第122話 未来への……
飛行機に乗って、電車を乗り継ぎ……やってきたのは、本州から少し離れた小島ののシーサイド・ウエディング。
そこに着くと、大翔はたっくんの控え室、私は夏姫の控え室に向かった。
「キャー!さーやぁー!久しぶりー!!!」
ドアを開けると……目をまんまるくした夏姫が、ドレスのまま私に抱きつく。
「コラコラ、着崩れちゃうじゃん、せっかくキレイなドレスなのに」
「だって嬉しいんだもん!へへへー」
プランナーさんがおろおろしている中で、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
人懐っこさは相変わらずだけど、やっぱりドレスアップした夏姫はとてもキレイ。
ちょっとうらやましく思いながら、花束を渡した。
夏姫は大学卒業後、民間企業に就職。たっくんは高校の数学教師として活躍している。
「今ね、杏里がトイレ行ってて……あ、そうそう!今日は唯も呼んだの!撫子も一緒に来るんだって!」
「え、唯も?」
久しぶりに聞いた名前に、二度聞きをしてしまう。
唯はカメラ撮影の専門学校を卒業後、カメラアシスタントとしてキャリアを重ねている。
そこで、俳優科の武田撫子という名の彼女ができたらしくて、夏姫とも仲良くなったらしい。
「そっか、唯もか……高校卒業以来会ってないから、もう6年ぶりかな?」
今の年齢……24から、18をひくとそのくらいになる。
そう呟くと、夏姫はきょとんとした。
「え、何言ってるの?さーや。確か、今日……」
……と彼女が言いかけた言葉は、ガチャリとドアが開く音によって遮られた。
「杏里!」
「わっ、さーや!久しぶり!髪黒くなったねー!」
「まぁ一応ね……」
結構名の知れた役者さんのマネージャーを勤めている杏里が、(仕事だったのか)スーツ姿でご登場。
ちなみに私は、普段履かないハイヒールにピンクのワンピース、そしてかぎあみのカーディガンを羽織ったという出で立ちだ。
髪は、一応検察官なので黒に染めている。
「蒼井様は?ご一緒?」
「うん、今たっくんのとこ行ってる」
大翔のことを“蒼井様”と呼ぶのも相変わらずだ。
「私たちが高校卒業して、もう7年……今年で医学部に進んだ蒼井様もやっと大学卒業だよね?やっぱ研修医とかになっちゃうの?」
早く診てもらいたい……という杏里の危険目な独り言は聞き流した。
若干神妙な顔で、こう答える。
「ん、それがね……」
―――……
「は?アメリカのメディカルスクールに留学?しかも大学の勧めで?」
「はい」
小原先輩……いや、小原拓海先輩の控え室を訪ね、一通りの挨拶を終えた後、急にこれからのことについて聞かれた。
4月からの生活……メディカルスクールに2年ほど留学することについて言うと、先輩はたいそう驚いていた。
「へぇー……そういや夏姫言ってたなぁ。「大翔君がKPS推薦蹴っちゃったらしいよ」って。6年経って心変わりしたの?」
「いえ、やっぱもうちょっと詳しく医療学びたいなって思って。日本の大学卒業してたら、あっちのメディカルスクールにも入りやすいし。もしKPS推薦受けてたら、6年はおろか臨床含めて10年ぐらいアメリカにいることになるから蹴ったわけです。下手したら就職も日本ではできないかもだし」
俺の長い自分語りにも、相槌をうってくれる小原先輩。
話が終わると、「やっぱ蒼井はすげーな」と言い、白いタキシード姿で立ち上がった。
「そのこと、ちゃんとさーやは了解してんのか?」
「……はい、もちろんです」
それを話したとき、彼女は俺以上に喜んで祝福してくれた。
でも、その後にこぼした……「やっぱ、寂しくなるね」という言葉。
それを思い出すたびに……渡米を来週に控えた今も胸が痛む。
そんな俺の心の内を察したのか……先輩は短く「そっか」と言った。
「んじゃあ、今日の二次会はお前のお別れ会だな。同高だった奴ら集めてパーっと飲もうぜ!」
「いや、俺下戸なんで……でも、ありがとうございます」
……もちろん、このまま来週何もせずに渡米する、なんてことは考えてない。
男として、ちゃんとケジメというものをつけないといけない。
ポケットの中にある、小さな箱を握りしめながらそう思った。
―――……
式が終わり、私たち招待客は屋外に移動した。
「ははっ、沙彩、超必死じゃん」
一眼レフ片手に、ベストポジションを探す私に、隣にいる彼が笑う。
「だって式中は撮影禁止だったもん。ここで友人の門出をおさめないわけにはいかない……!」
この日のために(少々痛い出費だったが)このカメラを購入した、と言っても過言ではない。
そして、花吹雪が舞う中で……
お色直しをした夏姫、たっくんが登場した。
一斉に歓声と拍手が流れる中、パシャパシャ写真を撮りまくる私。
「2人ともー!目線こっちお願いしまーす!」
……なんて言う私は、もう立派なカメラマンだ。
カメラに映る2人は……この世の誰よりも、幸せそうで。
「うらやましいなぁ……」
そんな本音が、口をついで出てしまった。
そして、ブーケトス。華やかな2人のステージが、女の戦場と化するのを後ろで見守っていると……
「なぁ沙彩」
「ん?」
不意に、大翔が私を呼ぶ。
「海、見に行かね?」
―――……
「うわーっ!超キレー!」
時折窓から見えていた海も、間近で見てみると迫力とか綺麗さが全然違う。
「見て見て大翔!海がエメラルドグリーン!」
「ん、そだな」
白い砂浜、エメラルドグリーンの海……そっと水を掬ってみると、透き通るような透明だった。
「そういえばさ、大翔と私が付き合うきっかけになったのも海だったよね」
「沙彩の実家の近所の海な。今思えば結構寒かったよな、真冬の海って」
「まぁそれも思い出だよ」
大翔への想いを再確認した海宮海、2人の始まりだった近所の海……
「海と想いは……つながっているね。少なくとも、私たち2人は」
「海と想い……か」
「これから、遠く離れちゃうけど……海があればきっと、想いを届けてくれるよね」
2人をつなぐものがあれば、きっと……けれど、海は不安までは飲み込んでくれない。
実はずっと不安に苛まれている。
このまま、彼が戻ってこなかったら……そんな不安に。
なんだか……視界がゆらぐ。
「きっとそうだな……でも、約束ぐらいはさせてくれ」
「え……」
背後に、彼の体温を感じる。
うしろから抱きしめられて、彼は右手をとって……
「2年後、ここに帰ってきて……結婚しよう」
輝くシルバーリングを、薬指にはめた。
「今、何て……」
言われたことが信じられない私……けれど、このシルバーリングが全てを物語ってくれる。
大翔はより一層私を強く抱きしめると
「返事は?」
耳元で、そうささやく。
……本当に大翔はずるい。「付き合って」も「結婚しよう」も自分からで……
でも、途轍もなく嬉しい……
さっきとは全然違う意味を含んだ涙を流しながら、返事の代わりに小さく頷いた。
すると、次の瞬間……
「「「おめでとーっっっ!!!」」」
屋外にいた人全員が、一斉にそう叫ぶではないか!
「え、うそ、なんで!?」
「……盗み聞きされてたわけか……」
「いや、盗み見も入ってるんじゃないかな!?」
どやどやと白い砂浜に降り立つ人々……自然と抱きしめていた腕が解かれ、代わりに指輪がされた右手をしっかりと握られた。
次々と降ってくる祝福の言葉……それに答えていくうちに、ああ、この人と婚約したんだなって実感していった。
嬉しさ、恥ずかしさ……愛しさ。
不安なんて一切混じっていない、この気持ちを……私はずっと、忘れない。