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海と想いと君と  作者: coyuki
最終章 海と想いと君と……
119/124

第118話 負けない笑顔

県総体が終わった6月上旬。

「よっ大翔。報告会お疲れさん」

「おう、シゲオか」

今日は40分の短縮授業。1時間の昼休みのうち30分間も“男バス優勝報告会”と名打った全校集会を開いてくれた。

報告会の後ローカルテレビの取材を受け、着替えを済ませて体育館を出たところシゲオと合流した。

「カイジとユウヤは?」

「宿題しに大急ぎで教室戻ってった。俺はもうあきらめる」

「ハハッ、次、巨島先生(数学)じゃん。殴られるぞ?」

……なんて噂してると、「蒼井―――っ!!!」と、聞きなれた威勢のいい声が背後から聞こえた。

まさに、噂すれば影。振り向いた俺の肩を両手でガシッと掴んだ。

「お前、立派な報告だったぞ!成長したなぁ!ガッハッハ」

「は、はぁ……ありがとうございます……」

そのままバンバン叩かれる。……正直痛い。

「県総1位通過したんだし、インターハイも頑張れよー!期待してるからな!」

「はい」

先生はそのまま、職員室方向へ消えていった。

「……取材といい、先生といい……今日モテるな、俺」

「ハハッ、いつもモテてんのに何言ってんだか」

県総体で優勝してから、初めてテレビカメラやマイクを向けられた。

学校でも、普段関わりのない何人もの商業科の先生たちに「やったな」とか「期待してるぞ」とかと声をかけられた。もちろん、普通科の先生たちにも。

でも……心に残るのは、もやもやとした意味不明な後悔。

「……沙彩さんにも見てもらいたかったな」

どうしても、同じ学年だったら……そう思わずにいられない。

それが無理ならば、せめて今が去年だったら。

「あー……まぁそこはしゃーねーよ。いくら土日開催だったっていっても、大学生もちょくちょく帰ってくるほど暇じゃねーしな」

「……あ」

“帰ってくる”という単語に、昨日の電話を思い出す。

どーした?と聞くシゲオに、電話で言われたことを話した。

「今週の土曜日、彼女帰ってくるんだ。地元に」

「へー、よかったじゃん!あ、そーだ、祝賀会しねー?4人でお前ん家で」

「……や、ごめん。断る」

きっぱりとそう断った。

「そか?まぁいーけど……てか、お前あんま嬉しそうじゃねーな。何かあんのか?」

「まぁ、いろいろ……」

土曜日は県総だから……と、日曜日にした電話での会話。

『……顔見て話したいことがあるから、今度の土曜日そっちに行っていい?』

優勝を心から祝する言葉の後に、慎重な声色で聞いてきた。

ここで、断る彼氏がいるのだろうか……俺は「うん」と返した。

「しらばっくれないで、ちゃんと話すよ。……今、考えてること」

「やっぱ、大学のことか?」

「……うん」

それ以上、シゲオは何も聞いてこなかった。

きっと、同じように大切な人がいるシゲオにも、俺の気持ちが分かるのだろう。

大切な人にだからこと、言いづらい。でも、言わなければならない。そんな矛盾に苦しむ気持ちが。


―――……


パソコン画面を相手に、レポートと格闘していた。……そんな、月曜日の夕方。

バッグの中のケータイが鳴っているのに気づき、開く。

「奈智から音声着信……?」

珍しいな、奈智から電話なんて。

「もしもし?」

『あっ、さーやん!?ちょ、今何しちょる!?』

「レポート書いてるけど……どしたの?そんな慌てて」

『テレビつけて日テレ見て!』

「え?何?どーし……」

『いーからよつける!!!』

「は、はい!」

全く、奈智ったら大阪のオバチャンみたいじゃないか……

ケータイを耳と肩の間に挟み、リモコンを発掘。テレビをつけ、チャンネルを日テレに回した。

……思わず、ケータイを床に落としてしまう。

慌てて拾い、会話を再開した。

『そこに出ちょるん、さーやんの彼氏やろ!?』

「う、うん……」

『すっごいなー、県総体優勝て!しかも全国版のワイドショーにとりあげられるなんてなぁ!』

「うん……」

『まぁさーやの彼氏ごっつイケメンさんやからしゃーないな!にしてもほんまカッコえーわぁ。ファンになってもーたわごめん!』

「そだね……」

電話が恵美理に変わったのにも気づかず、気の抜けた相槌ばかり打って画面を見つめる。

右上には、“静岡一の男バスにイケメンすぎる高3生・蒼井大翔”という文字。

次々に映し出される、練習中の蒼井君。黄色い声援を送る女の子たち。県総での試合中の様子。直後のインタビュー、そして今日あったという報告会の様子。海宮高校の体育館がちらっと映っていた。

『あ、ヤバッ、電池切れる!ほなまた、明日学校で!』

「うん……」

ブチッと電話が切れ、ケータイを閉じる。

画面に映るのは……彼女の私さえ、見ることのできない世界。

それが、全国へ流れている……なんだか、とても悔しい。

でも……

「ハハッ、緊張してる」

緊張したとき、頬を人差し指でかく癖や目線を少し下げる癖。

それはきっと……全国で、たった1人。私しか知らない。

『インターハイへの意気込みは?』

『充分です。海宮高校の伝統に恥じない結果を8月に残して帰りたいです。そのためにも、仲間と日々の練習の積み重ねを……』

記者に向かって、しっかりとそう言う蒼井君。

カメラに向かって媚びないのが、なんとも彼らしい。

『ちなみに、彼女さんはいらっしゃるんですか?』

ある女性記者からの質問に、どきりとした。なんせ、自分のことだ。

蒼井君は一瞬驚いたような顔をし、

『はい、いますよ』

きっぱりとそう言い、心臓がキュンと跳ね上がる。

『まぁ、どういったお方で?』

『僕がバスケをやるきっかけにもなった、本当に大切な人です。今は遠距離ですが……これからも、しっかり支えていきたいと思ってます』

しっかりとした口調で述べられる……私への想い。

ドキドキしつつも……心のどこかで、ホッとしていた。

決して、遠い距離になったわけじゃない……彼はこんなにも近くにいるんだ。心の距離は変わっていない。

にやけてしまう顔を、クッションにうずめた。

土曜日、楽しみだなぁ。彼への想いが一層募り、そう思わずにはいられなかった。

本題はともかく……今は、会えることがなによりも楽しみ。


―――……


そして、待ちに待った土曜日。新幹線と電車を使って帰郷した。

お土産と、街の花屋さんで買った花束を持って、蒼井君の家へ……


花束はいらなかったかな……でもお祝いしたいしな。

そんな考えをめぐらしながら門をくぐって、扉の前に立つ。

インターホンを押すと……10秒もしないうちに扉が開いた。

「こんにちは。……えと、久しぶり」

「おう、久しぶり……って、毎週電話してたじゃん」

「あ、そっか!」

相変わらず、彼の部屋着は甚平。

そんな姿で浮かべる笑顔……私はそれが、テレビ越しの彼の姿よりいちばん好きだ。

「県総体優勝でインターハイ出場、おめでとう」

「わ、花束だ!ありがとう」

ずっと後ろに隠していた花束を、彼に負けない笑顔で渡した。

これから話される真実に……心が、負けないように。そんな気持ちもこめて。




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