第38話 気丈さ
私は咄嗟に隠れた。
激しく動悸を打つ心臓……それをつぶれるくらい、ギュッと抑える。
……あ。この感じ、何かに似ている……
「にしても先輩遅いよね~!」
病室の中から、咲良ちゃんの元気な声が聞こえてきた。
「……そーだな」
若干元気なさそうな蒼井君の声。
……行くなら今だ!
「ごめんごめん!ちょっと時間割聞かれたもんで……」
空元気で病室に入る。
「いきなりケータイなって焦ったよ……ま、電源切り忘れた私が悪いんだけどさ?」
窓辺においておいたカバンを掴み上げ、次の嘘を考える。
……時間差を作んなきゃいけないから……
「しかも、立て続けに夏姫から打ち上げメールが来てさ~。そーゆーことで帰るね」
「あ、あの、先輩……」
「ん?」
「あ、なんでもないです……」
咲良ちゃんの表情が少し曇る。
お構いなしに病室を後にした。
……まだドキドキしている。
2人の抱き合う姿がフラッシュバックしてきて……
……もしかして私……って、そりゃナイナイ。
意気込みのため、頬を叩いた。
もう、過去のことだ。
すっぱり忘れて前に進んだ私に過去は必要ない。
必要ない……よね?
さっき座っていたベンチに、見知った人影を見つけた。
……唯だ。
「ゆーい!」
なにやらケータイをいじっている模様……
私の大声に気づき、顔を上げた。
「……沙彩」
「どしたの?病院前のベンチなんかに……あ、気分悪くて早退したんだよね?」
「別に、俺じゃないよ」
寂しそうに微笑む唯。そして目線をケータイに戻した。
「……あのさ、1年生の借り物競争のとき……」
「その話、もーいーよ」
……ズキッときた。
やっぱり……誤解してる。
「ご、誤解だよ……蒼井君が引いたのは、好きな人っていうカードじゃなくて……」
無視を貫き通す唯。
……ダメだ。全く通じない。
「唯ーっ!」
病院の入口から、1人の女の人がこちらに駆け寄ってくる。
……誰?少なくとも、うちの高校の人じゃない。
「……姉貴」
ぼそっと呟いた唯の一言……って、唯のお姉さん!?
「唯~、その隣の子、もしかして彼女~?」
「そーだよ」
「や~ん超可愛いっ!!!」
そしていきなり抱き締めるその人……く、苦しい……
「姉貴やめろ」
「アハハごめんごめん!私、コイツの姉の唯華!二十歳だよ」
「あ、私、杉浦沙彩っていいます」
「沙彩ちゃんかぁ~!可愛い名前っ!ヨロシクね!」
「よ、よろしくお願いします……」
いきなり手を握られ、激しく上下……テンションが相当高い。
「……姉貴。俺帰りてーんだけど」
「あらそ~お?私もうちょっと沙彩ちゃんとお話したいから先1人で帰ってちょーだい!」
え、マジで!?
「ちょ、ゆ……」
「んじゃ」
……マジですか……完璧私、避けられてる……?
……気が滅入るなぁ。
「唯ね、今日体育祭なのに早退して……ず~っとあのテンションの低さなのよぉ。沙彩ちゃん、何あったか知らない?」
「さ、さぁ……」
あ~……やっぱ私、嘘つくのヘタかも。
さっきの病室の時だって……完璧2人に気づかれたかもしれないし。
「あ~やっぱあったんだ!何何?ケンカでもしたの?」
「……はい」
……やっぱバレてしまった。
「私でよかったら相談乗るよ?」
「実は……」
私は借り物競争や蒼井君のことを一通り話した。
「……そりゃあ、その蒼井っていう子が悪いわね。尊敬する先輩、で女の子の沙彩ちゃん選んじゃったら……誰でも『蒼井っていう子の好きな人=沙彩ちゃん』になるよね~」
「そうなんです。席帰った途端冷やかされ……でも蒼井君に尊敬する先輩として選ばれたのは嬉しいんですよ」
「なんで~?先輩なら部活の先輩とか色々いるじゃない。なんであえて女の子である沙彩ちゃんを……」
「蒼井君、事故でずっと入院してたんです。1学期中……バスケ部に入部したみたいなんですけど、いきなりメンバーと一緒に練習するわけにもいかなくて。1人で基礎体力作りをしてるみたいだし、練習の終了時刻も他のメンバーよりも少し早くて……」
入院していて、体力がほぼもたないだろう、という判断でバスケ顧問の先生は蒼井君だけ早く帰している。
……クラスの男子が話していたのを盗み聞きして得た情報だから本当かどうか分かんないけど。
「……そっかぁ。蒼井君にとって、先輩として慕える人はまだ沙彩ちゃんしかいないってことかぁ」
「……ですね」
“「同性でも杉浦先輩みたいに勇猛果敢な人はいないよ」”
“「痴漢締め上げたりケンカの中に自分1人で入って行くし……ほんと、俺も杉浦先輩みたいになりてぇ」”
蒼井君が言った言葉には……尊敬の意が、いっぱい入ってた。
「唯もそのうち気づくわよ。だから、沙彩ちゃんは唯をいっぱい愛してね?」
「あ、愛してって……」
「私ね、妊娠してるんだ。4ヶ月目」
そう言って、お腹をさする唯華さん。
って……
「は、二十歳ですよね!?」
「うん。てか、もう結婚してるよ」
二十歳で結婚て……学生時代から付き合ってたお父さんとお父さんでも結婚したのは25歳ぐらいだったのに……
「今、私の夫ね、私の家にいるの。うちの両親、ほとんど家にいなくて……唯、1人じゃ寂しいだろうなって。でも、私の夫と唯、イマイチ馬が合わなくて……」
……そういえば。唯から両親のこと聞いたことないなぁ。
「気丈に振舞ってる感じだけど、ほんとはきっと、すっごい寂しいと思う。だから……沙彩ちゃん、ずっと傍にいてあげてね?」
気丈に……?
入学してから、初めて唯の会ったあの時……確かに、妙にうるさかった。
きっといっつもテンション高いだろうなって思った。
でも……唯が私に告白してきて、付き合い始めて……口数が少なくなって……
大人っぽくなったね、って私も夏姫も、みんながそう思ってたけど……
……実は、そうじゃないのかもしれない。
私が原因で……気丈さを振舞うことに疲れて、寂しさを全面に出すようになったのかもしれない。
「……」
返事が、出来なかった。
私が……傍にいても、いいのかな……?
そう思う私は、まだ……何かが、残ってるのかもしれない。