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海と想いと君と  作者: coyuki
最終章 海と想いと君と……
117/124

第116話 離れていく?

6月中旬。今日は久々の晴天で、今日の授業は午後から1コマ。

同じく午後から授業が入っている奈智と、朝からお昼ぐらいまで渋谷で遊ぼうと約束していたのだが……

『もしもしさーやん?ごっめん!うち、朝から1コマとっとるの忘れとった!』

「はい!?もう駅に来てるんだけど……」

電話の奥で、シュコーシュコーという音をたてながら奈智がまさかの言葉を言う。

おそらくヘアアイロンで髪を巻いていると同時に電話をしているのだろう。

『ほんまごめん!埋め合わせは必ずするけん!てか明日ランチおごる!』

「え、ちょ……」

相当急いでいるのか、そこで電話がプツリと切れた。

ドタキャンってやつだ……初めてされた……

ハーとため息を吐き、頭をがしがし掻くとケータイを閉じた。

やっとたどり着いた、渋谷駅のハチ公口。

都内の駅には、4月に一度お父さんと一緒に来たが……一言で言うと、広い。本当に広い。

乗車前に車掌さんが切符にハンコを押す、という動作が機械に吸い込まれ穴が開いて終了する。

下車後、車掌さんに切符を渡す……という動作が、切符が吸い込まれる機械で済まされる。

そして入り口出口が何個もある。電車が分単位でいろんな種類がどんどん来る。極めつけに、人が多い……電車では、席に座ることすらできなかった。

時間単位の1両2両編成の電車、駅は入り口出口ともひとつで夕方には無人駅になる……という電車通学環境で3年間過ごした私にとっては、いろんなことが衝撃だった。

高2のときに一度、東京に来たことはあるが……混乱をさけるため、電車は使わないプランだったからなおさらだ。

さてと……どうするかな、これから。

恵美理も凛子も授業をとっている。サークルの仲間でも誘おうか……でも、彼女たちがいつ授業をとっているのかを、私が知るはずがない。

……1人で渋谷を満喫するとするか。ス○バあたりでコーヒーでも飲んで……うん、そうしよう。

体を預けていた柱から離れ、出口から出ようとしたとき……

「あ、あのときのお姉ちゃん!」

「へっ?」

いきなり、女の子に指を指された。

……あ、この子見たことある……どこだったかな。

「こら、海翼ミウ。人を指しちゃいけません。失礼でしょ?」

「だって、しずおかのおまつりに行ったときに助けてくれたお姉ちゃんだもん!」

デカい防止にサングラス、対照的な白い肌の母親と思われる女性が、女の子を注意する。

静岡のお祭り……海宮花火だ。そして今、海翼ちゃんって……

「あ、あのー……もしかして、工藤リリナ……さん?」


「本当久しぶりねー。もう2年も前になるのかしら?」

1人で過ごすはずだったス○バに、世間で知らない人はいない弱冠22歳の大スターとその子ども、1人のSPみたいなマネージャー……4人でテーブルを囲むことになろうとは、果たして想像していただろうか。

「あのときは本当にありがとうございました。あなたたち2人のこと、この子ずっと自慢していたんですよ」

「あ、いえ……」

どうしよう、すっごく緊張する……無意識に、震える手をぎゅっと握った。

それから、いろんなお話をしたが……緊張しすぎて、全く覚えていない。

でも、リリナさんはずっと笑顔を浮かべていたのは覚えている。

「リリナ、もうすぐ海翼の撮影が始まるわ。スタジオに行きましょう」

メガネをかけた、いかにも敏腕マネージャーといったアラサーと見られる女性がリリナさんにそう言う。

彼女はリリナさんと海翼ちゃん、2人のマネージャーらしい。

「佐伯さん、今日の取材ってお昼からだったわよね?」

「ええ。13時から雑誌3社の取材、15時からバラエティ収録。19時からはドラマの撮影が」

佐伯さん、という名のマネージャーは、つらつらと仕事予定を唱える。

……さすが大人気芸能人。予定がキツキツだ。

「海翼、今日は佐伯さんと2人で現場に行けるわね?お母さん、もう少し沙彩さんとお話がしたいの」

「えー!海翼ももっとお姉ちゃんとおしゃべりするー!」

「ダメよ、仕事に穴あけちゃいけないわ。それがプロよ」

「……はーい」

名残惜しそうにそう答えた後、高いイスからプラプラさせていた足を地面につけ、佐伯さんに手をひかれて現場へと向かった。

「海翼ちゃん……何の撮影ですか?」

「ああ、あの子、雑誌の専属モデルなの。今日はその撮影よ」

「雑誌……あの、幼稚園とかには行ってるんですか?」

「ええ。撮影は大体土日にあるから、ちゃんと毎日通ってるわよ。保護者が見に来るお遊戯会とか、私だけ異様に目立っちゃうの」

フフッと笑いながら語るリリナさん。

確かに……22歳でハーフ美女で長身、おまけに芸能人のリリナさんが一般人に混じって幼稚園のお遊戯会を見ている姿は、ちょっとした珍百景だろう。

「それに……17歳で妊娠して出産したから、世間からのバッシングが酷くてね。今でもママ友はできずじまいなの」

「バッシング……」

リリナさんが17歳だったときは、私は確か12歳の小学6年生……いや、中学1年生あたりだな。

そういえば、当時は連日“工藤リリナ、ティーンエイジャーの妊娠!”なんて報道されていたっけ。

「本当にその時私はデビューして2年しか経ってないにしても芸能人であることの自覚が足りなかったわ……今でも後悔してる。でもね、海翼を授かって後悔したことはないわ」

「そうですか……」

ウェルテル効果で一時期10代で妊娠する子が増えたことに、彼女は多少なりの責任感を抱いているようだ。

もし私が去年、蒼井君との子どもを授かって産んだとしたら……全然違う未来だったろうな。

彼はどうなっていただろう。そして私は……

ちょっと想像がつかず、コーヒーを一口飲んだ。

「沙彩ちゃん、大学入ったばかりよね?」

「あ、はい。丁度1ヶ月前に……法学部へ」

「へぇ、法学部……頭いいのねぇ。ちょっとうらやましいな」

そう言うと、寂しそうなほほえみを浮かべた。

「あの時スカウトされなかったら……きっと私、今は大学4回生ぐらいだから。あ、卒業してるかな」

今でも少しぐらい高校生活や大学生活への憧れはあるのよ、と彼女は付け足す。

なんだか……変な感じがした。

誰もがうらやむ存在の彼女が、私たちのような普通な生活に憧れているなんて。


「ところで沙彩ちゃん、芸能界に興味はない?」

「……え?」

いきなりそう聞かれるものだから、思わずコーヒーを吹きだしそうになった。

「うちの事務所、新規のオーディションしてるの。沙彩ちゃんなら絶対一発で合格するけど……どうかな?」

「あ、いえ……人並みの関心はありますが、なろうとは思いません」

確かに、成功すれば莫大な収入を得られる職業だ。名声も得られる。

でも、そもそも成功する可能性はゼロに等しく、そして一歩踏み外しただけであっという間に落とされる……そんな世界だろう。

「それに……彼氏にも、多少なりとも影響が出るだろうし」

「……そっか、彼氏ねぇ……確かに影響出ちゃうわね。彼女が芸能界にいると」

いい人材だと思うんだけどなぁ、残念だなぁ……とリリナさんは呟く。

お世辞でも、すごく嬉しかった。

「彼氏って……もしかして、あの時海翼を抱っこしてくれていた、端整な顔立ちの彼?」

「はい……そうです」

端整な顔立ちって……

妙に照れくさくなって、火照る頬を手で包みながら答えた。

「へぇ、そう!え、彼大学生なの?背は同じくらいだったけど……それとも年上?社会人?」

「いえ、年下……私の母校の3年生です。身長は、向こうの方が10センチぐらい高くなりました……」

「年下!なるほど、年の差カップルね……でも1コだったらないに等しいかしら?」

そう言うリリナさんには、少し驚いた。

奈智や恵美理など、同年代には年下好きという意味の“ショタコン”と言われてきたが……リリナさんには、“ないに等しい”って言われたことに。

でも、芸能人って年の差婚とかカップルとか多いしなぁ。それとも……大人になったら、1歳ぐらい違っても変わりはなくなるのかな。

「ない……とは言えないですね。やっぱり学年が違うと、見る景色も違ってくるから……特に、学校が違うとなると」

今、蒼井君はどんな景色を見ているのだろう。

インターハイを目指し、仲間と切磋琢磨している……私には、見ることのできない景色。

「……って、ごめんなさい!なんか自分のことばっか話しちゃって……」

「いーのいーの。沙彩ちゃんのお話が聞けて、私も嬉しいの」

そう言って笑うリリナさんは……なんというか、お姉さんのように見えてきた。

私に4コ上のお姉さんがいたらこんな感じかなぁ……そんな錯覚にも陥る。

さすが女優……とでも言うべきだろうか。

「彼が卒業したら、一緒に暮らしたりするの?」

「いえ、まだ分かりません……彼、何も教えてくれないんです。どの学部に行きたいか、どこの大学を希望しているのか……」

「そう……」

これは、私の自論だけど、と彼女は続ける。

「彼、きっとあなたを傷つけるのが怖いんじゃないかしら」

「怖い……?」


「たとえば……東京ここじゃなく、どこか遠い大学を希望しているとか。だから、打ち明けるのが怖いんじゃない?」


それは……考えていなかった。

迷っているのか、そういうタイミングがなかったからなのか……そういう理由だと思っていた。

だけど……離れていく、っていう可能性もあるんだ。

「……リリナさんだったら、どうしますか?」

「私?そうね……別れちゃうかな。希望を貫く相手のためにも、不安な自分を捨てるためにも」

「そうですか……」

ふと、修学旅行での唯との出来事を思い出す。

失恋をし、それまで好きでいてくれた唯と付き合い、唯も私の傷心を癒してくれた。

けれども、私の中の蒼井君は消えなくて……それを、知らぬ間に唯は見抜いていた。

そして……私の背中を押す意味で、別れを告げたんだ。

今度は……私が、蒼井君の背中を押す番なの?


「いろいろお話できて楽しかったわ。ありがとう、沙彩ちゃん」

「いえ、私こそ……ありがとうございます。いろいろ、お話聞いてくださって」

「ふふっ、またいつでもお話聞くわ。今度は、海翼も一緒に」

メアドとケー番を交換し、リリナさんは仕事現場へと向かった。

ふぅ、と一息つき、駅へ向かう。

丁度お昼時……あと1時間数分ぐらいで講義が始まる。お昼は学食で済まそう。

昼なのに満員の電車(かろうじて座れはした)に揺られながら、今後のプランをたてる。

講義が終わったあと、サークルに顔だして、夕食は家で頑張って作って……夜は、蒼井君との電話。

……そう思った途端、胸がざわりとした。




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