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海と想いと君と  作者: coyuki
第6章 過去からの蘇生
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第112話 送別会の魔法

3月10日。長らく続いた受験生生活が終わりを告げた。

そして現在、午後6時。蒼井邸に私と杏里、夏姫とたっくんがお呼ばれして……

「えーそれでは改めまして!4人の先輩方の卒業を祝し、乾杯!!」

カイジ君が乾杯の音頭をとると、テーブルの中央にあつまる7つのグラス。

そう。世に言う送別会を催してくれた。

メンツは一昨年のクリスマスに遊園地へ行った7人。

「ご卒業、おめでとうございます。杉浦先輩」

「うん、ありがとう」

真向かいに座っているユウヤ君が、コーラを一気飲みした後に言った。

「大学はどこにしたんですか?」

「東京の瀬名大島大学ってとこ」

第一志望の国立大学にも無事合格。晴れて大学生になる。

「へぇ、瀬名大島……結構難しいとこじゃないですか。やっぱり法学部?」

「うん、そうだけど……やっぱりって?」

「だって先輩、警察官とか似合いそうですし」

うーん……これは褒められてるととっていいのかな?

ちなみにユウヤ君は経済学部を第一志望にしているらしい。

「でも先輩、大学行っちゃっていいんすか?蒼井はどうせ……」

「こら、ユウヤ」

彼の隣に座っている蒼井君が、ユウヤ君の言葉を遮った。

「え、どうせ……何?」

「……いやー、蒼井はどうせ頭いいし東大とか京大とか行っちゃうだろうからその隙にあなたを横取りしようと……」

「何言ってんだよ。お前にはなんとか川さんがいるだろ?いねーとしてもやんねーぞ?」

「牛川だよ!ったく、お前ほんっと人の名前覚えてねーよなー」

「ハハッ、ユウヤ君、案外おもしろいこと言うねぇ。てか、コーラ一気飲みしたけど大丈夫なの?」

一瞬の間があいたことが少々気がかりだったけど、ジョークを言おうか言うまいか迷ったんだろう。

蒼井君が小声で、「コイツ、炭酸入ると酔うんだ」と説明してくれた。

「河野先輩は?どーするんですか?」

「私は専学でマネージャー資格の取得に励みまーす!ユウヤ君、芸能界入るときはご指名してね!」

「えー、マネの指名なんてできるんですかー?」

元々頭がいい杏里は、よく大学か専学かで迷ってたけど……出身校で左右されない仕事に就きたい、ということで専学にした。

「東郷先輩と小原先輩はー?」

「んーと、4月から隣の愛知県に引っ越します!私は私立イザベラ女子大の文学部!」

「俺はAOで早々に決まりました。名古屋大学」

「へー!すばらしいエリートカップルですね!やっぱ住居も同じにするんですか?」

「もちろん!春から同棲ですよ!」

嬉しそうに報告する夏姫、隣でほほえんでいるたっくん……

なんだか、心底うらやましい。

これからずっと、2人は2人でいられるんだから。


この3人を知ったのは、丁度体育祭の準備が始まったときだっけ。

始めは、ただの可愛い後輩だったけど……おっきくなったなぁ。

蒼井君に対してとは全然違う目線で……そう、彼らに関しては、なんか孫やいとこって感じに見える。

きっともう、再々は会わなくなるんだよなぁ。


そして……蒼井君とも、会えなくなってしまう。


ドクン、と心臓が波打った。

センター、文化祭、二次、卒業式、合格発表……トントンと重大な行事が過ぎて、新居も決まった。

今更……現実味。

今までとは全然違う……17年、いや、18年続いた生活が根底からガラリと変わるんだ。

18年住み続けた家を離れ、親元も離れて、仲間とはバラバラ。出迎えるのは何もかも新しい毎日。

戻りたくても、戻れない。今までの生活は全て、ノスタルジーに放り込まれてしまうんだ……

なんだか、実感ない。当たり前の生活が、思い出になってしまうなんて。

「……彩、沙彩、沙彩さん」

「……え?」

「どーした?顔色悪いけど……」

心配そうに、顔を覗き込む蒼井君。

……いけない。今日は送別会……センチメンタルになってる場合じゃない。

でも……ヤバい。泣きそう。

周りがどんちゃん騒ぎになっている中、私と蒼井君の周りだけが異様にブルーをかもし出していた。

「シゲオ、ちょっと抜ける。ハメはずさないように見張ってて」

「オッケー。どこにでも行っちゃいな」

蒼井君がシゲオ君にそう言うと……ちょっと夜風にあたろう、と言って、私の手をひいてくれた。


―――……


家の奥の奥へ進んで……庭に面しているオープンな場所へ来た。

世に言う、縁側。

「じじくさいけど、ちっさい頃からここがいちばん落ち着くんだ」

秘密基地的な場所かな……彼はそう言うと、縁側に腰掛ける。

私も隣に座った。

庭には樹や池、竜安寺の石庭を思わせる石などがあって……とても“わびさび”を感じる。

「うちの親父、医者だったんだ。結構腕もいい名医でさ」

「うん」

「んで、俺を才児にしようといつもいつも英才教育をしてきたんだ」

語学、運動、勉学……どれにおいても、1番をとるような……そんな教育、と付け足した。

「でも、やっぱ俺もフツーの子どもだったんだ。親父の期待に存分に応えることができなかった」

それで……そう言いかけて、口をつぐんだ。

……いちばん、口に出したくない記憶。きっと、そうなんだろう。

彼の手の上に、自分の手を重ねた。

「……親父の教育はどんどんエスカレートして……虐待的なことも始まったんだ。俺が思い通りにいかないと、蹴ったり殴ったり。煙草の火種を手に押し付けられたりもした」

心なしか、この手がこわばっている気がして……私はそれを、そっと握った。

幼い頃にうけた、身体的虐待……初めて本人が明かした、その事実。

「その頃は、教育をしている親父が鬼みたいに見えて……怖くて、よくこの縁側の下に避難してた。普段は厳格だけど優しかったんだけどな」

その時から、ここは心の拠りどころ、らしい。

もちろん、誰にも……家族にも、ここに来ることは彼が拒絶した。

「……ここに連れてくるのは、沙彩が初めてだ」

「……そっか」

彼はそう言って、ほほえみを浮かべた。


それからいっぱい、いろんなことを話してくれた。

小学生のころはやんちゃで、たくさん教室のものを壊していたということ……翔子さんが何度も謝りに学校に来たこと。その度に「あの蒼井翔子が来ている」と騒ぎになっていたこと。

そして、高学年のときに翔子さんが再婚し、亜珠華ちゃんが生まれたこと。産休が終わると育休はとらずすぐに祖母の家に預けられたらしい。

そして中学生になってからの……女遊び。詳しくは彼が語りたがらなかったけど……いつも1人だった彼は、つながりを何よりも欲しがっていたこと。

「その時なんだよな。沙彩と出会ったのって」

「……えっ?」

「ほら、すっごい量のプリント抱えてて、走ってた俺とぶつかって……たしか、3年前」

慎重に、記憶の糸をたどる。

心を閉ざしていた、中学時代へ……

……そうだ。蒼井君の言うとおりの出来事があった。

「あのランニングボーイって、蒼井君だったんだ!?」

「なんだ、ランニングボーイって……絵に描いたような一目惚れだったよ」

妙に赤くなっている顔を逸らしながら、蒼井君は言った。

私は、ただただ動揺していた。

「じゃ、じゃあ、あの中学からはあんま志望者がいない海宮高校に決めたのも……」

「まぁ、ひとつは“杉浦先輩”だったかな」

「咲良ちゃんがやたら突っかかってきたのって……」

「……西院には話したよ。好きな人がいるから付き合えない……って言ったら、付き合わないならバラすって脅されて。中学でも高校でも二回」

「……そーなんだ……」

「って、そこ、笑うとこだろ!ヘタレか!って」

信じられない。そんなに前から想ってくれていたなんて。

自然と、涙が頬を伝った。

……嬉しい。心から、そう思う。

そんな私の涙を、反対側の手で拭ってくれた。

「……ごめんね。嬉しいのと不安なのと悲しいのがごっちゃになっちゃって……」

「……全部、話してみなよ。きっとすっきりするから」

軽くうなずくと、今まで私が握っていた手が、今度は握られる手に変わっていた。


現実味を帯びた別れが悲しいこと、これからへの不安……そして、羨望。

「夏姫たちがうらやましい……好きな人と、ずっと一緒にいれるから……私たちは離れ離れになっちゃうのにさ。自分が決めた道なのに、おかしいよね……」

抱える矛盾。対立する考え。

ずっと蒼井君と一緒にいたい。夏姫とたっくんがうらやましい。

離れるのは自分で決めた道だから、しょうがない。

それに……

「それにね、心のどこかでは不安なんだ。会えない毎日が続いたら……心の距離も、離れていっちゃうんじゃないかって……」

体の距離と、心の距離。違うようで、表裏一体。

女の人なんてたくさんいる。もし、蒼井君が私以外の人に心が揺れたら……その度に、距離が離れていったら……

自分の中で、どんどん、勝手に不安が募っていく。

そんな私を……抱きしめてくれた。

強く、でも、優しくて……


「……心の距離は、何年経ってもずっとこうだ。もしそっちが離れていこうとしたら、絶対追っかけるし……絶対、離さない」


……蒼井君の言葉は、いつも、どんなときでも、私の殻をやぶってくれる。

少し強引だけど……優しさに満ち溢れた言葉で。

「……フフッ。なんか、コワい」

「当たり前だ、好きなんだから。……恋愛は人を鬼にする、って、本に書いてあった」

「え、何の本?」

「心理学系統のやつ。親父が作った……まぁいわゆる“こんなときにはこんな本を読め”みたいなやつに書いてあった」

辞書同士に挟んであったそれをとろうとして、大晦日のあの事故が起きたらしい。

……本をとろうとしてなぜ記憶がよみがえるほどのダメージを受けるのか、いまいちピンとこなかったが……

「へー、見てみたいな、それ」

「今度来たとき見せてあげる。結構な蔵書なんだよ」

「そうなんだ……」

当たり前のように、約束してくれる……過去から未来へ受け継がれる約束。

そんな話をしている間もずっと、抱きしめる強さは変わってなくて……

「……年上なのに、なんか情けないなぁ」

「まだ同い年じゃん。って言っても、あと17日したらこっちが年下になっちゃうけど……」

そう言って、私の頭を撫でる蒼井君。

……これじゃあ、どっちが年上なのか分からない。

それでもいい……今、私は守られている。その安心感が、1歳の年の差を遠のかせた。

まるでその安心感にすがりつくように、彼の広い背中に腕をまわして鎖骨に顔をうずめた。


戻ろっか。数分抱き合った後、私からそう言った。

きっと、もう、大丈夫だから。不安にならないから。ちゃんと前を向いて歩ける……

「あーっ!大翔、杉浦先輩、やーっと戻ってきたー!見よっ!伝説のレインボージャックバウアー!」

「「よっ!ユーヤ!日本一!」」

わけの分からない技を披露するユウヤ君、昭和的な合いの手をいれる夏姫とたっくん。

レア写真と言わんばかりに写真を撮りまくる杏里。

「ユウヤ、飲みすぎじゃね……?」

転がる炭酸飲料のペットボトルを片付けながらぼやくカイジ君。

菩薩のようにほほえみ見守るシゲオ君。

……大丈夫。この人たちと、一生疎遠になることは……きっとないから。

数分前は、きっともう会うことはないと思っていた。

でも今のような気持ちにさせてくれるのは……間違いなく、彼の言葉という魔法のおかげだ。

「あっ、そーだ!しばらく先輩方とは会えなくなることですし……」

酔い度マックスになったユウヤ君が、何やら意味深な笑みを浮かべた。

「卒業記念にカップル同士でキスしてくださーいっ!!」

予想外の提案に、一同ワッとどよめく。

「ちょ、ユウヤ、悪ノリしすぎ!」

「いーじゃん!ステキじゃん!さぁどうぞ!」

「え、ちょ、マジで!?」

「俺ら、もう充分……」

「充分ってなんだよー大翔!何しやがったー!」

……ますますどんちゃん騒ぎに磨きが増した送別会……もう、一生忘れられない。


こうして、大波乱に満ちた高校生活が幕を閉じた。




大翔の一目惚れエピの詳細については短編「二度目の恋」をご覧ください。

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