第37話 咲良
今回の話、途中でナレーションが変わります。
「は~。や~っと解放された……」
タイミングを見計らったように、蒼井君が病室に入ってきた。
「あ、大翔。お疲れ!」
「ああ。江藤(体育教師)にコキ使われて……って……」
蒼井君は、持っていたカバンを落とす。
なんせ……“いつもの”咲良ちゃんだったから。
そして、いつもは距離を置いている私が、咲良ちゃんの間近にいるから……
「さっき杉浦先輩から聞いたんだ!スゴいね大翔、俊足は健在的な?」
流暢に話す咲良ちゃん。
蒼井君は私を見た。私は……「記憶が戻った」と言わんばかりの笑顔で頷いた。
「そっか……」
でも……蒼井君は、曖昧な微妙な表情。
……そりゃあ、記憶が戻ったといっても私のこと思い出しただけのことだし……別に蒼井君には影響ないけど。
でも、全体的に咲良ちゃんの雰囲気は、補習で初対面したあの時に戻っていた。
……あ、そうだ!
「咲良ちゃん、この子たち分かる?」
ケータイを取り出し、前に優希ちゃんと李流ちゃんとで撮った写メを見せる。
「優希と李流でしょ?ですよね?」
「じゃ、え~っと……この子たちは?」
何故か和解してしまったギャル3人組と撮った写メを見せた。
「ミキとカズナとユリカ!」
「あとは~……」
1年生と撮った写メ全部見せたところ……全員の名前を、咲良ちゃんは思い出していた。
咲良ちゃんは、記憶を、完全に取り戻した。
その事実が……私の心を晴れにさせる。
そんな私とは対照的に……蒼井君の表情は、あまり晴れていない。
言い換えるとしたら、曇天。
「どしたの~大翔!元気ないよ?」
咲良ちゃんが蒼井君の顔を覗き込む。
「……んなことねーよ」
そう言い、浮かべた蒼井君の微笑みは……多分、作り物。
どうしたんだろう……と思っていたら、手に持ってたケータイが震えた。
ディスプレイには、伶君の2文字
「伶君からだ。珍しいなぁ……って、ヤバ。ケータイ切ってなかった……」
って、今更気づいてどーする私。写メ見せてるときに気づけ!私!
あ~……ヤバいことしたなぁ……(※病院ではケータイの電源を切りましょう)
「ちょっと外で話してくんね」
ケータイを持って、一目散に外へと向かった。
―――……
「ね~大翔。先輩が言ってた伶君って誰?」
「五十嵐伶先輩っていう、杉浦先輩の彼氏……唯先輩の友達だよ」
表情を曇らせたまま、大翔は言う。
同じように、咲良も表情を暗ませた。
「大翔……忘れれない?」
「え?」
「杉浦先輩の……こと」
咲良は大翔を見上げる。
大翔は咲良と目線を合わせるように、ベッドの付近にある小さいパイプイスに腰を下ろした。
「そりゃあ……私も悪いことしたって思ってるよ。大翔の記憶、なくしちゃって……」
「だから、それもういいって」
「……よくないよ」
「だって記憶なくしたから、女遊び癖もなくなったんだろ?俺」
思い浮かべることができない、中学生の頃の姿を自分の中で作り上げながら、自分のことを聞く大翔。
大翔が想像した“女遊びをしている大翔”は……冷酷で、残酷。人の気持ちさえ考えない最悪人間。
だが……咲良が思い起こした中学時代の大翔は、口調も何もかも冷たいけどどこか暖かくて優しくて。
「そりゃそう……だね」
寂しそうに咲良は笑った。
「大翔……相変わらず私のこと鬱陶しく思ってて。んで、補習行った途端、晴々した顔つきで……それが後々杉浦先輩って知って……ビックリしたよ。私の憧れの先輩なんだもん。綺麗でカッコよくて、美人で、文化部だけど運動神経もよくて……」
「……一目惚れだった」
初夏。出席日数が足りなかったおかげで補習行きとなった大翔。
憂鬱な気分で席に座り、配られたのは意味が分からない単語ばかりのプリント。
持ち前の知識で少し解いたが……どうしても分からない問題があり、横の先輩……沙彩を呼んだ。
……こちらを向いた、綺麗な沙彩の顔。それを覗き込みながら、いきなり高鳴りし始めた心臓に困惑しながらも質問する、端整な顔立ちの大翔。
両者ともが、出会い、大翔が恋に落ちた、沙彩が大翔の顔立ちのよさに見惚れた一瞬だった。
「んで、大翔と先輩がくっつかないように色々働きかけたんだっけ。夏祭りのとき先輩呼び出して「大翔に近づくな」って……でもある日いきなり、大翔言ったよね。先輩に彼氏できたって」
「……名前言うのも嫌だったっけな」
自分の嫉妬深さを省みて、大翔は苦笑する。
「そんで私が……「先輩のこと忘れさせてあげる」って、大翔が弱ってるところにつけこんで……見事正式な彼女の座をゲットっと」
「弱ってるって……」
「それが公に知られてからは……凄かったなぁ。教科書隠されたり机に落書きされたり……要するにいじめ?」
「……ごめん。気づいてやれなくて」
「大翔と一緒にいれるんだったら、そんぐらいへっちゃらだった。けど……3年生の先輩に呼び出されて、のこのこついてったら……この有様」
咲良はギブスをパンパンと軽く叩いた。
「……そうだ。意識失う寸前……誰かに担がれたような記憶があるんだけど……大翔、誰か知らない?」
「……先輩だよ。杉浦先輩」
「えっ、うそ!お礼言ったっけ私!」
「言ってない……てか、ずっとツンケンしてた」
「うそ~~~っ!!!どーりで先輩も驚くはず……!」(※咲良にはツンケンしてた記憶はない)
一通り思い出したかな……補習からのこと。
大翔はそう考え、咲良をしっかり見た。
「咲良」
「ん?何?」
「実は……」
……なかなか大翔は、
別れよう
という言葉が出てこない。
こんなにも思ってくれている咲良の悲しむ表情を思い浮かべると、良心が反論してくる。
このまま付き合っちゃえ、事故以前のように……と。
「……ふふっ。まだ言えないんだ?」
「え?」
「別れたいんでしょ?私と」
脳裏に浮かんでいた言葉をサラッと言われ、大翔は目を見開く。
「そりゃあ……私は別れたくないよ。大翔のこと、大好きだし。どんなに女子に疎まれても耐えてける。けど……大翔はそうじゃないんだよね」
今まで、思っていたこと。
ずっと、思っていたこと。
中学のときから、思っていたこと。
改めて言葉にする咲良の心は震える。
「……だっていつまで経っても大翔の目は、先輩に行ってるもん。中学の時は……なんかを求めるみたいに、宙にあった」
愛を知らない、少年。
そんな少年が初めて恋をした。
16歳という……遅い初恋。
その相手は……自分じゃない。他の人。
「好きな人には、自分だけ見てもらわなきゃ……嫌。でも大翔にいくらそう頼んでも……やっぱり、見てくれなかった」
大翔は目を伏せる。
そして閉じ、今までの自分を思い起こした。
反対側の校舎で、廊下を歩いている沙彩をいつまでも目で追っている自分。
唯と楽しそうにじゃれあっている沙彩を見て、心を痛める自分。
沙彩が目の前に居るときは……唯の姿も同じように出てきて、それに嫉妬する自分。
咲良を見なかった自分。
沙彩しか見えなかった自分。
「私、幼い頃からずっと欲しいものは手に入ってた。お金の力で……おもちゃも化粧品も……彼氏も」
咲良は今まで、金で男を買っていた。
男は金で買えるもの。そんな方程式が彼女の中で成り立っていて……そんな中、大翔に出会い、自ら恋に落ち。
来るもの拒まずな大翔は、咲良からの“お金なし”の告白を、何も考えずすんなりと受け入れて。
「でも……大翔は違った。大翔の心は、私の権力じゃ動かせられなかった……んで、いつの間にか、“私が”大翔を欲しがってた」
付き合ってるけれど……片想い。
そんな切ない状況の中で、やっとその方程式は間違っていると咲良は認識した。
「本当に欲しいものは、手に入んないのかな~……」
背伸びをする咲良の頬には……涙が伝っていた。
「……先輩には、唯先輩がいる。けど……大翔はそんなこと関係ないよね」
大翔は顔を上げて、しっかりと頷く。
「それ、ちゃんと杉浦先輩に伝えて?結果がよくても悪くても……大翔が幸せになれること、願ってる」
自分が大翔から離れることで、大翔の重荷が外れる。
ここ何週間かの入院生活で……かすかに、咲良が考えていたこと。
なぜ重荷が外れるかは、思い出せなかった。ただ、大翔に元気がないだけからか……
けれど、今では、沙彩という大翔にとって大切な存在がいるためだと思っていた。
「……大好きだよ大翔。別れよ」
涙が伝う頬。それを一生懸命緩ませ、咲良は微笑む。
「……ごめんな咲良」
「もうごめんなはナシ!……けど、最後に1個だけワガママ言っていい?」
「……何?」
口角をあげ、聞く大翔。
「最後に1回……抱き締めて」
大翔は立ち上がると……涙を流す、別れるべき人を優しく抱き締めた。
壊れない程度に、強く。
―――……
「……お墓参り?」
『そ。前に言ってた、死んだ元カノの』
「えと……愛美さん、だっけ?」
『ん。愛美』
耳から聞こえた声は……墓参りに着いてきてくれ、という伶君の声。
「いいけど……2人で?」
『2人で』
サラッという伶君の言葉に、膝につけていた肘がガクッと外れる。
「2人でって……伶君一応男だし……それに唯が……」
『別に何もやましいことする気ねーし。唯にも承諾取ってる』
てか一応ってなんだよ、と伶君は付け加えた。
『とりあえず、今度の月曜の昼2時。場所は海宮市駅……振り替え休日だったし、多分』
「いや多分じゃなくそうだって……」
『んじゃ』
そう言い、一方的に電話が切れた。
伶君とメアドとケー番交換したきっかけは……些細なこと。
前、唯と私と伶君とで海宮市で遊ぶとき……伶君、集合場所どこか知らなかったらしく。
唯はケータイ持って来てないし、私は伶君のケー番とメアド知らないし……で、散々捜索した末、私の住む駅に何故か居た、と。
唯にも承諾を取り、もしもの時に役立つようにその2つを交換した。
……まぁ、過去に1回宿題のどこをやるかを聞かれただけだけど。
電源を切ったことを確認して病院に入り、咲良ちゃんの病室へと向かう。
……あ。さっき急いでて……ドア開けっ放し。
閉めよーぜぃ……なんて思いながら、病室に入ろうとした。
私の目に飛び込んできたのは……
抱き合う、2人の姿。
私の心臓が、意味もないのにドクンと波打った。
……なんで?