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海と想いと君と  作者: coyuki
第2章 優しい人
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第39話 いちばん、好きな人

“「俺じゃ、蒼井の代わりになれない?」”


その言葉がきっかけで、私に唯という彼氏ができた。

以前は……恋人とか彼氏とか……


すぐに引き裂かれるもろい仲。

やらしいことだけする仲。


そう思ってたけど……1回も、そんなこと思わなかった。

“どうせすぐ別れるだろう”なんて、1回も思わなかった。

そんな私は……油断してたのかな。


現在と過去。いつもと変わらない私と……

付き合い始めて、さり気ない優しさとかは相変わらずだけど、極端に口数が少なくなった唯。

いつのまにか……壁が、できちゃってたのかな。


目には見えないけれど、途轍もなく分厚い壁が―――……


月曜日。今日は伶君の“彼女”の愛美さんのお墓参り。

……だったが……


「……おっそ」

「ごめんごめん……すっかり寝過ごしちゃった」

この休みの間……夜は眠れず、朝になると眠気がくる……という、逆転生活が定着してしまった。

今2時30分……30分の遅刻。

ああ、我ながら情けない……

「まぁとりあえず行こ」

「うん」

墓地までの道は分かんないから、私が伶君についていくという形で海宮市駅から離れた。


海宮病院の近くまで来て、崖を登って……

「ここが、海宮崖」

「うっわぁ……」

やって来たのは、見晴らしのいい場所……いや、正確には墓地だけど。

崖の上にあって、崖から落ちないよう柵ができていて……

その柵に手をかけ、辺りを見る。

一面の……

海宮海カイグウカイ……」

海宮市の名所ともなっている、めっちゃ綺麗な海宮海。

海の近くに墓地があるから、「幽霊が出るかも」と、あんまり観光客は来ない……という話を、どっかで聞いたことある。

その墓地に、愛美さんのお墓があったんだ……

「杉浦って朔良中だよな。海宮海来たことねーの?」

「来たことはあるけど……砂浜で遊んだぐらいかな。こんな高いとこから見下ろした経験ない……」

「ふーん」

海宮海を十分吟味して……

「さてと……愛美さんのお墓参りだよね」

「そーそー。本題それ」

崖の上のもうちょっと奥にある、墓地へと足を進めた。


「ここが、愛美の墓」

ひとつの、小さなお墓。『早川家之墓』と彫られている。

もうずっと掃除されてないらしく……葉っぱがあちこちに散らばっている。

「……掃除、してあげてもいーかな?」

「あ?ああ……」

すぐそこにあったホウキを取って、お墓周りの葉っぱを集める。

「愛美さんて……もしかして、身寄りがいない……とか?」

「両親が離婚してて、母方の祖母の家に引き取られた。愛美の母さんは愛美が中1のとき交通事故死……愛美の祖母も、俺等が高1のとき癌で他界してる」

そんな事実を聞き、1回手を止めた。

「なんか……ずっと寂しかったのかな、愛美さん」

「なんで?」

「オーラが……凄く寂しく見える」

「お前は霊媒師か。……俺がいたから、寂しくねーよ」

「すっごい自信だね、伶君」

掃除を再開させた。


一通り掃除を済ませ、地べたに座り込む。

「疲れるね~……ずっと腰曲げてたから、腰が痛いのなんの……」

「お前婆かよ」

「だってもう17になるんだよ?」

いや、17でも若いっちゃ若いか……

「……これが愛美」

そう言い、伶君がケータイを見せる。

待ち受け画面らしく、可愛い女の子が満面の笑みでピースしていた。

まさしく、愛らしく、美しい……

「可愛い子……名前負けとか全然してないね。むしろ名前勝ち?」

「余裕勝ちって感じ?」

何故か勝ち誇ったような表情の伶君。

……こんな伶君初めて見たなぁ。

「ねぇ、線香持ってきたけど立てていい?」

「いーけど……よく用意できたなぁ、線香って」

「お母さんが線香マニアでよく集めてんの」

お墓参りのことを話したら、快く貸してくれた線香。

煙が少なく、それでいて花の香り……

それの先端に火をつけ、丸い火種を息を吹きかけ消す。

1本の煙が出てきて、先端が赤く染まった。

それを立てて、手を合わせる。

「……初めまして、愛美さん。私、あなたの彼氏の伶君と同じクラスの杉浦沙彩」

目を開けて、お墓に語りかけた。

「愛美さんが生きてたら、同級生だね。じかに会ってみたかったなぁ……」

バカみたいだけど、もしかしたら届いてるかもしれない。

「あ、私、伶君の彼女ってことは全然ないから!私には、高杉唯っていう……」

思わず、口を噤む。

なんか……やるせない想いが、込み上げてきたから。

「……と、とにかく!伶君の彼女はいつまでたっても愛美さんだから……それだけは信じてて」

そう言い切った途端……さっきまで吹いていた風が、より一層強くなった気がした。

「届いたかも……な」

そんな伶君の言葉に、私は大きく頷いた。


崖の上に戻り、私と伶君は柵にもたれかかる。

「俺さ、いろいろ唯から相談受けた」

「……え?いろいろって?」

「お前と唯が付き合い始めた頃から頻繁に」

唯が……相談?

一体何の……

「「沙彩が想ってる人を越えるにはどうしたらいいか」とか……主にそれかな」

「私が想ってる人って……」

……瞬時に、あの笑顔が浮かんだ。

「この頃とか、特に。杉浦、あの西院って女子の見舞いにほぼ毎日行ってただろ?当然そこには西院の彼氏……蒼井ってやつがいるわけで……」

バ、バレてる……

私、蒼井君のこと伶君に言った覚えない……けどなぁ。

「それが物凄く不安だったらしいよ唯は。……まぁそれでもお前はちゃんと唯だけ見てると思うし、問題ないと思ったんだけど……あくまで客観的だけどな」

……そうだよ。ちょっと時間はかかったけど……今はちゃんと、唯だけを見れてる。

他の男子のことは、考えたことがあまりない……


……あれ?だったら……

私は、唯のことを考えていた?


「問題はお前がどーかだよ。ちゃんと唯のこと見てる?」

「……って思うけど……」

「じゃーさ、お前があの蒼井ってやつを好きになったときの自分と唯を見ている自分を重ねてみ?……なんか違わねぇ?」


蒼井君を好きだった自分……


いつもいつも蒼井君のことばっかり考えてた。

夜眠るときはあの笑顔が頭に浮かんで……

忘れなきゃ、と思う夜はいっぱい涙を流した。


唯を見ている自分……


唯の彼女でありながら、最初は蒼井君のことばかり見てた。

唯のさり気ない優しさに罪悪感を覚えた。

唯の優しさに甘えていた。


……そこに、私の気持ちの形跡はある?

ただ、唯のことばかり見てて……その目には、気持ちなんてあったのかな。


「……俺さ、愛美がいなくなって……ほとんど夜は寝れねーし、女遊びばっかしてたし。相当荒れてた。でもな……よく考えたら、本当に好きな人がいなくなるまで、彼氏でいられたってことだって気づいて……それってすっごい奇跡じゃんって」

空を見上げる伶君。

……今、脳裏に何が浮かんでいるだろうか。


愛美さんと過ごした時間。

愛美さんのひだまりみたいな笑顔。

愛美さんと見上げた空。


私は……いつか、この空を見上げたとき……

誰を脳裏に浮かべたいんだろう。


「どうとも思ってない人とか、好きでもない人と自分に嘘ついて過ごしている時間ほど、無駄なモンはねーよ」

その呟きには、何かがこもっていた。

「……杉浦。好きでもない人に好きじゃないって伝えんのも、優しさだと思う」

伶君はまっすぐ、私を見た。


「いちばん、好きな人と一緒になれ」




その瞬間……私の中で、何かが変わった。

頬には、涙が伝ったんだ。




私は……“受け止めてくれた”唯が好きなんだ。




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