第15話 切ない
始業式。文学好きな校長が、長々と壇上で話している。
……も、もうダメだ……
目が完全に閉じて、体がガクッとなる。
起き上がっては、またガクッと……
「さーやっ、ガンバれ!あと推定15分!」
隣の夏姫が小声で応援してくれるが……
睡魔は一向に立ち去る気配はない。
「ガンバってる……一応……」
そしてまた、ガクッとなった。
……気がつくと、生徒がちらほら教室へと帰っていくのが見えた。
「ふあ……よかったぁ。先生にバレなくて……」
眠い目をこすりながら、呟く。
「さーや、居眠り癖早く直そうよぉ。」
「はいはい……」
今一度大きくあくびをすると、教室へと足を進めた。
「んじゃあ、3時限目から新学期最初の授業だ!気を引き締めるよーにっ!」
担任の声で、HRが終わった。
新学期最初の授業以外は気ぃ抜いてもいいんかい……
ていうかみんな、気を引き締める気なんて、一切持ってないような気がする。
夏休み明け……っていうこともあるだろうけど、やっぱり第一の理由は修学旅行があるから……かな。
「修学旅行、楽しみ!」
「東京とか一度でいいから行ってみたかったんだよね〜!」
修学旅行……というより、最早旅行。
この海宮高校……修学旅行の全日程が自由行動なんだから。
でも、ちゃんとホテルの手配はしてもらってるし、自由行動で行く場所もレポートにして提出する義務もあるから、単なる旅行にはならない……と思う。
東京都、といえば、日本一人口が多い。なんせ首都だしね。
特に東京23区は、日本で最も人口が多い区として知られている……はず。
それ以外、全く無知。
竹下通りや渋谷街……どこにあるのか分かんないし。
原宿と新宿の違いも知らないし。
……まぁ、東京通の誰かが教えてくれるでしょう。多分。(いるのか?)
3時限目は、悲惨なことに、数学だ。
―――……
4時限目が終わり、お弁当タイム。
「さーや!いつものとこ行こ〜!」
「うん」
いつものとこ……というのは、私と夏姫がいつも一緒に弁当を食べてる場所。
屋上。普段は立ち入り禁止だけど……夏姫によって開発された小道具で、屋上への門は開かれる。
「ふあ〜っ!風、めっちゃ気持ちいいし!!」
夏姫は大きく背伸びをする。
まだまだ蒸し暑い9月……にしては珍しい風が吹いていた。
「本当、屋上っていいよね。」
「なんでこんなとこ施錠しちゃうんだろーね〜!」
日陰に座り込み、弁当を広げた。
……と、その途端、屋上の扉がバンッと開けた。
「……うわっ、ヤバいっ!施錠すんの忘れてた……」
夏休みボケのせいか、夏姫が絶体絶命のミスを……
「どうする?」
「とりあえず、隠れよーよ。」
と、何か変な機械の裏に隠れた。
そこから、こっそり扉の近くを覗き込む。
その人は、何やら扉の向こうの様子を伺ってから、扉をしめて施錠し、一息ついていた。
……あれ?あの人……
「蒼井君……だよね?」
夏姫に耳打ちすると、「私も思った」って返ってきた。
「蒼井君?どしたの?」
少々緊張しながら声をかけると、大げさに蒼井君は後退りする。
「あ、杉浦先輩……びっくりした〜」
そして再度、蒼井君は一息ついていた。
なんでここにいるのか、を聞いたところ、こうだった。
4時限目が終わった途端、男子からも女子からも食事のお誘いがあって……弁当持って逃げに逃げまくり、2年教棟に入り、開錠してた扉を見つけ、逃げ込んだらしい。
「モテる人は大変だね」
「いや、ただ、転入生だから興味持たれてるだけだし……」
「も〜!大翔君そんなにカッコいいんだから、モテる以外ないっしょ!謙遜しすぎ!」
夏姫が蒼井君の背中をバンッと叩く。結構痛そう……
「ところで、友だちできた?」
「一応……同中のシゲオってやつと、カイジってのと、ユウヤってやつ」
同中の友だちの呼び名としては、片言みたいな気がした。
てかシゲオって……何時代の人だよ。
「凄い名前だね、シゲオ。やっぱヒゲとか生えてんの?」
「シゲオは、筋肉凄くて黒くて目が超キリッとしてて……ゴリマッチョのちょっと薄い感じ。声なんか、水○ヒロにそっくり。かなり年上にモテるっぽい」
「いや、黒いのは日焼けでしょ?」
「まぁそうかも」
でも、なんか一度会ってみたいな、シゲオ。
私の中で、シゲオのレッテルは究極の年上キラーに決定された。
「ってあれ?大翔君、なんか落ちてるよ?」
夏姫が、蒼井君の弁当の傍にあった綺麗な封筒を渡す。
「なんだコレ……」
器用に封筒を開け、便箋を取り出した蒼井君。
……にしても指、長くて超キレー。ピアノ弾きやすそう……(そっちかい)
……話逸れちゃうし。
あの封筒……絶対、女の子が持ってそうなやつ。
便箋も、封筒と同じ柄だった。
……やっぱ、内容が気になってしまうのが本音。
便箋を見ている蒼井君の横から、ちょっと盗み見した。
『蒼井大翔君へ
突然手紙書いたりしてごめんね。
退院して、2学期から学校に来る、って聞いて急いで手紙書きました。
いきなりで本当、ごめんだけど、私は蒼井君のことが大好きです。
中学校からずっと見てました。
付き合えるとは思ってません。だけど気持ち、伝えたかったので、手紙書きました。
藤堂沙織より』
「……わぁ。手紙で告るって……めっちゃ純情じゃん。」
しかも藤堂沙織って知ってるし……1週間に1回は告られる、超可愛い子じゃん。
……やっぱ、あんなに可愛い子にも想われるんだな、蒼井君……
「えっ、告白手紙!?ちょっと見せてぇ!」
私の言葉に反応したのか、蒼井君の手紙を強引に奪う夏姫。
そろっと蒼井君の顔を見ると、心なしか……白い頬がかすかに赤に染まっていた。
心臓が、ドクッてなる……
もしかして、両想い……?
桃花が、蒼井君のこと好きだ、って言ってた時。
咲良ちゃんが、自分の蒼井君に対する想いを私に打ち明けた時。
その2つの時と同じ……それ以上に、心臓が不規則にドクドク鳴る。
平静を装う為に、弁当を食べることを再開した。
……本当は、伝えたい。
今、ここでも……伝えたい、っていう思いは募る。
だけど、言えない。
多分……傷つくのが、怖いから。
……人を好きになる、って……臆病になることと一緒……なのかもしれない。
今までの私は、自分でも分かるほど……常に動じなくて、誰からも「クールだね。」って言われる存在だった。
でも、今は……動じまくりで、臆病で、意気地なし。
「んで、大翔君はOKすんの〜?」
「え?あ、しませんよ」
ネガティブモード……に入っていた時、聞こえてきた、あっさりとした蒼井君の声。
「え〜!なんでぇ?」
「だって好きじゃないですし。好きでもない人と付き合っても、傷つけるだけかもしれないですし」
笑いながら、軽快に弁当をつつく蒼井君。
……なんだ、そうなんだ……
今、多分、人生の中でいちばんホッとしてる
「んじゃあ、大翔君って好きな子いるわけだぁ〜??」
……途端、聞こえた夏姫の、蒼井君の核心を突く質問。
「……いますよ」
……別の答えを、望んでる私がいた。
「いますよ」その言葉を聞いて……真っ先に浮かんだ、咲良ちゃんの顔。
頭にリボンをつけてる、笑顔が可愛い女の子。
自分の想いを素直にぶつける、まっすぐな瞳を持った女の子。
……自分とは、格差ありすぎる女の子……
アオイクンガ、オモッテイルカモシレナイ、オンナノコ…
「……なんか急に頭痛い……ちょっと保健室行ってくる……」
急に涙腺が緩みだして、食べかけのお弁当をまとめ……
言い訳を並べ、立ち上がった。
「頭痛いって……大丈夫?連れていこっか?」
心配そうな蒼井君の表情に、胸が熱くなる。
それすら……切ない。
「……いや、大丈夫。ありがと……」
作れるだけの笑顔を作って、保健室へと向かった。
「先生、ちょっと頭痛いんで……寝てていいですか?」
「あら大丈夫?いいわよ」
俯いたまま保健室に入り、事情を話してベッドにもぐりこむ。
枕に顔を押し付け、声を押し殺して……溢れてきた涙をしみこませた。
……蒼井君に、彼女いるわけでもない。
好きだ、と想う人がいるだけのこと……
その現実に、悲しむ私……
私を見て、くれないんだな……
一度でいいから、振り向いてほしかったな……
心の中で、そっと呟いた。
恋をする、って、不思議なもの。
可愛くもなれるし、強くもなれるし、笑顔にもなれるし、楽しいって思える。
けど……臆病にもなれるし、意気地なしになっちゃうし、弱くもなる。
蒼井君に恋するまで、気づかなかった。
恋ってこんなにも、息苦しいこと……
―――…
目が覚めた。
いつのまにか、眠ってしまってた。
ふと、顔が軽く感じ……目をそっと触ると、黒くならない。
つまり、メイクが落とされていた。
あと、額に乗る白いタオル……
目だけ動かし、辺りの光景を見た。
……ふと、傍に存在感を感じ、横を向く。
「あ、起きた?」
そう言い、微笑む……
「唯……?」