第118話 負けない笑顔
県総体が終わった6月上旬。
「よっ大翔。報告会お疲れさん」
「おう、シゲオか」
今日は40分の短縮授業。1時間の昼休みのうち30分間も“男バス優勝報告会”と名打った全校集会を開いてくれた。
報告会の後ローカルテレビの取材を受け、着替えを済ませて体育館を出たところシゲオと合流した。
「カイジとユウヤは?」
「宿題しに大急ぎで教室戻ってった。俺はもうあきらめる」
「ハハッ、次、巨島先生(数学)じゃん。殴られるぞ?」
……なんて噂してると、「蒼井―――っ!!!」と、聞きなれた威勢のいい声が背後から聞こえた。
まさに、噂すれば影。振り向いた俺の肩を両手でガシッと掴んだ。
「お前、立派な報告だったぞ!成長したなぁ!ガッハッハ」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
そのままバンバン叩かれる。……正直痛い。
「県総1位通過したんだし、インターハイも頑張れよー!期待してるからな!」
「はい」
先生はそのまま、職員室方向へ消えていった。
「……取材といい、先生といい……今日モテるな、俺」
「ハハッ、いつもモテてんのに何言ってんだか」
県総体で優勝してから、初めてテレビカメラやマイクを向けられた。
学校でも、普段関わりのない何人もの商業科の先生たちに「やったな」とか「期待してるぞ」とかと声をかけられた。もちろん、普通科の先生たちにも。
でも……心に残るのは、もやもやとした意味不明な後悔。
「……沙彩さんにも見てもらいたかったな」
どうしても、同じ学年だったら……そう思わずにいられない。
それが無理ならば、せめて今が去年だったら。
「あー……まぁそこはしゃーねーよ。いくら土日開催だったっていっても、大学生もちょくちょく帰ってくるほど暇じゃねーしな」
「……あ」
“帰ってくる”という単語に、昨日の電話を思い出す。
どーした?と聞くシゲオに、電話で言われたことを話した。
「今週の土曜日、彼女帰ってくるんだ。地元に」
「へー、よかったじゃん!あ、そーだ、祝賀会しねー?4人でお前ん家で」
「……や、ごめん。断る」
きっぱりとそう断った。
「そか?まぁいーけど……てか、お前あんま嬉しそうじゃねーな。何かあんのか?」
「まぁ、いろいろ……」
土曜日は県総だから……と、日曜日にした電話での会話。
『……顔見て話したいことがあるから、今度の土曜日そっちに行っていい?』
優勝を心から祝する言葉の後に、慎重な声色で聞いてきた。
ここで、断る彼氏がいるのだろうか……俺は「うん」と返した。
「しらばっくれないで、ちゃんと話すよ。……今、考えてること」
「やっぱ、大学のことか?」
「……うん」
それ以上、シゲオは何も聞いてこなかった。
きっと、同じように大切な人がいるシゲオにも、俺の気持ちが分かるのだろう。
大切な人にだからこと、言いづらい。でも、言わなければならない。そんな矛盾に苦しむ気持ちが。
―――……
パソコン画面を相手に、レポートと格闘していた。……そんな、月曜日の夕方。
バッグの中のケータイが鳴っているのに気づき、開く。
「奈智から音声着信……?」
珍しいな、奈智から電話なんて。
「もしもし?」
『あっ、さーやん!?ちょ、今何しちょる!?』
「レポート書いてるけど……どしたの?そんな慌てて」
『テレビつけて日テレ見て!』
「え?何?どーし……」
『いーから早よつける!!!』
「は、はい!」
全く、奈智ったら大阪のオバチャンみたいじゃないか……
ケータイを耳と肩の間に挟み、リモコンを発掘。テレビをつけ、チャンネルを日テレに回した。
……思わず、ケータイを床に落としてしまう。
慌てて拾い、会話を再開した。
『そこに出ちょるん、さーやんの彼氏やろ!?』
「う、うん……」
『すっごいなー、県総体優勝て!しかも全国版のワイドショーにとりあげられるなんてなぁ!』
「うん……」
『まぁさーやの彼氏ごっつイケメンさんやからしゃーないな!にしてもほんまカッコえーわぁ。ファンになってもーたわごめん!』
「そだね……」
電話が恵美理に変わったのにも気づかず、気の抜けた相槌ばかり打って画面を見つめる。
右上には、“静岡一の男バスにイケメンすぎる高3生・蒼井大翔”という文字。
次々に映し出される、練習中の蒼井君。黄色い声援を送る女の子たち。県総での試合中の様子。直後のインタビュー、そして今日あったという報告会の様子。海宮高校の体育館がちらっと映っていた。
『あ、ヤバッ、電池切れる!ほなまた、明日学校で!』
「うん……」
ブチッと電話が切れ、ケータイを閉じる。
画面に映るのは……彼女の私さえ、見ることのできない世界。
それが、全国へ流れている……なんだか、とても悔しい。
でも……
「ハハッ、緊張してる」
緊張したとき、頬を人差し指でかく癖や目線を少し下げる癖。
それはきっと……全国で、たった1人。私しか知らない。
『インターハイへの意気込みは?』
『充分です。海宮高校の伝統に恥じない結果を8月に残して帰りたいです。そのためにも、仲間と日々の練習の積み重ねを……』
記者に向かって、しっかりとそう言う蒼井君。
カメラに向かって媚びないのが、なんとも彼らしい。
『ちなみに、彼女さんはいらっしゃるんですか?』
ある女性記者からの質問に、どきりとした。なんせ、自分のことだ。
蒼井君は一瞬驚いたような顔をし、
『はい、いますよ』
きっぱりとそう言い、心臓がキュンと跳ね上がる。
『まぁ、どういったお方で?』
『僕がバスケをやるきっかけにもなった、本当に大切な人です。今は遠距離ですが……これからも、しっかり支えていきたいと思ってます』
しっかりとした口調で述べられる……私への想い。
ドキドキしつつも……心のどこかで、ホッとしていた。
決して、遠い距離になったわけじゃない……彼はこんなにも近くにいるんだ。心の距離は変わっていない。
にやけてしまう顔を、クッションにうずめた。
土曜日、楽しみだなぁ。彼への想いが一層募り、そう思わずにはいられなかった。
本題はともかく……今は、会えることがなによりも楽しみ。
―――……
そして、待ちに待った土曜日。新幹線と電車を使って帰郷した。
お土産と、街の花屋さんで買った花束を持って、蒼井君の家へ……
花束はいらなかったかな……でもお祝いしたいしな。
そんな考えをめぐらしながら門をくぐって、扉の前に立つ。
インターホンを押すと……10秒もしないうちに扉が開いた。
「こんにちは。……えと、久しぶり」
「おう、久しぶり……って、毎週電話してたじゃん」
「あ、そっか!」
相変わらず、彼の部屋着は甚平。
そんな姿で浮かべる笑顔……私はそれが、テレビ越しの彼の姿よりいちばん好きだ。
「県総体優勝でインターハイ出場、おめでとう」
「わ、花束だ!ありがとう」
ずっと後ろに隠していた花束を、彼に負けない笑顔で渡した。
これから話される真実に……心が、負けないように。そんな気持ちもこめて。