第41話 2人の自分
「昨日どーしたのよ沙彩。夕飯食べた形跡なかったじゃない」
深夜に帰ってきたらしいお母さんが、朝そう言う。
「ちょっとね……」
一睡もしていないせいか、半端じゃない眠気に耐えながら歩き、コップに水を入れて飲んだ。
冷たい水が、ほんの少し眠気を紛らわせてくれる。
「……ねぇお母さん」
「何?」
「……恋人がいるのに、他の人のことが好きってどう思う?」
無意識にそう聞き、朝食のオムレツを口に運ぶ。
「一言で言うと……最低ね」
「……そっか」
……これが、ほとんどの人の意見だろう。
分かってたけど……言葉にして言われると、自分に対して言われてるわけでもないのにキツい。
「ようするに浮気じゃない。その人のことが好きだから恋人になったわけで……他に好きな人ができるなんて、許されないと思う」
恋人=好きな人。
前……桃花が言ってたこと。
“「でもさ!高杉君以外に好きな人とか気になっている人がいたら、ソッコー別れるのがオススメだよ!相手も苦しむだけだっちゃあ!!」”
唯以外に……好きな人……
「恋人にバレていないって思ってても……実際バレてるもんよ。どっちが好きなのかよく考えてみなさい」
それじゃ、仕事行ってくるねと付け加えて、お母さんは家を出た。
「……やっぱお母さんにはバレたか……」
オムレツが、なんかしぼんで見えた。
学校に行く支度をして、駅に行く。
まだ電車が来てないから、近くにあるベンチに座った。
ケータイをいじってると……
「ね~君、超可愛いじゃん。高校生?」
両端に、浪人生らしきチャラい格好をした2人の男が座る。
「……そーですが」
なるべく目を合わさないように、ケータイをいじり続ける。
「お~!冷てぇ!」
「可愛い顔しておっかねーなぁ!」
……余計なお世話だ。
「な~、学校なんかサボって俺らと遊ばない?」
左側の男が、2つ結いにしてる私の髪をいじる。
さすがの私でもムカつき……ケータイをパチンと閉めその手を振り払った。
「汚い手で触んないでください」
「あ?」
……どうやらあっちもムカついた模様。
同時にホームのアナウンスが聞こえてきた。
「電車来たんで失礼します」
カバンを手に取り、さっさと歩き出す私の手首をチャラ男は掴む。
「おい、待てよ!」
「……しっつこいなぁ!」
無理矢理手を振り解いて、そいつ等の方を向き……腹部に蹴りを入れた。
「うっ……」
そいつは地面に倒れこむ。
もう1人も拳を振り上げて近づいてきたから、私は拳が振り下ろされるその瞬間、相手の眉間を殴った。
……覚えていてほしい。人は正中線(特に眉間)にあたる部分を殴られると一発KOだってこと。
「……今度は華奢な子をナンパしろよな」
そんな言葉を吐くと、私は乗り場に向かった。
思えば……男と対戦したのは、高2に入ってから2回目。
1回目はこっち見てニヤついていた男。
2回目はさっきの奴等。
1回目は……蒼井君にしかと目撃されて、尊敬されまくったっけ。
とにかく恥ずかしかったな……
「さーや!こっちこっち!」
向こう側で夏姫が手招きしている。
「おはよ夏姫」
夏姫の隣に座った。
……夏姫は私のこと知ったら……どう思うだろう。
幻滅されるのかな……
「昨日、たっくんと遊んだんだ!ゲーセン行って……そん時撮ったプリがこれ!」
「へぇ……」
夏姫とたっくんこと拓海が映っているプリクラ。
満面の笑顔で映ってる夏姫と、何をどーしていーか分からず、とりあえずピースサインを作ってる拓海。
仲睦まじいカップル。それが2人に妥当する言葉。
「そういえばさぁ、さーやと唯がデートしてたって噂、一度も聞いたことないんだよね」
「……え?」
いきなり唯の名前が出て、声が裏返る。
「遊ぶときは必ずと言っていいほど私とさーやと唯っていうメンバーじゃん?たまにはさーや&唯のコンビを見たいっていうか……」
「……」
何も、返す言葉が見つからない。
確かに……付き合ってから一度も、唯と2人でどっかに遊びに行く……いわゆるデートするなんてことは1回もなかった。
「まぁデートしてなくてもさーやと唯は仲よさそうに見えるからいーけど~……唯が浮気しないようにね?」
「う、うん……」
浮気してんのは……どっちだよ。
確かに私は、ちゃんと努力したし頑張った。
唯を見れるように、唯を好きになれるように。
蒼井君に対する想いは……海に溶け込んでいくように忘れてたはずなのに。
“「いちばん、好きな人と一緒になれ」”
伶君のこの言葉に……心が揺れて、涙が出た本当の自分。
もし、唯のことだけ見ていたら……いちばん好きなのは、唯1人だよ、ってはっきり言えただろうか。
……私、気づいてしまった。
精一杯、周りに怪しまれることなく唯の彼女を一生懸命に演じていた自分。
私が気づかなかった、どんどん彼女がいるあの人に対して想いを膨らませている自分。
2人の自分に……気づいてしまった。
だって……
一緒に笑い合った記憶。
一瞬一瞬のあの人の笑顔。
その笑顔を見るたび、ドキドキした自分。
あの人と見た、綺麗な海宮花火。
迷子になっていた海翼ちゃんの目線に合わせてしゃがんだ姿。
……擦れ違った時、全く気づいてくれなかった寂しさ。
あの人を想って涙した記憶。
全部全部……鮮明に思い出せる。
まだはっきりと、くっきりと。
……まだ、好きなんだ。




