ?」
……それだけかい!
「別にお母さんにチクるわけないのにさぁ」
「じゃあ、仮に沙彩が超人気若手俳優と歌姫のデートを目撃したとするよ?ジャーナリストの息子の俺に言う?」
「……あ、確かに……ちょっと言えないかも」
だろ?と唯は言った。
……多分唯は気づいてないだろうけど……私たちの間に信頼感って実はなかった、って暗に言ってる気がするなぁ。
「そういえばさ、もうすぐクリスマスじゃない?」
「あ~、イエス・キリストの誕生日……」
12月25日。恋人たちが愛を語らう行事……
「私の家、飾りつけがハンパなくってさぁ~!ツリーも、唯よりはるかにでっかいの!」
唯は身長175センチ前後……それ、ハンパなくデカいじゃん。
「俺の家は……奴らが勝手に俺の家に踏み込んできて、勝手に飾り付ける。んで、勝手にパーティー始めてる……かなぁ」
「うっわぁ、超仲いー感じじゃん!さーやん家は?確か去年聞いてなかったよね?」
「あ~、家は……」
……家は、とにかく仏教を厚く信仰している。お父さんの影響だ。
月1回は神棚に祀られている銅像に向かってお母さんと一緒に手を合わせている。
小さい頃からお経1冊丸まる覚えさせられ、今では窮地に陥ってもそれが思い出すことができる有様。
……なんて言ったら空気が乱れるだろうから……
「特に何もない……かな。お祝いも別にしないし」
「あ~そっかぁ。共働きだからねぇ……」
夏姫が、うんうんと頷く……そして何故か、眉間にシワよせ目を瞑り、う~んと唸って何か考えて始める。
「ねー唯、夏姫何考えてると思う?」
「さぁ?小原とのデートプランじゃない?」
唯とこそこそ話してると……
「そうだっ!」
って言って、目を大きく開いた夏姫。
「提案なんだけど、今年のクリスマス……」
「遊園地?」
帰り道。偶然蒼井君を見つけ、朝のことについて話す。
「……っていう、夏姫からの提案なんだけど……」
「クリスマスに遊園地……」
蒼井君は何か考えている様子で……
「遊園地って、何するとこなんですか?」
「は!?え、そこから!?」
「だって俺、行ったことないし……名前は聞いたことあるけど。文字からして遊ぶところ?」
「ま、まぁそんな感じ……」
ビックリした。この世にまだ遊園地を知らない高校生がいるなんて……
遊園地ができたての頃だったらまだ分かるけど……普及してから何十年目だっけ。
「なんか、おもしろそう。うん、行きたい」
「本当!?」
内心、パッと明るくなる。
「え?」
「あ……っと、蒼井君って妹いるでしょ?えっと……亜珠華ちゃんだっけ?その子寂しそうにするだろうから、断られるかと思って……断られたら夏姫らにどう話そうって、ちょっと計画立ててたとこだから、うん」
笑い混じりの口実……なんとか自然的にしようとがんばった。
「亜珠華か……母さんもどうせ仕事だろうな……」
「あ、なんだったら亜珠華ちゃんも一緒にどう?」
「マジ?いーの?それメッチャ助かる」
あ、別にシスコンとかじゃねーから、と彼は付け足した。
「亜珠華ちゃんも遊園地行ったことないの?」
「うん。なかなか親が休み取れなくて……取ったとしても、1日中部屋で寝てるし」
「そうなんだ……きっと楽しめるだろうね。初めての遊園地って、なんかすっごいワクワクした記憶があるな」
幼稚園の頃……お母さんが偶然休みを取れて、明日遊園地に行こうって話になった。
遊園地ってどんなとこ?って聞いたら、「すっごい楽しいところよ」って返ってきて……その日の夜は楽しみのあまり眠れなかったっけ。
「先輩でも楽しみに思うことってあるんだね」
「うん、あるよいっぱい……って、それどういう意味ですかい?」
「アハハ……」
む。笑って誤魔化したな。
……ま、いっか。交渉成立ってことで……
クリスマスまで、あと18日。