第30話 いじめ
「おっはよぉさーやぁ〜!」
月曜日。何日かぶりの登校。
電車の中では、夏姫が大きく私に手を振っていた。
「おはよ、夏姫」
「あれ?さーや、顔怖いよ?何かあった?」
「別に、何も……」
……っていうけど、実は未だにムカついている……
なんで私が睨まれなきゃいけないワケ!?なんかしたのか私!
「……ねぇ夏姫。私、蒼井君に何もしてないよね?」
「おっ!久しぶりじゃん!さーやの口から蒼井君って言葉出るの!さては〜?大翔君絡みぃ?」
「いや、休み中に桃花と遊んだときの帰りの電車で、偶然咲良&蒼井カップルに遭遇しちゃって。蒼井君に睨まれた」
夏姫は「へっ?」って感じな顔してる。
そりゃそうでしょう。だって、あの『1−Dアイドル四天王(河野さん命名)』のリーダーだよ?(リーダーかどうかは不明)
ていうかそれ以前に私、蒼井君に何もしてないし。(また。)
「あ〜それはぁ〜……う〜ん……」
「ね?おかしいっしょ?意味分からんっしょ?」
「てかその人、ほんとに大翔君だったの?」
改めて思い出す。
黒の無造作で、目が大きくて……ちゃんと面影残ってた。
「うん。99.9%。」
「何その値〜!あとの0.1%は?」
「睨んだときの表情。あれはちょっと別人っぽかった」
電車に乗って、辺りを見渡す。
……いました。蒼井君。咲良ちゃんはいないのか、友だちと喋ってます。
「蒼井君、かなり友だちと打ち解けてんね〜……やっぱ見間違いじゃない?」
「んなわけないじゃん。咲良ちゃんと一緒にいたんだよ?咲良ちゃん、「大翔~」って呼んでたし」
「あ〜、そっかぁ」
……にしても夏姫、蒼井君を凝視しすぎ……いい加減あっちも気づくでしょ。
「さーや、その時1人だった?」
「いや……キョンっていう、中学時代の後輩と一緒に居て……あ、キョンって海宮の1年生なんだけどさ。咲良ちゃんと仲良いっぽい。2人が再会したとき超騒いでたし……まぁ、蒼井君はキョンのこと気に入らなかったみたいだけど」
「……もしかして、キョンにムカついて睨んだのかもよ?」
……え。キョンに?
睨みの標的はキョンだったの?
そっか、標的はキョンかも……なのに私、勘違いしてた?
「……かもね……うん」
納得して、改めて自分の早とちりさを恨んだ。
いや〜、ハズいハズいハズい……
でも、あの目つきを思い出すと、また振り出しに戻るような気がした。
電車に揺られて、海宮駅に着いた。
チャリに乗り換えて、夏の終わり(?)の風を頬で感じる。髪が風に靡いた。
「ほんと、沙彩の髪ってキレーな栗色だよね〜。うらやまし」
セミロングの夏姫は私の髪を触ってくる。
「運転中だよ。危ないよ」
「はぁ〜い」
夏姫は手をハンドルに戻した。
「あ、沙彩夏姫。おはよ〜」
曲がり角から、唯が現れた。……って、なんか違うぞ、唯。
「唯、髪染めた?染めたよね?」
あ、そうか、髪色。夏姫の言葉で気づいた。
唯の髪は、金髪に近い色になっちゃってる。
「あ〜、うん。イメチェン?」
「似合うね」
そう言うと、唯は嬉しそうに笑った。
「も〜ラブラブだなぁ〜高杉夫婦!」
「それ、伶にも言われたんだけど」
「ま〜いーじゃん?」
横3列で喋りながら、学校へと車輪を走らす私たち。
ハタから見たら……危なっかしい光景だろうな。
学校へ着くと、何故か先生に呼ばれた。
「お〜スマンな呼び出して」
1年部の……滝川先生。
なんで1年部の先生が私に?
「杉浦、西院咲良知ってるか?」
「知ってますけど……」
「おおそうか。やはりな。先生は西院の担任だが……西院、この頃元気がないみたいなんだ。何か知ってるか?」
「いえ、特には……」
聞いて、ピンときた。
多分、蒼井君絡み……って。
「そっか。すまんな!」
「いーえ。では」
先生に一礼すると、教室へと向かった。
『蒼井大翔親衛隊』の人数や学年から見ても……蒼井君のファンは1年生のみならず2年3年にもいるだろう。
そんな人と付き合ってる咲良ちゃん……全学年のファンから目をつけられるのは、多分当たり前。
目をつけられるだけなら、いいかもしれないけど……ファンが行動し始めると、恐怖モノ。
集団イジメとか、有り得るよね……
「〜〜〜っ!!!―――」
「―――!!!」
心なしか、どこかからか罵声が聞こえてきた。
どうやら……旧校舎からだ。
空き教室に入り、旧校舎を見る。
「さっさと別れろや!!!」
「嫌っ!やめてくださいっ!」
旧校舎の裏側なのか……とにかく、人の姿は見えないけど、明らかに声は聞こえる。
ていうかこの声……咲良ちゃんじゃん。
始業が鳴っているにも関わらず……私は2階から飛び降りた!(※絶対マネしないでください)
あっという間に私は旧校舎のすぐ近くに。シューズのまま、旧校舎の裏側へ行った。
「なんだこの草……」
首まで生えている草が邪魔。振り払いながら、進むと……ギャル系の3年生、5人の姿が見える。
その5人に囲まれ……リボンのついた頭が見えた。
「おめぇみてぇなぶりっ子、大翔様には似合わねぇんだよ!!!」
3年は咲良ちゃんを蹴って踏みつけ踏み躙り……私は、いてもたってもいられなくなった。
「何してんですか!?」
草むらから飛び出した私は、3年生を掻き分けて囲いの中に入り、ぐったりしてる咲良ちゃんの意識を確認する。
「大丈夫!?咲良ちゃん!」
反応しないけど……呼吸はしていた。
「てめぇなんだよ!邪魔すんなよ!」
今度は私に蹴りが飛んでくる。
防衛術は知らないけど……先攻術が飛んできたら、こっちも先攻術で応じよう。
「いででででっ」
ギャルの足を掴み、足首を捻らす。
グギギって聞くからにも痛そうな音したけど……捻挫ぐらいだろう。
そいつはその場に蹲り、足首を掴んでのた打ち回った。
残り4人が呆然としてる間に立ち上がり、咲良ちゃんを担ぐ。
「……次は誰ですか?」
我ながら、気持ち悪い笑みを浮かべると……後ろから、殴られる気配がした。
すぐさま振り向き拳を避け、そいつを転倒させる。
今度は横から拳が飛んできて、下がってかわして、背骨を瓦に見立ててチョップする。
あとの2人は、凍りついた。
「つーかコイツ、2年の杉浦沙彩じゃん!握力40で有名の……」
「チッ……行こっ」
2人はのた打ち回るギャル1人を担ぎ、復活した2人はよろめきながら走ってどこかへ行った。
……なんだよ。4人一斉にかかってきても大したことないのに。ていうか40じゃなくて45だよ。
とにかく、咲良ちゃんを保健室に運ぶのが先……かな。
「あら、杉浦さん。HR始まってるわよ……って……」
保健の先生も、私が担いでいる咲良ちゃんを見て絶句した。
「さ、さささ、西院さん!?」
「はい。3年の女子5人から暴行を受けてたみたいで……私が助けに行ったときは、もう意識不明で……」
「と、ととと、とにかく救急車!」
慌しく先生は動く。
その間、咲良ちゃんをベッドに寝かせた。
「失礼しますっ!」
先生があたふたしている最中……保健室から、人が入ってきた。
蒼井君だ。走ってきたのか、汗が一筋流れている。
「咲良!大丈夫か!?」
蒼井君は咲良ちゃんに駆け寄った。
「あら、蒼井君!西院さん、今さっき運ばれて……意識がないみたいなの!」
「え……」
蒼井君は、咲良ちゃんの顔を見て絶句した。
だって白くて綺麗な咲良ちゃんの肌は……殴られて、ボコボコになってて……ところどころ内出血していたから。
「……咲良ちゃん、3年の女子に殴られてた」
何日……何ヶ月かぶりに、蒼井君にそう話しかける私。
「3年女子は……蒼井君と咲良ちゃんが付き合ってるのが気に食わなくて、何発も何発も殴ってた。私が助けに行った時は……既に、意識なかったよ」
「・・・」
「なんでこんな風になる前に助けに行かなかったの……?私が行かなきゃ死んでたよ」
ああ。人に怒るのって何年ぶりだろ。
蒼井君は、俯いているだけだった。
「……せ、先生、西院さんの保護者に連絡してくるわね……」
静かながらもこのピリピリした空気に耐え切れなくなったのか、保健室を出て行った。
そして、訪れる沈黙。
「ご、ごめん。第三者外の私が変な口きいて……」
謝る必要ないけど、沈黙に耐え切れず謝った。
「いえ……俺が、悪いんです」
蒼井君が、この場所へ来て初めて私に向かって言葉を言う。
「咲良がいじめを受けてることに気づかなかった。全然」
「……咲良ちゃん、いつも明るいし」
そう。あの日の電車の中でのテンション……あんなテンションの子が、いじめを受けてるなんて普通思わない。
「ごめんな、咲良」
そう言い、咲良ちゃんの頭を撫でる蒼井君の表情は、もう立派な“彼氏”だった。
このまま、2人がうまくいきますように。
私は思った。
だけど……これから、あんなことになるなんて……思わなかった。