第12話 ため語
帰りの電車。辺りには、カップルだらけ……
でも、かなり電車の中は空いていた。
「行きとは大違いですね」
「そだね」
席に座ると、電車が動き始める。
……今までの心臓の鼓動や胸のざわめき。
それらは全て、蒼井君を好きだから……ということが分かった今。
……めっちゃドキドキしてます。
カップルだらけのこの現場での沈黙もキツい……
気を紛らわす為、車内広告を見てたら、隣から腕を突付かれた。
「さーあやちゃんっ」
振り向くと、少々ニキビが目立つ女の子がニコニコしながら私を見る。
……あれ?この子、どっかで見たような……
「久しぶりぃ〜!」
「……あ、もしかしてキョン?」
「うんっ!」
そうだ、キョンだ。
キョンとは、中学生の時、バスケ部に所属してた頃の後輩。
本名は、外見に似合わず遠藤崎右京という婆臭い名前……(失礼な)
ちなみに姉は左京という名前らしい。
本人の熱願により、キョンと呼んでる。
「超久しぶりじゃん」
「沙彩ちゃん、めっちゃ可愛くなったことない!?あ、メイクしてんの?あれ?してないよねぇ?やっぱ女度っていうのが上がったの!?モテるっしょ〜!何人に告られた?」
キョン……あんたはお喋り度が上がったよ。
キョンは後輩で唯一タメ語を使う。
……あ。後輩には懐かれなかった、ってしみじみ思ってたけど、キョンは別。
てか、私の中でキョンはもう、同級生だったのかな。
「てゆーかぁっ!沙彩ちゃんの横の男の子だぁれっ!?超キレー!カッコいー!」
蒼井君を見て、キョンのテンションはレベルアップ。
いい加減、車内のカップルたちもキョンにイラついてるご様子……
「……そ、それはどーも……」
「えっ、3年生!?先輩!?もしかして2年生!?1年生じゃないよねぇ!?」
「1年だけど」
「うっきゃ〜〜〜っ!マジ大人っぽ!ヤッバ!」
出たよ、キョンの奇声……
キョンは「の○め」並の奇声を上げる。
「もしやもしやもしやっ!沙彩ちゃんの彼氏!?おっひゃあ!沙彩ちゃんって年下好きだったんだぁっ!?クーガーじゃん!?」
あ〜も〜……「おっひゃあ」って……クーガーって何ていう意味なのよ……
カップルさんたちは迷惑そうに耳打ちし合っている……内容は何となく分かっちゃう。
「キョン!頼むから黙って!」
「うぐっ」
キョンの口を、手で押さえた。
「ゴメンなさぁぁいぃぃ……」
半泣き顔のキョン。手を離した。
カップルさんたちは安堵して、それぞれの相手といいムードを作り始めてる。
「キョン、高校どこ?」
「海宮だよ!」
「あ、じゃあ同高だ」
「えっ!そうなの?気づかなかったよ〜……」
なぜ悲しむ?キョン!
「ていうか沙彩ちゃん、バスケやめちゃったの?強かったのに?」
「うん。今は声楽部」
そう。私は、音楽が大好き。
だからバスケをやめて、声楽部へと入部したんだ。
「そぉなんだぁ……」
『次は○○駅〜』
悲しむキョンの言葉と、車内アナウンスがリンクする。
「あ、ちょっとダチとつるむからここで下りる!」
「つるむって……あんま夜遅くに帰っちゃヤバいよ?」
「ヘーキヘーキ!朝帰りするしぃ!じゃあね沙彩ちゃん!」
……キョン。不良になっちゃって……
「うん、バイバイ」
キョンに手を振り返した。
「あの人、一体何なんですか……」
スキップしながら去るキョンをじっと見る蒼井君。
「ゴメン……中学校の時の後輩。多分、蒼井君の同級生だと思う。知らない?遠藤崎右京って子」
「ん〜……忘れました」
ちょこっと笑う蒼井君。
か、可愛い!めっちゃ可愛すぎるし!
「えと、んじゃあ学校に行ったら会えるかもね」
「別に会わなくてもいいですけど……」
……蒼井君の嫌いな人リストにキョンが入ってしまった……か。
「それよりさっきの……ウキョウさん?ですか?」
片言みたいに右京と言う蒼井君。
まぁ、確かにあんまり日頃口にしないからね、右京なんて……
「うん。右の京で、右京」
「その人、めっちゃ先輩にため語でしたよね……」
「キョンは基本、誰にでもため語だったから」
「へぇ。先生とかにも?」
「担任はもちろん、生徒指導の先生や校長先生にまでため語だった」
ある意味天才なキョン。怒られてもため語だったし……
「蒼井君もため語でいいよ?敬語って疲れるっしょ?」
「……実はちょっと苦手だったりするかも。ため語、使っていいですか?」
「もちろん」
って、敬語使ってんじゃん。
蒼井君にバレないように笑った。
こんなちっちゃいことでも、楽しいって感じるもんなんだなぁ……って思った。
ずっと前に言ってたっけ、桃花が。
“好きな人いると、毎日が楽しい”って。
確かに、楽しい。うん。
でもその桃花が……蒼井君のこと好きだなんて、ね。
駅に着き、名残惜しいけど電車から出る。
ホームを出て、大通りへと出た。
「それじゃ俺、自転車ですから」
「あ、敬語……」
「うわ、超無意識」
蒼井君はハハッと笑うと、「気をつけて」と言った。
「蒼井君こそ。私は誰か来ても吹っ飛ばすし!」
「さすが先輩。じゃあ、また」
「うん、バイバイ」
笑顔で手を振る蒼井君に対して、私も手を振り返す。
……やっぱり、名残惜しいなぁ……
これから、きっともう廊下で擦れ違う程度でしか会えないかも。
補習も終わっちゃったしね。
苦笑しながら、家路を向く。
空には、満天の星が煌く。
蒼井君と一緒に見たかったな…と、少し後悔した。