第121話 ある春の日
それから時は流れて…………
「差し入れー!買ってきたよー」
頭にタオル、上下ジャージといった、甚だ華の女子大生とは思えない格好で、あるマンションの一室の玄関でビニール袋を掲げる。
「おー、ありがとー」
何か作業をしているのか……顔だけを玄関に向けてそう言うのは、今月から晴れて大学生となる彼氏、蒼井大翔。
そう。今日は大翔がマンションに入居する日。その手伝いでお邪魔している。
「先輩、ジャージにタオルにビニール袋……まるで工事現場のオッサンですねー」
「ハハッ、コンビニのお姉さんにも言われたよ。「お仕事ご苦労様ですー」って」
同じく手伝いとして来ているカイジ君が、さらっと失礼なことを言う。
それをうまくかわしながら、大翔にポ○リ、カイジ君にコーラを手渡した。
「カイジ、沙彩はオッサンじゃねーよ。せめて兄さんだろ?」
「大翔ー、フォローになってないってー」
……ま、いいけどさ。
紙パックのレモンティーにストローをさしながら、唇を尖らせた。
「でもよー、やっぱもったいねーなぁ、KPS蹴っちゃうなんて」
ここまで来て言うことじゃないかもだけど、とカイジ君が付け足す。
ここまで……大翔は、全国屈指の有名私立大学に推薦で早々に合格。やっとマンションに入居した次第だ。
「お前だったらアメリカでもやってけたはずじゃね?」
「んなことねーよ。そんないきなり異国で暮らすなんてできるわけねーし」
「とか言って、杉浦先輩と離れたくないからだったりしてー」
カイジ君の何気ない一言で、少しむせた。
本当、カイジ君は彼女と別れてから野暮な奴になってしまった……
ついでに買ったお菓子を「いただきー」と手を伸ばしながら言うカイジ君を軽くにらんだ。
そんな彼がトイレに行っている間を狙って大翔に聞く。
「ねぇ、もしかして誰にも言ってないの?去年の6月のこと?」
「あ?……ああ、うん。悪い?」
「いや、いーよ。その方がいい」
人に知られてしまったら、ただの陳腐な出来事になってしまうからな……少々恥ずかしく思いながら、残りのジュースを飲む。
改めて、部屋の中を見渡してみる。
広いリビング、キッチンも私の家の数十倍キレイ。
部屋も他に2つあって、すぐ近くの海が見える見晴らしのいいロフトまでついていて……
「なんか、新婚さんみたいだねー」
頭に巻いていたタオルを外しながら、冗談で呟く。
すぐツッコミがくると思ったが……思いのほか、大翔は何も言わない。
「あ、大学生の独り暮らしには見えないかもーって意味で……って、何赤くなってんの?」
「べ……別になってねーし」
顔を覗き込むと、ぷいっと逸らされた。
そして、わざとらしく「コップとってくる」とキッチンに向かう。
そんな後姿を見て……思わず、フッと笑ってしまった。
……変わんないなぁ。大翔は、ずっと。
出会ってからもうすぐ3年、付き合って2年と数ヶ月。
長い目で見ると、たった数年だけれど……どれもこれも、私にとって大切で。
きっとこれからも、そうなんだろうな。
過去の自分が知りえなかった年月を、重ねてゆくことになるんだろう。
しみじみとそう思っていると、ふとある写真が目についた。
「あ、これ、インターハイのときの写真?」
「ん、そう。マネージャーが撮ってくれたやつ」
スタメン5人、全部員。2枚の写真が飾られていた。
インターハイの結果はベスト8。悔しさと誇らしさが入り混じっている写真たちは、輝かしい青春の光を放っている。
「そーいや大翔、お前大学ではバスケやんねーの?」
トイレからでてきたカイジ君がそう聞くと……
「うん。医学部……しかも最先端医療科ならサークルとかやる間なさそうだしな」
「まぁ確かに……でももったいねーなぁ。ゴリも落胆してたぞ。「蒼井ならNBA選手も夢じゃないのに」って」
カイジ君のバスケ部顧問、ゴリのモノマネが案外似ていて、2人で爆笑した。
ちなみにカイジ君は東京の大翔とは違う大学、シゲオ君、ユウヤ君の2人は地元大学に進学することになっている。
「さてと。残りちゃっちゃと終わらそ!んでご飯でも食べに行こうよ」
「了解ー」
頭にタオルを再度巻くと、残りのダンボールを開けた。
―――……
あれから、また6年の月日が経った。
無事に司法試験に合格し、新米検事として慌しい日を過ごしていた……そんなある朝。
「……彩、沙彩。起きろ、もう8時」
「んー……まだ8時じゃん……有給とったんだしのんびりさせてよー……」
体を揺すられて起きた私は、そう言ってぐずる。
そんな私に、大翔はあきれた声でこう言った。
「その有給、なんでとった?」
「えー?なんでって…………」
思考回路を巡らし……「あっ!!!」と言って、勢いよく起き上がった。
「夏姫とたっくんの結婚式!!!」
……本当、大事な日に限って寝坊する癖も変わらない。
遅れた上につなぎの回になってしまって申し訳ないですm(_ _)m