第31話 相違点
「やっぱ無理……だな」
ふと、蒼井君が呟く。
「え?何が?」
「咲良の彼氏やるの」
思いがけない言葉だった。
彼氏やるのが、無理?
「どうして?」
「俺、中学生の時……すんげぇ遊び人だったらしくて。30人以上と付き合っては別れ……の繰り返しだったぽい。事故遭って全然覚えてないけど」
「咲良ちゃんから聞いたよ」
「え、マジで?いつ?」
「えぇと……多分、ブロック結団式の時」
……ヤバい。もううろ覚えになってしまっている……年のせい?
「へぇ……」
「……で、咲良ちゃんと付き合ってた頃のこと、覚えてないの?」
「ほとんど覚えてないけど、事故に遭った直後に女の悲鳴が聞こえてたのは、覚えてる。……多分それが、いちばん最初の記憶」
……なんか、悲しいな。
思わず、私が記憶を失ったら……って想像した。
家族が誰なのかも、友だちが誰なのかも分からない状態……
「見舞いに咲良が現れた時、俺が「あんた誰?」って聞いたらめっちゃ悲しそうな顔してた。……でも、「西院咲良です。よろしく」って、初対面みたいに自己紹介して……」
蒼井君は、咲良ちゃんの頭を撫でている手を下ろした。
「それから、ほとんど咲良に付き纏われて。正直嫌気さした頃……補習の案内が届いた」
「あっと……“出席日数が足りなかった生徒”として?」
……なんで補習の案内が出てくるのかな。
「うん、それ」
そう言った途端、ドアがガラッと開き、救急隊員が来た。
一応邪魔にならないように、教室の隅に行く。
「急いで担架の準備を!」
「はい!」
咲良ちゃんは担架に乗せられ、保健室から出て行った。
「杉浦さん……ありがとね。今、1・3年部の先生呼んだから……詳しく話聞かせてもらってもいいかな」
「いいですけど……」
でも、“ギャル系女子5人”としか印象残ってないから、上手く伝えれるかな。
3人の先生……1年の学年主任、3年の学年主任、生徒指導の先生がズラッと私の前に並ぶ。
「まず、どこで西院咲良は被害に遭った?」
「旧校舎の裏です」
「何人が西院咲良に暴行を加えた?」
「3年の女子、5人です」
「どんな風だった?」
「5人が西院さんを囲む形で、蹴ってたりしてました」
「その女子の名前は分かるか?」
「分かりません」
ひと段落ついたのか、3人の先生は話し合っている。
なんか……取り調べられる容疑者みたいだ、私。
「ひとつ聞くが……君は西院咲良に危害を加えた1人ではないのか?」
先生が眉をひそめて聞く。
……本当に容疑者になっちゃってるよ、私!!
さっきの短い間で、どうやって私を容疑者にしたのか……
「違います!」
「……あの」
私が違う、とキッパリ断言した途端……蒼井君が話に入ってきた。
「杉浦先輩は、確かに痴漢してくる人を攻撃したりできて、強い人ですが……集団で1人に暴行を加えたりするなど、卑怯な真似は絶対しません」
「痴漢を攻撃……」
目を真ん丸くして3人一度に凝視してくる……
……すみませんねぇ。私が普通の女っぽくなくて!
「ていうか君は、杉浦や西院咲良とどういう関係だね?」
「杉浦先輩は、俺が尊敬する男性で……咲良は、俺の彼女です」
ちょ、ちょちょちょちょちょ〜〜〜!!!
蒼井君、真面目な顔して何言ってんの!
「ほぉ、なるほど」
先生も納得しちゃってるし!
「私、男じゃないですよ!」
「まぁ、世の中男も女もあまり変わらん」
……変わるっしょ!
「……じゃあ、生徒写真持ってくるから、しばらく待っててくれ」
3年部学年主任は席を立ち上がった。
「藤田先生、神野先生、ちょっと……」
1年部学年主任と生徒指導は他の先生に呼ばれ……私と蒼井君、2人だけ取り残されてしまった。
な、何か話さなければ……っ!
「……そういえば、蒼井君と咲良ちゃん付き合ったきっかけって指輪……だったよね?」
「え?何の話?」
……はい?
だって咲良ちゃん、あの時……
“「大翔に貰った指輪を大翔に見せたら……復縁しました!」”
笑顔で、そう言ってた。
「だって、咲良ちゃん、「大翔に指輪見せたら復縁した〜」とか言ってたよ?」
「俺、指輪なんか見せてもらったことないけど……ていうか指輪なんてあげるような趣味じゃないし」
……はい?(二度目)
ますますごちゃ混ぜになる。
つまり……どっちかが、嘘ついてる?
「じゃ、じゃあ、蒼井君と咲良ちゃんが付き合ったきっかけって……?」
「……」
そこで、何故か黙り込んだ。……プラス、私に背を向ける。
ふ、触れてはならぬとこだったか……?
「と、とにかく!彼氏やるの無理だとか……1回助けれなかっただけですぐそう思うのはよくないよ!……まぁ、私もちょっと怒ったけど……」
いや、かなりかな……
「だから、これからも咲良ちゃんと……」
「先輩!」
いきなり蒼井君がそう叫んだので、ビックリした。
彼は振り返ると、見たことないような……真剣な眼差しを、私に向けた。
「あの、俺……」
「杉浦ぁぁぁっ!!!」
蒼井君が何か言おうとした途端、担任の聞いたことないようなどす黒い声が聞こえてきた……
「杉浦ぁっ!大丈夫かぁっ!ケガはないかぁっ!!!」
「わ、私は全然!」
「おぉそうか」
落ち着くの早っ!!
「いや〜、お前が3年の女子“10人”に“殴られながらも”1−Dの西院咲良を助け出したって聞いて……」
……誰から聞いたんスか、ソレ。
「杉浦、これが3年の集合写真だ。まぁ去年の2年の修学旅行写真だけどな。5人ってどれか分かるか?」
3年部学年主任がやってきて、6枚の写真を出す。
……うへ〜、多い……
しかも修学旅行だからみんなちゃんとして、全然分かんな……
……いや、でも明らかに場違いな派手なカッコしてる女子が映ってた。
しかも、6クラスあわせて5人。
「……多分ですけど……この人とこの人と……」
私がその5人を指差すと……学年主任は顔を般若のように歪ませる。
「コイツら……万引きやら何やらかんやらで……」
……やっぱり問題児?
「ありがとな杉浦。早速呼び出す。……この学校にいたらな。」
なんか初めてお礼言われたような気がする……
学年主任は覚束ない足取りで保健室を後にした。
「とりあえず、教室に行こう!お、そこにいる1年は……もしや杉浦の彼氏かい?」
「違います。断じて」
「おぉそうだったな!お前は高杉唯だったな!」
……どこで知った!!
「杉浦と高杉……「杉コンビでお似合いだ」って職員室中で噂になってるぞ?」
恥ッ!なんでそんなことまで出回って……
教職員の情報網は、ハンパじゃない……
「そうだ。蒼井君、何か言おうとしてたよね?」
「え?あ、大したことないから」
「あ、そうなんだ」
蒼井君は、歪な笑みを見せた。
この歪な笑みの裏側にある、蒼井君の心情……
私が知るのは、多分、もっと先のことだった。