第123話 海と想いと君と(最終話)
『海に想いを』
ある日、あるところに1人の女の子がいました。
女の子の好きなおさななじみの男の子は、突然いなくなりました。
お母さんから「あの子は、遠いところへ行ってしまってもう会えないの」
そう言われたけれど、女の子は絶対にどこかで会えると信じて疑いませんでした。
それから、女の子は毎日毎日、お手紙を書きました。
そしてそれを小瓶につめて、毎日毎日海へと流しました。
海と想いはつながっている……きっと、海へ流せば想いを届けてくれる。
女の子はそう信じて、海に想いを託し続けました。
やがて女の子は成長し、娘となりました。
けれど、お手紙を書くのをやめてはいません。
もう何個目か分からない小瓶を、海に流して帰ろうとしたその時……
「ただいま」
そう言って彼女に笑いかけるのは……彼女と同じく成長した、あの男の子でした。
「さぁ、一緒にいこう。これからはずっと一緒だ」
彼が差し伸べた手を、彼女は迷いなくとり……2人は、幸せの国へと旅立っていきました。
―――……
「……おしまい」
絵本版となった『海に想いを』をパタンと閉じた。
「お母さん、この2人は死んじゃったのかな?」
「んー、どうかなぁ……悠輝はどう思う?」
5歳の息子の悠輝は、小さい腕を組んで考える。
あまりにも真剣に考えているので、少し笑ってしまった。
「お母さんはね、きっと……幸せの国が、現実にどこかにあるんだと思うの。だから、死んでなんかいないと思う」
「そっかぁ……じゃあ僕もそうする!」
「なんじゃそりゃ」
私にとっての“幸せの国”は……紛れもなく、ここである。
温かい家庭を築けている……この家が。
「おかあさん、みてみてー!うみかけたー!」
「どれどれ……わぁ、すっごい上手!綺麗な青だねぇ」
悠輝の妹……3歳の愛海が、青いクレヨンを片手にずっと向き合っていた画用紙を見せてくる。
窓から見える、春の海がそこにはあった。
「はやくおとうさん、かえってこないかなぁ!まなみね、はやくみせたいの!」
「うん、もうそろそろだよ」
愛海は、とにかく優しくてかっこいいお父さんが大好きで……毎日のように、「まなみね、おとうさんとけっこんするの!」って言っている。
私も、子どもの時こんな風だったかな……とても考えられないけれど。
「愛海、ほら、クレヨン片付けないと。お父さん帰ってきちゃうし」
「ほーい」
床に散らばっているクレヨンを見て、悠輝がすかさずそう言う。
この子は本当にしっかりしている……お父さんに似たのだろう。
そして、片付けをさりげなく手伝ってあげている。本当、いいお兄ちゃんだ。
しばらくして、ガラッと扉が開く音がした。
「ただいまー」
少し大きい声が、私たちがいるところまで響く。
「あっ!おとうさんだ!」
愛海が一目散に玄関へと向かい、私たちも続く。
そして、「おかえりー!」と言いながらお父さんに抱きつく。
お父さんもとても嬉しそうで……悠輝をだっこしながら、それを温かい目で見た。
「おかえり、“大翔”」
「ん、ただいま“沙彩”。それと……誕生日、おめでとう」
改めて言われると、なんか恥ずかしいな。
私は少し照れ笑いをしながら「ありがとう」と言った。
「よっしゃ、今日はお母さんの誕生日で、婚約と結婚記念日だからどっか食べ行くか!」
「やった!僕、おすし屋さんがいい!」
「まなみ、おこさまランチがいい!」
「ん、じゃあ、お子様ランチがある寿司屋な!」
―――何度も回り道をして、やっとたどり着いたこのかけがえのない未来。
きっとこれからもいろんなことがある。けれど、想いはずっと変わらないから……
海と想いと君と……これからも、未来をともに歩み続ける。
(完)
長い間ご愛読、本当に本当にありがとうございました!
(詳しい後書きは活動報告でさせていただきます)