第20話 記憶
「私、大翔とまた付き合えるようになったんです!!」
バルコニーに出て早速、咲良ちゃんが飛び跳ねて、笑顔で言う。
「唯からきーたよ。……よかったね。」
無理矢理笑顔を作って、祝福の言葉をかけた。
咲良ちゃんは今一度、笑顔見せる。
「私、中3の頃大翔と付き合ってて……結婚まで約束した仲なんです!」
「へ〜……」
「もう、毎日デートして好きって言われて……」
「ふ〜ん」
聞きたくない……2人の過去。
興味なさげに、その場に座って胡坐をかく私は……誰がどー見ても、嫌な先輩だろう。
しみじみそう考えてると、咲良ちゃんも座った。
「……でも、大翔……事故で、記憶なくしちゃったんです。」
「……え?」
その話に、初めて反応する。
事故?記憶喪失?
「日常的なことや知的能力は以前と変わらないままなんですけど……いや、むしろかなり発達したっていうか。人の名前や顔、今まで自分が何をやって、どんな会話をしたのかを、綺麗さっぱり忘れちゃったんです」
「それは、中学校卒業後?」
「……卒業後、私とデートしてる途中、車に轢かれて……」
でも、奇跡的に蒼井君の命は助かった……という。
「お見舞いに行ったら、「あんた誰?」って言われました。めちゃくちゃショックで……それから毎日電話やメールして、大翔にいちから好かれようとしました。でも……なかなか好きになってくれなくって、大翔に貰った指輪を大翔に見せたら……復縁しました!」
指輪がきっかけで、咲良ちゃんとの記憶が蘇ってきた……ってこと?
「……へぇ」
そっけなく返すと、頬杖をついて考えた。
……2学期初日の電車の中。親しげな表情で蒼井君を囲む男子に合わせて、蒼井君も笑顔を作ってたこと。
同中出身だったキョンのことを忘れていたこと。
でもキョンも蒼井君のこと忘れてた……
……多分、1学期中蒼井君の姿を見なかったこともあるだろうし、顔も少々違ってたせいなのかな。
「……蒼井君ってさ、中学校の時どんな顔だったの?」
「めっちゃ美少年!って感じでした!目がおっきくて、ちょっと日焼けしてて…でも今は美男子って感じ!」
笑顔で咲良ちゃんは話す。
……彼氏の容姿聞かれると、嬉しくなるもんなのかな。
「とにかく、よかったね。蒼井君と、仲良くね?」
「はいっ!!」
澄み切った顔で答える咲良ちゃんには……もう、海宮花火の時に言った私当ての言葉は記憶に残ってないだろう。
咲良ちゃんにバレないように、眉をしかめた。
「おかえりぃさーや!」
「ただいま、夏姫」
再び4人の中に入る。
それに、咲良ちゃんが加わった。
正直、あまりいい気はしないけど…しょうがないか。優希ちゃんと李流ちゃんは咲良ちゃんの親友だし……
でも、今後の交流タイムも咲良ちゃんがいるのかぁ……と思うと、なんとなく憂鬱だった。
「よ〜し、じゃあそろそろ切り上げるかぁ!水ブロックのみんな、かいさぁ〜んっ!」
小原先輩の大声で、水ブロックの生徒はぞろぞろと教室へ帰ってゆく。
「あっ!じゃあ、また!」
「バイバ〜イ」
リボン3人組が1年生の輪の中に入り、残されたのは、私と夏姫。
「ヤッバァイ!1−Dイケメン四天王、マジヤバかったよぉ〜っ!」
隣に来た河野さんがキャーキャー騒いでる。
……まったく、この人は……
「やっぱ蒼井様がダントツにカッコよかったぁ!」
「シゲオは何番目〜?」
「ん〜、2番目かなっ!」
「えっ、私、カイジ君カッコいいなぁ〜って思ったけど〜……」
「でもユウヤ君もカッコいい!」
夏姫と河野さんの会話を聞きながら、談笑する。
蒼井君がダントツ……かぁ。
「そういえば、私とたっくんと、さーやと大翔君とで海宮花火行ったんだよ〜!ね〜?さーや!」
「あ、うん。」
「うっそん!杉浦さんと蒼井君って……カップル!?」
「いや、違うよ?」
「あ、唯君だっだっけ?そういえば」
河野さん、意外と恋愛ものには疎い……
「そうそう。蒼井君は……後輩、だよ。」
“後輩”
これを言うのに、数秒、躊躇った。
……そして、気づいてしまった。
蒼井君たち4人が、私たちを追い越したこと。
一瞬だけど、何か視線を感じたんだ。
「へ〜!部活一緒とか!?」
「いや、そんなんじゃなくって……」
笑顔が、歪になる。
聞こえてた……かな。
後輩。私の中で、膨大な数の1年生の中の1人……それは紛れもなく虚実だった。
「やっぱりか〜!杉浦さんには唯君っていう超カッコいい男子がパートナーなんだからさっ!蒼井君に心変わりしちゃダメだよぉ〜?」
こ、河野さん、声デカいって……
「ア、アハハ……」
苦笑いして、話題を変えた。
今にも、泣き出したい気分だった……




