第35話 体育祭2-疾走-
カードは2回折りになっている。
恐る恐るカードを開けてみると……
“尊敬する先輩”
そう書いてあった。
「尊敬する……先輩?」
「そ。ため語遣ってるけど杉浦先輩は先輩じゃん?」
まぁ、私は1年生の過程は済ませてますが……
「先輩っていえば、同性とか部活の先輩とか……」
「同性でも杉浦先輩みたいに勇猛果敢な人はいないよ」
……褒められてんのか!?
「痴漢締め上げたりケンカの中に自分1人で入って行くし……ほんと、俺も杉浦先輩みたいになりてぇ」
……ほんと、褒められてんのか!?私!
「でもさ、俺…………あー、やっぱ何でもない。カードもらっていい?」
苦笑に近い笑顔を蒼井君は浮かべた。
……私が大好きだった笑顔のひとつ……
……また、頭の片隅にあった蒼井君の笑顔を思い出してしまった。
座席に戻ると……ブロックの女子全員の視線が熱かった。
「……何?」
「杉浦さ・あ・や・さぁ〜ん?」
うわ……夏姫が異様にニヤついてるよ……
「蒼井君と唯、どっちにするのぉ〜!?」
次の瞬間……夏姫を含む女子……推定20人が私に向かって飛び掛ってきた。
「そ、そんなんじゃないってば……」
予想外の奇襲に、さすがの私もテンパった……
「蒼井様に告られるなんてずるい!!!」
「蒼井様に選ばれるって……さーやどんだけモテんのよぉぉぉ!!!」
……だから違うって!!!
この一部始終を、あの人が見てるって……思わなかった。
―――……
2年生の種目が終わって、ようやく一段落。
座席に帰ろうとすると……木陰で涼んでる唯を見かけた。
「唯、お疲れ」
「……沙彩」
唯の横に座る。
木陰だからか……座席にいるときよりも数倍涼しく感じる。
「騎馬戦凄かったね。男子圧勝じゃん」
「……ああ」
なんだ?テンション低いなぁ……
言葉を発するまでの間が長いぞ?
「女子も頑張ったんだけどなぁ……やっぱE組には敵わない……って感じ?」
「……」
「リレーは……100M15秒の五嶋が大活躍だったよね。ウサ○ン・ボルト並の……火事場の馬鹿力ってやつ」
「……」
……反応しねぇ……!
「唯も係の仕事お疲れ」
唯は体育祭係に入っている。体育祭係はクラスで10人ぐらいで、推薦制。
私も推薦されたんだけど……めんどくさいから断った。
「……なぁ沙彩」
唯がようやく、まともな言葉を発した。
「ん?」
「1年の……」
『2年の係、高杉唯君。至急本部まで来てください』
バッドタイミングで放送が入った。
……なんでこう、タイミングが悪いんだろうね。
「……ごめん、行く」
唯はすくっと立ち上がり、走って本部まで行った。
……唯といい、蒼井君といい……何か言いかけて、もみ消す。
何なんだろう……
―――……
3年生種目の応援を終え、お弁当タイムに。
お母さんは仕事で来れないっぽいから、あらかじめ手渡されていた弁当を取りに教室へ行った。
「……え?」
窓の外を見ると、それぞれの家族がお弁当をつついている……
まさか、教室には誰もいないだろうと思ってたら、誰かいた。
(久々登場の)五十嵐伶君。
「伶君、親来てないの?」
「あ、杉浦。まさか……来るわけねーよ」
「なんで?」
「親父、ロス。母さんはフラでバカってる」
……ロス?フラ?バカ?(ロス=ロサンゼルス フラ=フランス バカ=バカンス)
もしや、業界用語なのか……(フラとバカはcoyuki作成……)
「そーなんだ。なんか凄いね……」
「まぁ、あいつ等にとっては日常茶飯事だろうけど」
ていうか五十嵐サン……
「弁当スゴッ!!!」
近づいてみて、はじめて見た伶君の弁当に驚愕の声が出る。
「ああ……調理師が結構はりきってたからな」
伶君の弁当を覗き込み、真っ先に目に入ってきたのはキャビア、フォアグラ、トリュフ……世界三大珍味やなかですか……(何弁?)
でも、どっかで見たには……
キャビアはチョウザメの卵を塩漬けにしたもの。
フォアグラは強制肥育したガチョウの肥大した肝臓。
トリュフはセイヨウショウロ科のキノコ……
「食べる?」
「いや、ノーサンキュー」
三大珍味の実態を知ると、ちょっと食べたくなくなる……
やっぱお母さんの料理がいちばんだ。
早速弁当を取り出し、フタを開ける。
私の大好きなスパゲティにハンバーグに……(お子様かい)
「よっしゃ」
小さく軽くガッツポーズした。
「何が“よっしゃ”?」
「あ、いやなんでもない……」
バレてないつもりだったんだけど……伶君に聞かれ、言葉を濁した。
「なんか杉浦って……愛美に似てる?」
「え?こんな冷めた奴だったの?」
「いや……よく俺に付き纏って、キャーキャーうるさくてすぐ泣く。あと、男嫌い」
……どこが似てるんですかねぇ。
「杉浦はどこか冷めてるけど、よくリーダーに抜擢されるし……愛美とは正反対って感じだけど……やっぱ雰囲気が似てるんだよな」
……褒められてんのか!?(本日3度目)
「つまり、外見が似てるってこと?」
「まぁそーゆーこと」
だったら最初からそう言わんかいっ!
というツッコミはさて置き……さぁ、弁当弁当。
弁当を食べ終わって、片付けた。
「そういえばさ、借り物競争の時借りられてたよな?あの1−Dアイドル四天王のリーダーの……赤井大翔だったっけ?」
「蒼井大翔だけど……赤井じゃないし、大翔っていう漢字の読み方違うし……」
「そう、そいつ。女子の悲鳴が凄かったよな。実行委員も必死に取り押さえてた」
す、すさまじい……!
蒼井君のスピードに合わせるために無我夢中で走ってたから実行委員が取り押さえてるとこ見てなかったけど……
「てか、蒼井が拾ったカード……10枚目の好きな人カードだったんだろ?」
「え?」
「唯のことはどーすんだよ」
「ちょ……」
「蒼井にはちゃんと断んなきゃヤベェぞ?」
「いや、違うって!」
「……は?だってあれ……」
キョトンとした顔で何か言い続けようとしてたけど……誤解を解くために力説を始める私。
「蒼井君が引いたカードは“尊敬する先輩”で、“好きな人”じゃないの!みんな好きな人カードだって思い込んでて、私の説は全然聞いてもらわなかったんだけど……」
「分かった分かった。落ち着け杉浦」
1回深呼吸する。
「とにかく、まず俺の誤解は解けた。よく分かった」
思わず笑みが零れる私。
「だが……全校生徒は蒼井が好きな人を連れ出したって思ってるぞ?」
「それは承知済み。でもさ、蒼井君が好きなのは咲良ちゃんだよ?だって好きな人=恋人だし」
「蒼井の好きな奴は俺は全く知らねぇけど……唯、見てたぞ?」
……え?
唯、見てたって……?
「だって唯、係だったし……」
「一時休憩で席にいたよ」
一気にサーッと何かが私の中で流れた。
「彼氏の存在にも気づかないとか……」
「……伶君、唯どこ?」
「は?……あ〜、もう座席なんじゃない?」
私の脳裏に浮かぶのは……ただひとつ。
行かなきゃ!!!
自分でも信じれないスピードで教室を飛び出した。
“「彼氏=好きな人になってるぅ?」”
……なってるに、決まってんじゃん。
私は……受け止めてくれた、唯が好きだ。