第40話 どっち
「ねぇ、愛美さんってどんな人?」
「……まぁ、一言で言うと可愛い奴」
涙が収まって、愛美さんについて聞くと……返ってきたのは、ノロケ?
「なるほどねぇ……」
「俺がいじる度にオモロい反応して、もう可愛いのなんの……」
わぁ……こんな笑顔の伶君初めて見た。
「あと、男嫌い」
「マジ?あんな可愛いのに?」
「ああ。なんか男は怖いって……好きになったのも付き合ったのも俺1人。まぁそこも嬉しいんだけどね」
写真の中の愛美さんは……物凄くフレンドリーで女子や男子とも仲良くって……な感じの子だったけど……
さて、伶さんのおノロケ状態は……
「愛美はやっぱ、俺しか見えてなかったと思うよ。まぁ俺も愛美しか見えてなかったけど」
……最高潮です。
「その状態だと、愛美さんにもデレデレだったんじゃない?」
クラスメイトの中川君を思い出した。(中川君……マオという1年生の彼女がいて、その彼女を「ま~タン」と呼んで授業中以外ほとんど彼女にくっついている、典型的なデレ系男子)
「いや……んなことねーよ。心ん中ではめっちゃ大好きなのに、チビとかバカとかっていっつもからかって、全然素直になれねーで……あ~、もっと好きって言えばよかった……」
空を見つめ、呟くように言う伶君。
……今、その言葉の裏でどんなことを考えているんだろうか……
「なんか、杉浦と喋るとスッキリする」
「え、そう?」
「適度に深入りせず、そうでもなく……って感じ」
「それ、微妙じゃん」
何分かして海宮市駅に着いた。
「じゃ、また明日。……いろいろ教えてくれてありがと」
いろいろっていうのは、愛美さんのこともだし……唯のこともだし。
「ああ。……あ、そうだ。来週の月曜の5時、旧校舎裏で待ってるって」
「え?」
「あ、これ伝言。唯からの」
心臓が、ドクッと跳ねる。
そして、鼓動が速くなる。
「う……ん、分かった」
「そんじゃ……あ、俺のノロケ話、誰にも言うなよ?」
「分かってる……」
来週の5時……私が伝えるんだろうか。
それとも……唯が伝えるんだろうか。
―――……
家に帰っても、お母さんはまだ帰っていない。お父さんも勿論いない。
私の足音だけが響く廊下……
「寂しいな……」
来週の今頃……この寂寥の感は、更に募るのかな。
部屋に着いて、ベッドに寝転びケータイを開く。
ここで……何回涙を流したかな。
子供の頃……お母さんに叱られて、目に涙いっぱい溜めて、自分の部屋に駆け込んで……
高2の最初……私立大学の進学を断念させられたとき、大声で怒鳴って自分の部屋に駆け込んで……
私が涙を流す場所は、いつもここだった。
弱い人間と見られたくないから、人前では決して涙を見せなくて……
……最近は、弱虫になって。いっぱい人前で泣いてしまった。
唯の前で。そしてさっき、伶君の前で……
ほんと、頼ってばっかだ。
でも……私は今、普通の人間になろうとしている。
人前で笑って怒って泣いて……いっぱい感情を出すようになって。
夏姫に、桃花に……そして唯に、蒼井君に出逢ってからかな……
待ち受け画面を眺めた。
……海宮崖からの帰り際、撮って素早く待ち受けに設定した、海宮海。
生命の源ともいえる海。
みんな海から生まれ、海に帰っていく。
その間の期間……つまり人生は、100歳で亡くなったおばあちゃんみたいに長い人もいるし、10年ちょっとしか生きられなかった短い人もいる。
いつかは海に帰っていく。
その定めを知ってても、海を見ると、誰でも元気になる。
生命を貰うから……元気も貰う。
人にとっても、何にとっても大切な海。
私にとって大切な人は―――……
……あるジャニーズグループの、『Love so swe○t』が聞こえてきた。
電話の着信音……唯から。
正直今は出にくい……でも、出なきゃいけない気がする。
通話開始ボタンを押し、耳にケータイを近づけた。
「……もしもし」
『もしもし……沙彩?』
いつもどおりの唯の声……
「……うん」
『もう帰った?』
「……うん」
『そっか。海宮海綺麗だった?』
「……う……ん」
声が掠れる。いつの間にか、目には涙が溜まっていて……
『……沙彩?……伶から聞いた?』
唯のその言葉に、相槌を打つことができなかった。
『……ゆっくりでいーから。1週間で答えが出なかったら……旧校舎裏、来なくていーから』
……その言葉に連動して、蒼井君の顔が浮かぶ。
そうだ、誤解の件……!
「あの、ゆ……」
『沙彩の本当に好きな人、俺じゃなくても……俺、絶対責めねーから』
その言葉を残し、電話は一方的に切れた。
その日……夕食を食べるのも忘れ、一睡も出来なかった。
……ずっと考えてた。