第21話 思い込み
体育祭の準備が進む中、2年生だけは修学旅行の準備に没頭していた。
「部屋割り決めるけど、俺と伶、沙彩と夏姫の組み合わせが強制的らしいよ」
流れるように、唯は言う。
私たち以外の班は全て、女子同士や男子同士。
他の班は部屋割りをわいわい言いながら決めてるが……うちの班だけは、話し合わずに済む。
「そりゃあね〜。常識っしょ!」
夏姫はうんうんと頷く。
「……いや、非常識にするのもアリじゃね?」
「例えば?」
伶君の言葉に、私は聞き返す。
「同室名義で唯が杉浦の部屋で一緒に寝て、俺と東郷はそれぞれ別のダチのとこで寝泊りする……とか?」
「……はい?」
名義……?
唯の方をチラッと見ると…あまり動揺してなかった。
「伶、お前見かけによらず……阿呆だな。」
「でもアリじゃん。2人付き合ってるんだし、野郎2人じゃつまんねーだろ?」
「1時間ごとに先生が寝室見回りするんだよ。それに、沙彩が嫌がるだろ」
唯はそう言って、プリントをめくる。
……私が、嫌がる。
その言葉には……まだ、唯は私が蒼井君のこと好きだって思ってる、ということが隠れていた。
……ていうか唯、随分大人っぽくなったような……?
なんか、この頃唯は無駄に騒がなくなった。
でもその分、以前よりモテるようになったらしい。
「席割りは、俺と沙彩隣でいい?」
唯が、私の顔を覗き込む。
……案外、可愛い。瞳には、まだ子どもっぽさが残ってる。
「うん、もちろん」
「んじゃあ補助席使って、俺が唯の隣」
「伶君バッカじゃない?デリカシーなさすぎぃ!私の隣だよぉ〜!」
え、と伶君は顔を顰めた。
「……彼女にバレたら嫉妬されるし……」
「別にバレなきゃいーじゃん!私もたっくんに嫉妬されるかもだけど……さーやと唯のためだし!思う存分たっくんから隠れるし!」
夏姫はそう言い、私にウインクする。
夏姫なりの、優しさだって思った。
……ていうか夏姫、気づいてないね。
伶君、彼女いないんだよ?
「なんかごめん。ありがと」
小さい声で言うと、両手を目の前で合わせた。
「……なんか杉浦ってさ、超暗いタイプじゃん?声ちっせえし、顔キレーだけど男に興味なさそーだし。唯は杉浦のどこに惹かれた?」
「超暗いって……」
伶君の言葉が次々と私を刺す。
暗いって……暗いって……
人からはよく、「沙彩ちゃんってクールだよね」って言われる……
クール=暗いなのか……!?
「どこって言われても……これといって、ないかな」
さらっと言う唯からの言葉にも、グサッとくる。
「……でも、これくらい人好きになったことって初めてかも」
「おっ!言うね〜唯っ!」
私は発言する場所がなく、ただ話を聞いてた。
ぐんと大人っぽくなった唯。だけど顔は赤いような気がする。
可愛いなって思って、少し笑った。
……いつか、唯だけを見れる日が来て欲しい。
唯を好きになる日が来て欲しい、と願ったんだ。
「んで〜、杉浦は唯のどんなとこ好きになった?」
かすかにニヤけてたら、伶君がそんなことを聞いてくる。
我に返り、返答に困った。
ど、どんなとこって……
「え、えっと……」
「夏姫、竹下通りって何がある?」
言葉を濁してると、唯が夏姫に話を振る。
もしかして、助けてくれた……?
「クレープ!もう最高らしーよぉ!絶対10個は食べるし!」
「うえっ。俺、クレープ無理」
伶君も夏姫の話に入っている。
ホッとした反面……凄く、悲しくなった。
やっぱり唯はまだ、私が蒼井君のこと好きだって思ってるのかな。
だとしたら……物凄く、申し訳ない。
それから、竹下通りの話題で班内は持ちきり。
担任が教卓で何かしゃべってる間も、会話に花を咲かせていた。
……もちろん、私は聞いて頷いて相槌うつだけだけど……
「お〜い高杉!聞いたか〜!!!」
担任が声高らかに叫ぶ。
「あ、なんですか?」
唯は動揺せず、ニコッと微笑んだ。
担任は歪な笑顔をつくる……
「……班長は放課後会議室に集合……分かったか?」
「あ、分かりました〜」
夏姫と伶君は声を押し殺して笑ってた。
……そうだ!
「唯、今日一緒に帰んない?」
「え?地区違くない?」
「まぁ、たまには……ってことで。」
言ってるとだんだん恥ずかしくなり……照れ隠しとして、窓の外を見る。
だって友達であれ誰であれ、自分から「一緒に帰ろう」って誘うのは初だから。
1年生が元気よく、校庭を走り回っていた。
「……んじゃ、玄関で待ってて。できるだけ早く行く」
「え〜何何〜?さーや、何約束したのぉ〜?」
夏姫が興味津々で目を輝かせている。
「……内緒」
「え〜ヒッド〜い!」
「東郷って精神年齢小学生ぐらいだね」
伶君の呟きに、夏姫の膨れてた頬は更に膨らむ。
「ガキじゃないもん!もう立派な大人の女だもんっ!」
「へ〜〜〜」
「あ゛っ!バカにしたな!五十嵐伶ッ!」
五十嵐というのは、伶君の名字。
「ごじゅうあらし」じゃなく、「いがらし」。(そりゃ分かるだろ)
夏姫と伶君の口論……いや、決闘が始まり、教室は静まり返るどころか笑いの渦に。
担任はもう、口出す余地がなかった。
……そんなこんなで、放課後。玄関にあるベンチに座り、1人、iPodで音楽を聴いていた。
しんみりと、クラシック。
ショパンの「ノクターン」「雨だれ前奏曲」「別れの曲」……
エチュードからワルツ、そして作曲家が交代してリストになり、超絶技巧で演奏される「ラ・カンパネラ」やメロディの美しい「愛の夢」……
聞いてるうちに、うとうとし始め……やがて、眠りについてしまった。