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海と想いと君と  作者: coyuki
第6章 過去からの蘇生
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第106話 大晦日

「大翔ー!その新聞紙の束運んできてちょーだい!」

「んー」

12月31日。俗に言う大晦日に、この蒼井家では恒例の大掃除をやっていた。

母さんと修二さん、そして俺の3人で、朝からせっせと掃除をしている。

母さんの前の旦那が相当金持ちだったのか……この家は無駄に広い平屋。

何もない部屋のホコリをはたいて掃除、またいつも使う部屋の片付けとゴミの仕分け。そして台所、トイレや風呂の掃除。ああそうだ、庭の手入れもしなきゃなぁ……

毎年この時期はガッツリ掃除するので、いったん気にするといろんなところが気になる。

「ほんと、大翔はよく動くなぁ……」

「……修二さんもちゃんとしてくださいよ。何本目ですか?その缶コーヒー」

缶コーヒーを飲みながら、しげしげとした目で(実際サングラスをかけていて見えないが)新聞紙やらダンボールを運ぶ俺を観察する修二さん。

はいはい、と言うと、推定5本目であろう缶コーヒーを机の上に置いた。

「じゃあ俺、本棚の整理でもしてくるんで。母さんが何か言ったら行ってやってください」

「え……俺が翔子のパシリに……」

居間を出て行こうとした刹那、「ちょっと、ガムテープ持ってきてー!」という母さんの声が聞こえた。


向かったのは、離れにある本棚。これも、前の旦那が本好きだったおかげで作られたもの。

しかし、ただの本棚ではない。

平屋の2倍3倍ぐらいの高さを誇るその離れの壁一面にギッシリと本が詰まっている……いわば本壁。

「ったく……全部持ってってくれればよかったのに……」

……と口ではつぶやいてみるものの、本が結構好きな俺にとっては嬉しい“置き土産”なのだ。

小説に始まり、各分野の専門書、評論、伝記……かなり役立つものばかり。

まぁ、あまりもの蔵書だから手入れが大変なのが玉にキズだけど。

本の上にかぶさっている埃をはたく。

1段目、2段目、3段目……と、かがめていた腰はいつのまにか伸び、背伸びをしないと届かないようになった。

5段目からは脚立を利用。そして、6段目、7段目……

「……あれ?」

ほとんど触れたことのない8段目に到達すると、平然とならぶ辞書類のゾーンで1箇所だけ不自然に空いている部分があった。

妙に気になり、覗き込むと……

“大翔へ”

そう書かれた、タイトルバックが見えた。

「……俺?なんで……」

誰の字だろう。手にとると……普通の本と比べて明らかに薄い。きっと手作りの本だ。

表紙には何も書いておらず……深緑色が、埃相手にしていた目にとても優しく感じる。

「誰が……」

誰が、書いたのだろう。

ページを開こうと、手をかけたその時――――


―――……


「ん…………」

12月31日。年末ぐらい、目覚ましかけないでゆっくり寝てよう……と思った私が、ふと目を覚ました。

時計を見ると……9時。

「おっかしいなぁ……」

昨日寝たのは3時だ。6時間で起きるはずがないのに……

でも、なぜか二度寝する気にはなれず、のそりと起き上がった。


「おう、沙彩。ただいま」

「……なんだ父さんか」

「なんだとはなんだ。久しぶりの再会じゃないか」

コイツが帰ってきたからかな……と、コーヒーを飲みながら年末特番を見ている父を見ながら思った。

メガネに天パが少し入った黒髪。そんな出で立ちは何ヶ月前と変わらないが……

「父さん、少し太ったんじゃない?」

同じくコーヒーを淹れながら、何気にそう呟く。

数秒の沈黙の後……父は腹の肉をつまんでこちらを見た。

……うん、少しヤバそうだ。

「父さんは若ぶってるけどもう50なんでしょ?そろそろ生活習慣とか見直さないとヤバいんじゃな……」

「彩華はどこだ?」

……スルーしやがった。

私はため息を吐くと……残業、とだけ答えた。

「何?残業?年末に?」

「うん、まだ担当してるヤマが片付いてないとかなんとか言ってたよ。とっくに仕事納めはすんでるらしいけど、母さんだけこもってるらしい」

「へー。大変なんだなぁ刑事さんは」

今更かい。あんたら軽く20年くらい夫婦やってるだろ……

私はまたまたため息を吐いた。

「最近、お母さん疲れてるみたい……ちゃんとケアしてあげてよね、旦那さん」

「ハハッ。娘に言われちゃあ、なんだか変な感じだな」

言われなくてもそのつもりだよ……と父さんは付け足した。

……本当、この夫婦もすごいよな。

父さんのベタ惚れぶり、またラブラブぶりを見るとついついそう思ってしまう。

離れていても、相手だけを思って自分の道を突き進む……お母さんは刑事、父さんは海上自衛隊という道で。


きっと、私と蒼井君も離れちゃうときが来る。

実際、そんな未来がもう4ヶ月後に迫っているのだ。

会いたいときに会えない……そんな未来が。

でも、心の距離がこの夫婦みたいに近ければ……それで、大丈夫だ。

――――そんな風に、思っていた。


「沙彩、部屋のケータイ鳴ってるぞ」

「あ、ほんとだ……珍しいな、電話の着信音だ」

ジリリリ……と、昔の固定電話のような音がかすかに聞こえる。

部屋に行って、ケータイを開くと……

「……翔子さん?」

蒼井翔子さん……蒼井君のお母さんの名前が映し出されていた。

「はい、もしもし?」

『さ、沙彩ちゃん!?あっ、あのっ、ひ、大翔がい、今病院で……っ!』

「え?ちょ、どうしたんですか?翔子さん……」

ニュースで淡々と原稿を読む翔子さんの声でも、前に見た優雅で落ち着いている様子の翔子さんの声でもなかった。

切羽詰まっていて、パニックに陥っている声で……

『沙彩さん、と言うのかな?』

「え、あ、はい……」

『初めまして、大翔の父です』

いきなり声が、落ち着いた男性の声に変わった。

どうやら、その声の主が翔子さんと電話を変わったらしい。

『大翔が、なんらかの原因で脚立から落ちたんだ』

彼の話によると、こうだった。

大掃除をしていた蒼井君が、本棚の整理をしていたところ脚立から落下。流血もしていて、救急車で病院に運ばれ、今検査中…………

現状を把握するのに手こずる私に、蒼井君のお父さんはこう言った。

『大翔のことは、君もよく知っているだろう?どうなるか分からない……君も、来てくれないか』

大翔のこと……記憶のことだろうか。

どうなるか分からないって……どうなるの?

さまざまな疑問が飛び交ったが……

「い、行きます!場所教えてください!」

速攻でそう答え、場所を聞きながらコートを着て帽子をかぶった。




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