第23話 修学旅行1-始まり-
「沙彩っ!早く起きなさいっ!!!」
珍しいお母さんの怒鳴り声で、眠りから目が覚める。
「……まだ6時じゃん……」
「ハァ!?学校、6時半集合じゃない!どんだけボケてんの!?」
……あ、そうだった。
ベッドの傍にある手荷物の存在で、今日何があるのかにやっと気づく。
……そう。修学旅行。
「一刻も早く準備しなさい!車出すから!!!」
お母さんはそう叫び、荷物を持って部屋のドアを閉める。
あんなに取り乱したお母さん、初めてみたなぁ……って、何ノンキなことを考えてる?
「……ヤバい……」
サーッと血の気がなくなり……多分、ここ4年間ぐらいの制服生活、至上短時間で制服を身に着けた。
洗面所で顔を洗い、化粧水もつけずに髪をブローする。
アイロンなんて、握ってるヒマもない!
「沙彩!10秒で車乗んなさい!10!9!8!7!」
「わ、分かった!分かったって!」
ローファーのかかとを踏んで、家を出た。
「なんであんたは、いつもいつも大事な日に限って寝坊すんの!?」
「……私でも知らないって……」
「ほんっとそーゆーとこ、お父さんにそっくりね!」
……ほんと、アホな娘ですみませんね。
「てかお母さん、もう120キロじゃん、車の速さ」
「いーのよ!車ほとんど走ってないし!」
って、あなたホントに刑事かい!
……などと考えてるうちに、学校へ着いた。
「東京でも寝坊しないようにね」
お母さんは落ち着きを取り戻し、いつものようなクールな素振りで話す。
「分かってるって。行って来ます」
車から出て、校門へと入った。
時刻は、6時20分。
教室へ行く途中……体育館の前を通り過ぎる。
反対側の窓には、ズラリと女の子の列。
ダムダム、と、バスケットボールが跳ねる音がしていた。
「こんな時間から、朝練……?」
ほんの好奇心が沸いた私は、そろっと体育館を覗いてみる。
……あの子……
「蒼井……君?」
ちっぽけでよく見えないけど、あれは確かに蒼井君。
黒髪で、無造作で……あれ、背伸びたのかな。なんだか大きく見える。
バスケ部……入ったんだ。
てか、こんな早くから朝練……?
あ、ボールをゴールに向かって投げてる。
そのボールは柔らかな弧を描いて、ゴールに吸い込まれていった。
……綺麗なフリースローだな……
「って、遅れるしっ」
見とれてるヒマはない。
時刻は、6時25分だった。
「さーや、おっそぉい!」
教室に入るなり、夏姫が私に飛び蹴りを食らわす。
「痛っ。寝坊したんだから仕方ないっしょ……」
軽く笑いながら、机にひとまず荷物を置いた。
「これだからさーやは……大事な日に限って寝坊するよね!」
「ほんと、ごめんってばー……ていうか、お母さんと同じこと言ってるし」
「ま、それは置いといて……今日体育館で大翔君見た??」
「あ、うん。こんな時間から……って物珍しくってさ」
ってことは、夏姫も見たのか?
「朝から凄かったよね!まだ6時半っしょ?」
「え?何が?」
「『蒼井大翔親衛隊』だよ!女の子の列あったっしょ?」
あ……確かに。
あの女の子たちが『蒼井大翔親衛隊』のメンバー……って……
「蒼井君、ファンクラブまで作っちゃったの!?」
「いや、大翔君が作ったんじゃなくって、1年の原美来って女子が作ったらしーよ!」
「原美来……って、まじない部の?」
「そうそう!」
まじない部。日々まじないを研究する部活。
そんな聞いただけでも怪しい部活に所属する唯一の1年生、原美来は有名だ。
見たことはないけど、どこかどんよりしてた雰囲気がある子なのかな……って思ってたけど、親衛隊作るほど積極的な女の子だったとは。
それはそれで、ビックリだった。
先生が教室に入ってきて、男子から出席を取り始める。
「古川ー、高杉ー……って、高杉どこだ?」
唯……いないじゃん。
唯の席を見てみたけど、空席。
「伶君、唯どうしたの?」
何気に後ろの席の伶君に聞く。
「あー、寝坊じゃね?」
……ちょっとは焦ろうよ!
「んじゃあ、メールの着信音で起こそっかな……」
と、ケータイを取り出した直後、
「おっはよーございまーす」
と、頭を掻きながら唯が入ってきた。
「はい、高杉。お前遅刻な!」
「寝坊したんスよ、先生。すんません」
ハハッと笑う唯の顔は……どこか、作ってるようだった。
「反省してる様子は窺えないが……続けるぞー。高千穂ー、戸田ー……」
ちょっと唯の方を見てから、また先生の方を向いた。
「じゃあ、今からバスに乗り込むぞ!暴れんよーにな!」
HRが終わった先生の合図で、一斉に大荷物を持った生徒が教室を出て行く。
「唯、お前堂々としすぎ!マジカッコいいんだけど」
伶君、カッコいいの基準がおかしいよ……
バスに乗り込んで、唯の横に座る。
「あ、沙彩窓際な。酔いやすいっしょ?」
と、先に座った唯が席を交代してくれた。
「ごめん、ありがと……」
唯のさり気ない優しさが、心を温かくしてくれた。
そして何故か……――切ない。
「さーやっ、さーやっ!」
後ろの席の夏姫が、私の頭を突付く。
「ん?何?」
「伶君寝ちゃったからヒマい〜!話そっ?」
唯の方をチラッと見ると……頬杖ついて、いつの間にか寝ちゃってる。
伶君に至っては、豪快な寝方……
「……そ、そだね」
座席の上に膝立ちをして、夏姫の方を向いた。
「さーやさ、初体験まだなの?」
うきうきしながら夏姫が振りかけた質問は……これ。
「え、何の?」
「あーもー!こりゃナイな!ナイナイナイ!」
微妙にキレた夏姫サン。
何なんだ一体……
「唯と付き合い初めていくら経った?」
「い、いくらって……まだ1ヵ月も経ってないよ?」
「1ヵ月かぁ……そりゃまだ難いかもなー……私らだって5ヵ月目だったし……」
ブツブツ呟く夏姫……なんか怖い。
「キスしたのはいつ??」
「い、いつって……ないよ?」
“あれ”は、付き合う前だったし……
「やっぱ1ヵ月未満ならキツいかぁ。キスさえも……んじゃあ、その話は置いとこう!今日どこ行くっけ?」
「いや、東京でしょ……」
その後は、東京での楽しみなことを語り合った。
―――……
新宿・原宿・渋谷・世田谷・銀座・竹下・赤坂……
いろんな街がある東京。
語り合いながら……そして眠りを挟みながら今、そこに着きました。
……はい……
「人、多っっっ!!!」
窓越しに見える人の多さに思わず大声を出した。
四方八方、全て人人人……
そしてこのバスはあまりもの車の多さに渋滞中。
白昼の東京。学生はさすがに見当たらないものの、やっぱり人は多い……
「ホテルに着いたから、各自部屋に荷物置いたら、1日目のプラン通りに動いていいぞ!」
先生の合図でホテルに入る。
「……うっわぁ……ビジネスホテルの格が違う……」
シャンデリアが飾ってあるビジネスホテルの一室。
その隅っこに荷物を置くと、サブバッグを持って部屋を出た。
同時に、唯と伶君も出てきて……いざ、東京の街中へ!!!
「次マック行こ〜!」
「行く行く行く!」
「次どこ行くよ〜?」
「INGのショップがいいなぁ」
友だち、恋人、夫婦、兄弟姉妹、親子……様々な人々が、私たちを次々に通り越していく。
田舎者に見えるのか……はたまた制服が白昼に合っていないのか、ジロジロ見ながら通り越していく。
なんか……東京の街中に放り出された修学旅行生の気分。(まさにそう)
「じゃ、竹下通り行くか」
唯の合図で、不安な足を動かした。