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海と想いと君と  作者: coyuki
最終章 海と想いと君と……
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第113話 センチメンタルなふたり

時が流れて……4月3日。

「……ふぅ」

都心から離れたキレイな新築マンションの一室に運び込まれた大量のダンボールから荷物を出すこと3時間。

額にうっすら浮かんだ汗をぬぐいながら、腰を上げた。

「これで全部だよな?」

「うん。ありがとう」

タオルを頭に巻いたマサイ族……もとい父さんが、疲労困憊といった様子でこちらを見た。

年度始めで仕事の忙しいお母さんに代わって、何日か休みをもらった父さんが手伝いに来てくれたのだ。

まぁ、父さんの職場とここがわりと近い距離にあることも関わっているんだろうけど。

「なんか飲み物でも買ってくるよ。何がいい?」

「ああ、じゃあお茶で」

父さんが部屋から出ていくと、ある写真を手にとった。

写真嫌いな私のもとには、これまで1枚たりともなかったのに……数日間で、たくさん写真が増えた。

文化祭での蒼井君とのツーショット、友だちと一緒に撮ったもの。

送別会で撮った集合写真。タイマーをかけて急いで入ったせいか、ずっこけているユウヤ君。それを見て笑っているみんな。

誕生日の日、近所にある海で撮ってもらった蒼井君とのツーショット。白い雲に青い海という背景がとても美しい。

家を出るときに撮った家族写真。こうしてみると……

「……だいぶ老けたなぁ、この2人」

「悪かったな、老けて」

「うわぁっ!」

いつのまにか帰ってきた父さんが、ん、とお茶を渡した。

空港のロビーで父さんを初めて見た杏里やユウヤ君たちは口をそろえて「若い」だの「40代には見えない」だの「カッコイイ」だの言ってたが……果たしてそうだろうか。

「なんだ?人のことジロジロ見て」

「いや、父さんも気づかない間にオジサンになったなーって」

「そりゃそーだ。もう45だ。四捨五入したら50だぞ」

もしも、いつも父さんと顔を合わすとしたら……もっとずっと前からオジサンだと思っただろう。

「ねぇ父さん、気づかない間に年とったりとられてたり……そういうの、なんか悲しくない?」

「いや、別に?」

あまりもの明確な即答に……そっか、とだけ返してお茶を飲んだ。

今度は、父さんがじっと見て……

「……蒼井か?」

突然、そう言うものだから、思わずお茶を吹いてしまった。

「な、なんで蒼井君!?」

まぁ確かに……心のどっかでは、蒼井君が知らない間に……とか考えていたかもしれない。

父さんはフッと笑うと、ミネラルウォーターのペットボトルをテーブルに置いた。

「離れてダメになるほど、脆いもんじゃあないだろ?お前と蒼井は」

「……うん、そーだね」

脆い……か。

丁度3年前までは、恋人関係なんて脆いもんだと思った。

ちょっとしたすれ違いで、すぐ壊れる。ややこしくなって呆気なく消えてしまう……

でも、私たちはそんなんじゃない。

証拠はないが……ちゃんと、確信している。

「中途半端な気持ちだったら、フツーは離れるって分かった時点で別れてしまってる。だけど中途半端じゃないお前らはそうじゃないんだろ?続けるって決めたなら最後まで貫き通せ。それが男ってもんだ」

「……それ、父さんの口癖だよね。あと、毎度言うけど私、男じゃない」

私の中でありきたりになっているその言葉に苦笑を浮かべつつも……しっかりと、心に染みてきた。

ずっと離さないと約束してくれた蒼井君。離さないでほしいと願った私。

これからもずっとそうだと……信じて。


―――……


「あ……桜、咲いてんだ」

4月9日。今までとは違う生活が……高校生活3年目にして始まる。

そう、全然違うんだ。

電車の中を探しても、教室の中を見ても、自転車置き場に行っても、よく2人で行ってたサーティーツーに立ち寄っても……どこにも、沙彩がいない。

いつも会っていた場所に、いないんだ。


3年C組。理系の進学クラスに配属が決まり、教室へ行く。

……文化祭の日、たくさんのキスを交わした3年A組。

通りがかりがてら見てみると……文系の進学クラスの生徒たちが会話に花をさかせていた。

まるで……現実を見ているようで。だとしたら、あれは……夢?


C組に着いて、1番前の1番端の席に座る。

周りの生徒は出席番号を確認した後座っているが……俺は確認する必要がない。

なんせ名字が3文字とも全部ア行だからだ。

頬杖をついて、窓の外を見る。

桜色に彩られた校庭。朝トレに励むサッカー部、野球部。

あの日沙彩と見た中庭は反対側の端の女子列から見える……

「……あーあ、やっぱ落ちてんなぁ、大翔のやつ」

「しゃねーよ。学校でいつも会ったり見かけたりした杉浦先輩がいねーんだから」

「俺とは違って、同じ学校にいないとこから始まったわけじゃねーしな……」

すぐそこでカイジたちの会話が聞こえた気がしたが……頭に入らなかった。

……この感じ、体験したことがある。

……そうだ。丁度3年前だ。中3のときに、沙彩が卒業した学校で同じように頬杖ついて……

明らかに状況は違うというのに、同じような悲しさや寂しさがよみがえってきた。

「……井、蒼井、オイ、蒼井!」

「……ん?」

「どいて、そこ、俺の席。蒼井は2番」

目の前にいたのは、2年のときA組だった、オイが口癖の同中相川。

なにかと絡んでいたせいか、結構仲がよくなった相手だ。

「おう、わりーな」

「番号確認しなかったんだ?」

「うん。てっきり1番だと思ってた。まさか相川と同じクラスになるなんて思わなかったし」

「オイどーゆー意味だそれ」

後ろの席に移動すると、また頬杖をついた。

そんな俺の様子を、相川は口をへの字に曲げて見る。

「……まぁ、あれだ。蒼井ならすぐ他にあの先輩よりいい女見つかるって。まぁすぐには難しいだろうけど……なんならお前を好きな女子紹介しようか?ごまんといるぜ」

「いや、俺ら別れてない」

「え?ああ、そう」

彼なりに元気付けようとしてくれたのだろうか……急激なテンションダウンに、なんか申し訳なくなった。

でも意外だよなー、と、相川は続ける。

「中学のときは来るもの拒まず去るもの追わずな蒼井だったのに」

「ハハッ、今じゃ追いっぱなしだよ」

中学の頃のことを思い起こし、今との違いに自嘲した。

一緒にいてくれるなら、誰でもよかった中学時代。

でも今は……あの人以外、ありえない。

「ごめん、ちょっと寝る。始業式始まるときに起こしてくれ」

「ってオイ、新学期早々寝るのかよ」

最近、妙に睡眠不足だ。

沙彩のことももちろんだけど、部活や勉強、進路……いろんなことが絡んでしまって。

そういえば、この間の三者面談……結局、どこの大学にしたいかハッキリさせなかったな。

3年前の今頃は、「海宮高校に絶対行く」と決めていたけど、今は……


―――……


「……井、蒼井。蒼井」

「ん……」

肩を揺すられ、顔を上げる。

ショートカットの女子……女バスの三笠奈緒が、心配そうに顔を覗き込んでいた。

「もうすぐ始業式始まる」

「……あぁ。って、相川は?」

「早々と出て行ったけど」

「……まぁそんな奴だろうと思ったよ……」

重い腰をあげ、教室を出た。

人がいないことを確認し、教室の電気を消した三笠が俺の隣に並ぶ。

「杉浦先輩がいなくなったからって、あんな分かりやすいやさぐれ方しないでよ」

「別にやさぐれてないし……ほんとに眠かっただけだし」

「嘘。近年稀に見る淀んでいるオーラ纏ってた。結果、小西君も寺田君も瀬野君も近づかなかったじゃない」

近年て……ちなみに、小西君、寺田君、瀬野君とはカイジとシゲオとユウヤのことだ。

「……まぁ、落ちてないといったら嘘になるっちゃ嘘になるけど。それより、大学のことが気にかかって」

「大学……そういえばこないだ三者面談あった」

「沙彩、瀬名大島大行ったんだ。また高校受験のときと同じように、同じ学校通うこと目標にして頑張るか……でも、それが本当にいいことなのかどうなのか、って」

呟くように話すと……三笠は、「だったら杉浦先輩に相談すれば」と言った。

本当に、当たり前の返事だったけれど……

「沙彩にそんなこと言ったらきっと、行きたいとこ行きなよって言うよ」

その証拠に、彼女は「大学で待ってる」なんて、一言も言わなかった。

他人に左右されず、自分の道は自分で進む。そんな、一本の芯が通った強い彼女の信念の表れだったんだろう。

「それもそうだね」

「悪いな、愚痴って。まぁあれだよ、センチメンタルってやつ」

「いいよ別に。なんか蒼井が人間に見えたから」

「……人間じゃなきゃなんなんだ?」

まぁそれは置いておいて、と、三笠は少し歩くスピードを上げた。

「今度の総体、まず地区予選突破して、県でベストに入れるように頑張ろう」

「……甘いな。インターハイ出る勢いでいかないと」

「さすがだね」

階段の前に着いた。踊り場には、2年生が列をなしている。

三笠はじゃね、と言ってその列の中に入っていった。

……とりあえず、東京で開かれるインターハイに出場できるように……なるべくセンチメンタルにならないように日々を過ごす。それを目下の目標としよう。

よく考えたら……彼女は目の前からいなくなったわけで、この世に……ベタだけどこの空の下にちゃんといるんだ。


話したいときに話せる。会いたいときには、頑張ったら会える。

それだけできっと、幸せなんだ。




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