第32話 不安
教室に戻ると、いきなり夏姫が飛びついてきた。
「さーやぁ〜!めっちゃお手柄じゃんっ!」
「え、夏姫知ってたの……?」
「夏姫どころか、学校中のみんな知ってる。事件って伝わるのが早ぇよな」
唯が微妙な笑みを浮かべている。
……その微妙な笑いは、何を言いたいんだね?唯君。
「ていうかさーや、大丈夫なの!?怪我は!?」
「あ、そういえば……3年女子10人に殴られたっていうの、誤報だから。正しくは、3年女子5人を倒して咲良ちゃんを救ったっていうか……」
「…やっぱりな。沙彩が殴られるわけねーもんな」
唯はそう言うと……いきなり私に抱きついた!
「沙彩、お前最ッ高!!すげぇ!」
「ちょ、ちょちょ、唯!」
私の髪をぐしゃぐしゃにして撫でてくる唯。
続いて、誰かの手も私の頭に触れた。
「よく頑張った杉浦。3年女子に殴られ蹴られ……」
その手の正体は、伶君。
「だから、何もされてないってば〜」
私は笑顔で返した。
「えっ?何何っ!?」
「も〜、唯!さーや!んなとこでイチャつくなぁ〜っ!」
「羨ましすぎんぞぉ!」
「よっ!高杉夫婦っ!!」
次第にクラスメイトたちも私たちの存在に気づき……徐々に冷やかす。
だけど、今はその冷やかしさえも心地よく感じる。
「みんなっ!特にさーや!」
騒いでいる最中、クラスでもウルサい方の中島が教室に入ってくる。
「さーやがグッチョグチョにした3年女子のギャル5人組、警察に送検されたってよ!!」
「おおおおお〜〜〜〜っっっ!!!」
一気に教室が歓声の渦に。
「やったねさーや!」
「でかしたなぁ杉浦!!」
「さっすが唯の女!」
この盛り上がりは……1限目が終わるまで続いた。
この時は……心の底から笑えてた。青春の1ページだなって思った。
――幸せだった。
―――……
あれから、2週間後。『蒼井大翔親衛隊』は解散された。
今回の暴行は少なからずとも、このグループが一因だと考えた結成者……1年の原美来が解散させた。
そして私は、警察から感謝状を頂いた。
暴行をしたあの5人組は、万引きとか強盗とか余罪たっぷりで、警察も頭を悩ませてたらしい。
咲良ちゃんは……まだ、意識を取り戻していない。
私もちょくちょくお見舞いには行ってるものの……目を瞑ったまま、彼女についている何本もの管の中に液体が走っている。
……それと。蒼井君からメールが来た。
『咲良を救ってくれて、ありがとう。
なんだかんだと色々あって、お礼遅れてごめん』
改めて、アドレスブックに蒼井君のアドレスを登録した。
……もう、私の中で蒼井君は後輩であり、友達だから。
そう、友達……
―――……
「杉浦先輩っ!」
優希ちゃんと李流ちゃん。そして……1年女子A・B・Cが休憩中、わらわらと寄ってくる。
「ここの振り付け、どうすればいいんですか?」
「あ、ここ?右手は前で交差して……」
海宮高校では、ブロック対抗種目が3つある。
1つ目はブロック男子対抗組体操。
2つ目はブロック女子対抗ダンス。
3つ目はブロック男女混合対抗応援合戦。
全力で拒否したが、無理矢理ダンスリーダーに決められた私は、後輩の指導係の1人になった。
「あ、なるほどぉ!じゃあ、ここは!?」
「ここはね……」
散々嫌がってたダンスリーダーだけど……いざなってみると、面白いもんだな。
「さっあやぁぁぁ!!!ここどー教えればいいの!?」
「夏姫、あんた後輩指導係っしょ?」
「だって私も分かんないもん!」
……何故か夏姫に頼られてる私。
「沙彩ちゃん、ここってどうやるんだったっけ?」
「あ、ここは……」
挙句の果てに、先輩にまで聞かれちゃうし……
私は一体何なんだ!?ダンス王者なのか!?
「大人気だな、沙彩」
「唯!んな呑気なこと言わないでよぉ……大変なんだよ?」
「まぁそれほど沙彩のこと、みんなが慕ってるわけじゃん?」
「そうかもしんないけど……」
にしても……暑い。もうすぐ10月なんだけど、暑い。
髪が邪魔なのかな……いい加減切ろっかな。バッサリショートに……
「沙彩、その髪暑くない?」
つい最近髪を切った唯が、私の髪に触る。
「あ、それ今思ってた……いい加減切ろっかなぁ……」
「沙彩はなんでも似合うと思うけど……ロングがいちばん似合うと思うよ」
そう言うと、唯は私の帽子を取って、どこから出てきたのか分からないクシで私の髪をとかし……どこから出てきたのか分からないゴムで素早くひとつに束ね、どこから出てきたのか分からないヘアクリップで束ねた髪をお団子状にして留める。
そして元のように帽子を被せた。
「……やっぱショートも似合うかもね」
唯は微笑むと、男子の元へ帰っていった。
「さーや、似合うじゃん!髪帽子ん中入れるの!」
「そ、そっかなぁ……?」
若干違和感があり、頭を触った。
……ここんとこ、唯は益々大人っぽくなって色気出始めて……私がいるのにも関わらず、先輩後輩から様々なアプローチを受けるようになってた。
だけど、意外とニブい唯は全く気づいてないっぽい。
けど……彼女の私は結構気が気でしょうがない……
「だったらさ、別れちゃえば?」
「……は!?」
帰り道に桃花と寄ったカフェで飲んでたカプチーノを思わず噴出す。
「それ、さーやが高杉君のこと信じてない系じゃね?」
さり気なく桃花はお手拭で私の口を拭く。
「し、信じてないとか……そういうんじゃないけど……」
「んじゃ〜何?高杉君に女の影でもあるってゆーのぉ?」
唯に女の影……そりゃあ、色んなのが。
でも、それは一方的に寄ってくる影であって……
「特別な影……とかはないなぁ」
「なんだぁ?それぇ!」
桃花はよほどツボにはまったのか、キャッキャ笑っていた。
「ま〜いーさ!実際さーやと高杉君別れてるわけじゃないっしょ?続いてれば全てオッケェ〜!桃もユースケのことたまに疑っちゃうときあるけど……実際付き合ってるんだから問題ないじゃん?」
そう言い、桃花は立ち上がる。
あの、桃花さん……浮気されてる、っていう不安を抱えようとはしないのかね?
まぁ、私が抱えてるわけでもないけど……
「んじゃ、桃、これから日サロ行ってくる!」
「お〜。黒に磨きをかけてらっしゃい」
日サロ……どんな世界だろうな。
カフェを後にする桃花の後ろ姿を見送っていたが……カフェを出る寸前、桃花が振り向く。
「でもさ!高杉君以外に好きな人とか気になっている人がいたら、ソッコー別れるのがオススメだよ!相手も苦しむだけだっちゃあ!!」
……だっちゃあ?
どっかで聞いたことある語尾を残すと、桃花はカフェを出て行った。
「唯以外に好きな人……かぁ」
……いないな!
「カプチーノ追加注文しよっと」
呼び出しボタンに指を近づけたその時……メールの着信音がカバンの中から流れた。
蒼井君からだ。
『咲良の意識が戻った』
咲良ちゃんの意識が……戻った?
私は何も考えず、会計を済ませていた。