第110話 消えない想い
「いやー、3年生は出し物しなくていいから楽でいいねー!」
センター試験も終わった1月下旬……二次対策に集中している中での文化祭。
丁度来週から自宅勉強期間になる、というこのタイミングでの文化祭。
「そだね。夏姫はたっくんとまわるの?」
「もちろん!高校生活最後……いや、もうギリギリだからね!」
「そっか、ギリギリ……だよね」
夏姫は4月にたっくんと付き合い始めた。
クラスは別々だったけど、運命的なアレでお互い一目惚れだったらしい。
私は……どうだろう。
平凡に、でも新鮮味を帯びながら流れていった1年生の時間。
2年生になって、夏季補習で蒼井君と出会って……そして、唯から気持ちを打ち明けられて。
でも私はすでに蒼井君を好きになっていて、唯からの告白を断ったものの……蒼井君に咲良ちゃんがいることを知って。
空っぽになった私は……唯を求めたんだ。
でも彼は見抜いていた……空っぽの中にあった、変わらぬ蒼井君への想い。唯への想いは上辺だけだって……それには、私も気づかなかった。
あれから、もうすぐ1年が経とうとしている……
「さーやももちろん大翔君とまわるよね?あ、そだ!どーせならウチら合わせて4人でまわらない?」
「……うん、そだね」
なんだか、寂しいな。
1年が経つとすぐに……顔を合わせる学校がなくなっちゃうから。
蒼井君とはもちろん……夏姫や杏里、クラスメイト……もう、制服を着てこの学校で一緒に過ごすことはなくなるんだ、永遠に。
そう考えるとなんか……泣けてくる。
が、泣くわけにはいかない。
「杏里は?もしよかったら6人で……」
「いやっ!私、2年B組がやっているイケメンホストクラブにミーハー仲間とずっと入り浸る予定ですから!」
「ああ、そう……」
……ん?2年B組?
「いらっしゃいませー!って、あ!杉浦先輩じゃないっすか!お久しぶりです!」
オープニングセレモニーが終わり2-Bの出し物会場である視聴覚室へ行くと、キラキラな衣装のシゲオ君が笑顔で出迎えてくれた。
文化祭という空気もあいまってか、いつもよりテンションが高い。
「お久しぶり、シゲオ君。蒼井君いる?」
「大翔っすか?あー、アイツ、検査してから来るって……SHRの時にいなかったから連絡取ったんすけど」
「そっか……」
やっと会えると思ったのに。
あからさまにがっかりした顔をしていたのか、シゲオ君はバンバンと私の背中をたたいた。
「ささっ、先輩、がっかりしてないで1曲パーっと歌って憂さ晴らししましょうよ!」
「え?歌う?」
「榊原っつー坊ちゃんが用意したカラオケ機器あるし!ささっ、東郷先輩も小原先輩も!」
カラオケにホストクラブに……ここは男版スナックか!?
促されるまま、視聴覚室へ入っていった。
―――……
「ヤバ、もう昼前じゃん……」
地元駅に着き、ケータイの電源を入れて時刻を見ると、11時。
幸い電車は10分後に到着する。
入院を経てからの検査1回目。文化祭があることを親に伝え忘れていて、今日に予約を入れられていた。
文句のひとつでも言おうと思ったが、元々は全部俺の非だから、何も言えずじまいで……
ホームでボーっと立ちながら思うことは、沙彩さんのことばかりだった。
誰とまわってんだろ……高校最後の文化祭だから、友だちとたくさん思い出を作ってほしい。
そこに俺が加わってよいものだろうか……とんだKYじゃないだろうか。
そもそも彼女は俺がいないことに気づいているのだろうか……
そんなことを悶々と考えていると、ポケットに入れていたケータイの着信音が鳴り出した。
ディスプレイには……“音声着信 杉浦沙彩”の文字。
間隙を見せない勢いで開始ボタンを押す。
『あ、蒼井君?沙彩だけど、もう病院出た?』
「ああ、うん。今駅にいる」
かすかに聞こえてくるA○Bの音楽……体育館裏にいるんだろう。
『じゃあ学校には12時ぐらいに着く?』
「うん。……あ、検査行ってたってシゲオから聞いたの?」
『うん。蒼井君のクラスの……なんとかクラブってとこに行ったときに』
「そっか。クラブ、結構おもしろかったでしょ?」
『そだねー、カラオケとかいろいろあって……榊原って人が用意したらしいね』
「そうそう。出し物決めたとき即案出してきてさ……」
……何日ぶりだろう。こんな、他愛のない会話……
まるで、過去がなかったときに戻ったみたいだ。
「あ、そろそろ電車来る……じゃあ、また学校で」
『うん……あ、学校着いたら食堂来て!一緒にご飯食べよ』
「食堂?うん、分かった」
終話ボタンを押し、画面右下には“通話時間 6分35秒”の文字。
あっという間だったな。少々名残惜しい気分でケータイを閉じた。
―――……
海宮高校の食堂は、去年オープンされたばかりの真新しい生徒たちの憩いの場。
元々人ごみが苦手な私は行ったことなかったのだが……最後だし、ということで、ここを待ち合わせ場所に決めた。
ステージ発表が大詰めを迎えているせいか、食堂にはあまり人がおらず空いている。
よかった、と思いながら窓際の席をキープした。
「あ、沙彩じゃん」
パンフレットを見ながら、一緒にどこまわろうか……なんて目星をつけていると、そんな声がして顔を上げる。
「……あ、唯。久しぶり」
「だなー。体育祭以来?」
「そだね……」
唯とは、今は事実上友だちなのだろう。
でも……やはり、私にとってはまだ気まずい存在で。
そんな私の気持ちをくみとってないのか……唯は私の目の前の席に座った。
「蒼井とは続いてんの?」
「うん、そうだけど……なんで?」
「最近一緒にいるとこ見かけないから」
「今はほら、受験あるし、ちょっと距離置いてんの」
「ふーん。それで今1人なんだ?」
「今待ち合わせしてるの。蒼井君、午前中は病院行ってて来なかったから」
なんだか……少し、唯が怖い。
雰囲気にしても、しゃべり方にしても……平生の唯は、もう少し穏やかなはずなのに。
「病院?あいつどっか悪いの?」
「いや、悪いっていうか……その……」
通院している理由を話すとなると、記憶がなかったことも絡んでくる。
蒼井君のトップシークレットがそれだとしたら……そしてそこを突かれたら……
迷っていると、意外にも唯は「ま、いーけど」で終わらせた。
「あのキーホルダー、蒼井にあげた?」
キーホルダー……修旅のときにペアで買った、ミ○キーマウスのキーホルダーだ。
ううん、と首を横に振る。
「だろうと思った」
想定内だったのか、唯は笑った。
「ゆーい!食券買わねーのー?」
「あ、わりー、すぐ行く!」
唯の友だちと思われる集団が、食券販売機Aから声をかけてきた。
食券を買うとき、唯が私を見つけてこっちに来たのかな。
「ねぇ」
立ち去ろうとする唯を、不意に引き止めた。
「唯は私のこと、もう好きじゃない……よね?」
なんとなく、確認したくて……まるで、念押しのように聞いた。
すると、唯はフッとほほえみを浮かべ
「簡単に消えんだったら、あの時告白しなかったよ」
「……そう」
「でも、沙彩とあいつの仲をこじらせるつもりもねーから。じゃ、お幸せに」
そう言うと、だんだん増えている人ごみの中に消えていった。
消えないほど強い想いで私と付き合った唯。
消えるはずなんかない想いを抱きながら、唯と付き合った私。
……同じ消えるはずのない想いでも、あきらかに食い違っていた。
「唯、ごめんね……」
私はつくづく、最低だ。
でも、私は……最低でも、今ある消えない想いを貫いていく。
今度は、正しい方向へ。
「お待たせ。大分こんでるね」
数分後、蒼井君が私の目の前に座った。
「うん、大分ね……ステージ発表終わったのかな」
そう言うと、蒼井君が不意に私の手をとった。
「食券買いに行こ」
「あ、うん……」
ニコッと笑って席のキープカードを表に返すと、蒼井君は私の手をひいて食券販売機Bへ並んだ。
滅多に人前で手をつないでこない蒼井君の手には、かすかに力がこもっていた。