第33話 喪失
「あのっ、西院咲良さんの病室は……?」
「西院さんですか?えっと……603号室です」
「ありがとうございます!」
フロントみたいなとこに座っている看護婦さんに病室番号を聞くと、すぐに階段を駆け上る。
2階、3階、4階……とにかく駆け上り、6階に辿りつく。
そこから603号室目掛けてダッシュした。
「咲良ちゃんっ!大丈夫!?」
息を切らしながら病室のドアを開けると……中にいた咲良ちゃん、そして蒼井君が同時に私を見た。
「……誰?あなた」
咲良ちゃんが、キッと私を睨む。
……へ?
「おい、お前マジで覚えてねーのかよ……」
「大翔以外知らないわよ」
咲良ちゃんは、合わせていた視線を逸らした。
何……何が起きてんの?
口調も、前よりずっとキツくなっていて……なんだか、怖かった。
「杉浦先輩、ちょっと」
「え?」
蒼井君がいきなり立ち上がり、私の手をひく。
「ちょっ、大翔っ!どこ行くの!?」
「すぐ戻るから」
ぐいぐい引っ張っていく蒼井君。
病室を抜け出し、人気のない廊下に出てきた。
「咲良さ、わざとにああ言ってるわけじゃねーから……」
「うん、それは分かる」
「……あいつ、俺以外……全く覚えてねーらしいんだ。主治医によると」
つまり……記憶喪失。
「でも、ちょっとしたらすぐ思い出すだろう、って」
「……そっか。よかったね、大事に至らなくて」
「ああ」
蒼井君は嬉しそうな悲しそうな……微妙な笑みを浮かべた。
「どしたの?」
「……いや、なんでもない。病室戻ろう」
再び病室に戻ると……咲良ちゃんがスゴい形相で、私に近寄ってきた。
「あなた……大翔に何したの!?大翔の何なのぉっ!?」
平手打ちをするつもりなのか……咲良ちゃんは手を振りかざす。
私は咲良ちゃんの手首を掴んだ。
「なっ……」
「……よかった。ここまで元気になれて。私、杉浦沙彩。海宮高校の2年生で……咲良ちゃんや蒼井君の先輩にあたるかな」
「杉浦……?」
咲良ちゃんは、眉をひそめる。
「あなた……どこかで会ったよね?」
「……自分で思い出してみて。そんじゃ、私帰るね。お大事に」
掴んでた咲良ちゃんの手首を離すと、荷物を持って病室を出た。
……思ったより、キツい。人に覚えてもらえてないのって……
「杉浦先輩!」
後ろから名前を呼ばれ、振り向く。
蒼井君がいた。
「また……来てくれる?」
答えは……決まってるじゃん。
「うん。咲良ちゃんに思い出してもらえるように頑張るよ」
「……よかった」
蒼井君は安堵の笑みを浮かべる。
私の記憶の片隅にある、蒼井君の笑顔……久しぶりに、見た気がする。
それまでの笑顔は……どこか寂しそうだったり、悲しそうだったりしてたから。
「咲良が完全に思い出したら……大事な話、咲良にしようと思うから……杉浦先輩も来て」
「え?うん……」
何故、大事な話に私が……?と思ったけど、あまり気にしなかった。
「ただいま」
「沙彩。遅かったじゃない」
夕食を作ってたお母さんが、私を見て言う。
「うん。ごめん、ちょっと……」
「元気ないわねぇ。どうしたの?」
やっぱり、お母さんにはお見通しか……
「……後輩のお見舞い行ってた」
「先日に沙彩が助けた……西院って子?」
「うん。西院咲良ちゃん。お見舞いに行ったらさ……私のこと、忘れてた。記憶喪失みたい」
咲良ちゃんの冷たい目線と声を思い出し、目をふせた。
「記憶、ずっと戻らないままなの?」
「いや……すぐ戻るって言ってた。でも……すっごいショックだった」
今になって、シチュエーションは少し違うけど……記憶をなくした蒼井君に会った咲良ちゃんの心情が分かるかもしれない。
「ほら、落ち込まないの。沙彩らしくない……いつもみたいに偉そうな態度取ってなさいよ」
「え、偉そうって……」
「沙彩がそんなんじゃ、西院さん思い出してくれないよ?」
「……そっか」
少々キツいけど、優しいお母さんの言葉に少しだけ勇気付けられた。
思い出してもらえるように……頑張ろう。
「咲良ちゃん、こんにちは」
「あなた、先日の……」
ある日の学校帰り。1人で603号室に行き咲良ちゃんに会った。
「これ、分かる?」
「……リボン。そんぐらい分かるわよ」
「咲良ちゃん、いつもリボン頭につけてたから……」
買ってきた白いリボンを咲良ちゃんの髪の結び目につける。
……うまくつけれないけど……ま、いっか。
「何これ、ダサ……」
咲良ちゃんは思い切り顔を歪ませる。
「他にも、優希ちゃんに李流ちゃんもリボンが大好きなんだ。2人とも、咲良ちゃんの友達だよ」
「優希……?李流……?」
私を見上げる咲良ちゃん。
2人のことは思い出してくれるかも……!?
「……誰それ」
……ダメだったか!
「いつか2人連れてくるから。楽しみにしててね」
「別に……楽しみにするほどでもないけど」
キツいな〜、咲良ちゃん……
「それより、大翔は?」
「蒼井君は部活だよ」
「……なんであなたが知ってるのよ」
「知ってるも何も……今、大抵の生徒は部活中だし。私、声楽部に所属してんだけど、今日は休み」
蒼井君の名前を出したら急にグッと不機嫌になるなぁ……
咲良ちゃんは窓の外を見た。
「……今何月?」
「10月。もうすぐ体育祭だよ」
「そう……」
やっぱり早く退院したいのかな……?
「それじゃ、私帰るね」
通学カバンを持って、扉に向かうと……
「あっ……」
という、咲良ちゃんの声が聞こえた。
「ん?何?」
「……別に。早く帰りなさいよ」
……気のせい?
首をかしげながら、病室を後にした。
翌日。ダンス練習。
今日だけで全部仕上げなきゃならない。
……何故か私が3学年全員のダンスを見ることに……
普通3年生が見るっしょ!!!なんてブツクサ言ってたら……
「さーや、踊らなくていーからいーじゃん!ちゃんと見ててよ!」
夏姫からの一喝……スミマセンでした。(汗)
「それじゃあ、まず1年。最初のポジションについてください」
私がそう指示すると、騒ぎがピタリと止んで、1年がポジションにつき始める。
音楽が鳴り始めた。カッコいいジャズダンスだけど……バラバラだったらカッコ悪い。
ちゃんと揃えないと……
「藍住さん、ワンテンポ遅れてる」
「は、はいっ!」
「長壁さん、右手が上がってないよ」
「……はい」
「優希ちゃん、もっとダイナミックに」
「はいっ!」
気づいたところを注意しながらダンスは続く。
……次第に私の目を意識し始めたのか……みんな自分のことに集中しすぎて、周りと動きがバラバラになってしまっている。
「……あ〜もーダメ。もう1回最初から……」
あ゛〜〜……ハタから見たら超スパルタじゃん、私……
ていうか1年生、揃ってなさすぎ……
「2、3年生は踊りにくいところを練習しててください。1年生は基礎からもう一度」
2、3年生に指示すると、1年生の前に立った。
「前半部分は、まぁ一応ちゃんとできてるんで、中盤の早い動き、後半の表現力が大事な部分を練習しましょう」
私がそう言っても、1年は返事をしない……
「返事は?」
「はぁい……」
やる気失せちゃったかな、この子らは……
でもここで手加減するほど、私は甘くない。
「ココは1.2.3.4って数えながら動きを変えていきます。まず1は……」
特訓はお昼ぐらいまで続いた。
「……よし。中盤と後半OK。それじゃあ、2、3年生の後、1年生だけ前半から通しで踊ります」
「よっしゃ!休憩〜〜〜っ!!」
李流ちゃんのハイテンションな声に続いて、1年生は休憩場所へとダッシュで行った。
「ったく……マジ疲れたし。やる気でねー」
「あいつ、ほんと粘着……ムカつく」
「2年生だからって調子乗ってるしね」
入口で金髪の1年のマセギャル(?)のぼやきが聞こえてきた。
「それ、直接言ってくんないかな?ぼやいてただけじゃ、私も指導法変えないし」
「え……」
聞こえると思ってなかったのか、マセギャルは素っ頓狂な声を出す。
「あの、その……」
「あと、やる気ないんなら帰っていーよ。他の人の迷惑だし」
ニコリと微笑むと、3人はそそくさとどこかへ行った。
……まぁ、確かに休憩少なかったし……いろいろと粘着だったかもしんないけど。
軽く反省しながら、2、3年生の指導にあたった。
2、3年生はやっぱりダンスはうまい。けど……
「動きちっさいなぁ……」
1年生と比べ、はるかに動きが小さい。
「伸ばすときは伸ばす。曲げるときは曲げる……ひとつひとつの動きを大きく。もう一度いきます」
曲を流し、私も加わって踊った。
「……やっぱ杉浦先輩、断トツで上手いなぁ……」
休憩所から戻ってきた1年生が呟いた声が聞こえてきた。
「うん……よし!30分になったら全員でやろう」
1年生だけの通しも、完璧。
そして漸く私も休める……
「さーや、お疲れぇ〜!」
「夏姫。休みナシだからしんどかった……」
「さーやの1年の指導、私見てたけど先生より分かりやすかった!」
「あのギャル1年でさえちゃんと踊ってたもん!スゴいね!」
……どうやら、私は間違ってなかったようだ。
30分になったら、全員で踊った。
一体感が生まれ、若さ故漲る元気よさ……
……これぞ、水ブロックダンスの集大成……!!
「うん、OK!分かんないとこだけ各自練習してください」
私は役目をしっかり果たした……っ!
「杉浦先輩!お疲れ様です!」
優希ちゃんと李流ちゃんが私のところにやって来た。
「お疲れ」
「先輩カッコよかったぁ〜!ダンスも指導も完璧ですもん!」
「完璧って……」
妙に照れて頭の後ろを掻いていると……
「あ、先輩が照れたときの仕草だぁ!」
「……はい?」
どんだけ観察されてんだ、私は……
「まぁ、とにかく!もうすぐ体育祭ですね!」
「優勝するといーなぁ、水華ブロック」
水華ブロックとは、水ブロックの名前。
風ブロックは風神。火ブロックは火龍。地ブロックは地鳴。空ブロックは空飛。森ブロックは森力。
1週間後、6つの自然がぶつかり合う……