第2話 出逢い
「あ、さーやだぁ〜!」
補習初日。補習室……となった大ホールに行くと、手を振って黒ギャルが近づく。
えっと……?
「誰だっけ?」
「んなっ!さーやヒドッ!桃だよぉ〜!」
あぁ、思い出した。林桃花だ、この子。
あの純白ナチュラルな清楚系……だったけど……
「派手になったねぇ……」
遠い目をして、彼女を見る。
「でしょでしょでしょ〜〜〜??最近ねっ、ギャルメイクに目覚めてー先輩に教えてもらったのぉ!日サロにも行ったんだよぉ!」
嬉しそうに自分の顔を指す桃花。
かつて桃花は、愛され系の真っ白な肌で、ナチュラルメイクだったけど……毒されたか。
喋り方までその先輩に毒されたらしく、甲高い声が耳を貫く。
「てゆーかぁ、なんでさーやがここにぃ?1年の時めっちゃ頭よかったじゃん!」
「めっちゃってこともないけど……こないだのテスト、全教科赤点だったんだ」
「あ、仲間ぁ〜!桃も〜!」
……あまり嬉しくないけど……
「もう、問題の意味が分かんなかったしぃ!」
私が赤点を取った理由は、何ひとつ聞いてこない桃花。
気を遣ってるのか、単にバカなのか……
「おーい、席着けぇ〜!」
と、数学の巨大先生……通称巨人が大ホールに入ってきた。
「席着けって言われてもどこか分かりませぇ〜ん!」
と、どっからか声が飛んできた。
巨人の指定により、席が決まった。
席が1列に4つあって、左端が1年、その隣が2年、その隣が3年、右端も3年という配置に。
「分かんないとこがあったら、1年は隣の2年に、2年は隣の3年に、3年は隣の3年に聞け!それでも分かんなかったら俺を呼べっ!以上!」
……アバウト……アバウトすぎるよ巨人……
「んじゃ、今からプリント配る!」
とどめはプリント……どこまでもアバウトすぎる。
配られたプリントは……世界史。
左半分は内容理解の部分。右半分は問題がズラリと並べられてる。
……とりあえず、解いてみるか。
仕方なくシャーペンを手に取り、解答欄を埋めていく。
「……ん?」
左腕が何かに突付かれたので、横を向いた。
「この日本文を英訳するのって、どうすればいいですか?」
目に映ったのは……肌が白くて、綺麗な目をした男の子。
一瞬にして、その目に吸い込まれていきそうな感覚になった。
「あのー……」
「あ、ゴメン。これ?」
慌てて、その男の子が指す日本文を見る。
「これは、主語をまずHeにして、過去完了形だから……」
……ヤバい。すごい、ドキドキする……ていうか、緊張する。
「あ、なるほど!ありがとうございます」
「いえいえ」
彼が納得したところで、すぐに自分の問題に向き直った。
火照る頬を隠すように頬杖なんかついたりして。
なんなんだろう、この感じは……
3時間の補習が終わり、みんな疲れ顔。
「あ〜、これがあと何回も〜……」
隣の3年生は、大きく溜息をついている。
まぁ3年生はどっちみち夏休み中は勉強する運命なのさ……なんて言ったら、しばかれる程度じゃ済まない。
「さーやー!おつかれ〜いっ」
だが、桃花は至ってピンピンしてる。
「桃花……元気だね」
「だって3時間中ずっと寝てたもん!あ〜!すっきり!今日朝3時ぐらいまで彼氏とメールしてたんだよねー!」
……なるほど。
「だったら、さぞかし疲れが取れ……」
桃花の後ろにいる存在に気づき、語尾が消える。
「ほえ?」
私の目の色に気づいたのか、桃花が振り返る。
「はぁーやぁーしぃー………」
その名も、巨人。ますます巨大に見えるゼ。
すごい形相をして、桃花の襟元をつまみ上げる。
「お前“だけ”午後3時まで補習!」
「えぇ〜〜〜!?それナシっしょぉ!?」
「お前だけ1問も解いてなかっただろ!」
あっちゃー……そりゃバレるわな……
「うぇ〜ん!さーや助けてぇ〜!」
「が、がんばれ桃花」
「そんなぁ〜……」
桃花はこのまま、説教部屋に行くことになるだろう……
「さっきの人、友だちですか?」
声をかけられ、振り向く。
……さっきの、綺麗な男の子だ。
「あ、さっきの………」
「蒼井です。蒼井大翔」
蒼井君はニコッと微笑んだ。
「先輩は?」
「あ、杉浦沙彩……2−Dの」
「えっ、そーなんですか?」
何故か私の名前を聞いて蒼井君は驚く。
「さーやってあの先輩呼んでたから、さやかって名前かと思いました」
「あ、よく言われる。さーやって、さやかっぽいって」
「とにかく、ありがとうございました。教えてもらって……」
「いや、私、1年の時は頭いい方だったし……」
あ……あの時、緊張してよく見れなかったけど……あの英訳問題以外全部埋めてたよね、蒼井君。
「あ、蒼井君って頭いいんじゃない?」
「……中学の時30番ぐらいだったらしいんですが、出席日数が1学期中、0だったんで」
そう言って蒼井君は苦笑した。
ていうか、他人事みたいだなぁ。30番ぐらいだったらしいって……
「……不登校……とか?」
「不登校じゃないけど……内緒です」
出席日数が0の理由……考えてみたけど、不登校しか思い浮かばない。
「……そっか」
根掘り葉掘り聞くのも悪いな、と思ってそう言った。
「それじゃ、僕、帰りますんで……」
「あ、うん。バイバイ。明日もがんばろーね」
そう言って蒼井君は靴箱へと向かう。
太陽が眩く輝き始めた初夏。
私は、ひとつの“出逢い”をした。
それは……後々、未来を変えたかけがいのない“出逢い”となる。