第103話 紅葉の色のように 後編
それから、歩いて数時間後……
「うわー、うわーっ!卓球なんて何年ぶりだろー!!!」
赤い面の、頭でっかちなシャモジみたいなもの……そう、卓球のラバーラケットを手に、沙彩は珍しくはしゃいでいた。
そう、やってきたのはスポーツランド。ありとあらゆるスポーツの設備を備えた“沙彩がすっごい喜ぶ”だろうと思いついた場所だ。
「中学んときは卓球が必修だったから、3年ぶりぐらいになんのかなー!」
「え、卓球が必修だったの?」
「うん、そうだよ!なんせ校長が無類の卓球好きだったから」
またひとつ明らかとなった、母校の姿……俺はどんな顔して、卓球をやってたのかな。
「んじゃ、やりますか!手加減はしないよー?」
「ん、臨むとこですぜ。11点先取な?」
こうして、手加減ナシの本気勝負が始まった。
リズミカルな音を奏で、電光石火のごとく飛び交う白いピン球……
結果は……
「10対11で、彼の勝ちです!」
審判をしてくれた店員さんが、こちら側の手を挙げた。
「あちゃー、負けちゃったー……卓球うまいねぇ。さすがだよ!」
「沙彩こそ、3年ブランクがあったなんて到底思えねーよ」
そう言い合っていると、店員さんが不思議そうな顔をして聞いてきた。
「あのー、お二人とも、卓球部か何かじゃないんですか?」
「え?違いますよー!彼はバスケ部で、私はこないだまで声楽部だったんですよ」
「そうなんですか!?いやーお二人とも、国体選手並みの運動神経ですねー!」
「えー、そんな、国体ってー」
ハハハと3人で笑いあいながら、「次どこ行く?」と聞くと……
「よっ、蒼井じゃねーか!」
「それと……あ、例のあの人!」
「何だ何だー?彼女とデートかぁー?」
奥の自販機にいて、こちらの存在に気づいた同じクラスの野球部の竹本、A組の岸田と花峰、それに女子3人が近づいてきた。
てか例のあの人って……沙彩はヴォ○デモート卿じゃねーぞ。
「え、誰誰?」
若干人見知りらしい沙彩は、半歩下がってあちらを窺う。
「ああ、2年の竹本と岸田と花峰ってやつら。女子は知らないけど……」
「おー、俺ら合コンやってんだ!この人たちは全員、伊瀬高の3年生。名前は左の子から順番に……」
彼女たちの名前にはもっぱら興味ない俺は、伊瀬高について思い出していた。
伊佐高の姉妹校だっけ。たしか女子高でここの市内の……
ていうか伊佐高のメンツ、練習試合でメアド交換してから何かとメールしてくんだけど、あれ何なのかな……そうこう思い出していると、女子3人が近づいてきた。
「ねぇねぇイケメンさん、彼女放っといて遊ぼーよ!」
「……は!?」
「いーじゃんいーじゃん!ほらほらー」
いきなりとんでもないことを言い、俺の腕を引っ張る3人。
「ちょ、放せって……」
そう言ったと同時に、後ろからグイッと引っ張られた。
「バッティング!はやくバッティングしよ!大翔!……ってことで、失礼します!」
「お、おお……」
竹本がそう返事するや否や、沙彩は俺を引きながらダッシュでその場を後にした。
「全くもー……あやうくとって喰われるとこだったじゃん」
バットをとりながら、沙彩はそう言う。
とって喰われるって……苦笑いを浮かべながら、俺もバットをとった。
「あの3人が色目バンバンつかってたのも気づかずにさ……少しは自分のスペック自覚しなよ……」
「ああ、うん。なんか悪かった」
バットをブンブン振り回しながら、ブツブツと文句を並べる沙彩。
何が気に入らないのか、しきりにバットの種類を変えている。
……そんな姿さえ、かわいく見えた。
「妬いてくれてんの?」
「へ!?べ、別に妬いてるわけじゃないし!ほら、あんまりボーっとしてると喰われるよーっていう忠告っていうか……」
……本当、素直じゃないなこの人は。
俺の腕を引っ張ったあの瞬間は嫉妬してくれたんだ、ってうぬぼれても……いいよな。
そんなことを思っても口に出せない俺は……沙彩同様、素直じゃないのかもしれない。
「……さ、バッティングしよ。勝負する?」
「……おう、もちろん!リベンジしたいからね」
それから、30分後……
「うう……なぜまた負けたのか……」
レストルームでスポーツドリンクを飲みながら、沙彩がそうぼやく。
さっきの勝負だが……制限時間内により多くホームラン級のバッティングができた方の勝ち、ということで勝負をし、またも俺の勝ちだった。
「そりゃあ今の体育の授業、男子は野球じゃん。女子はテニスだっけ?」
「いや、バドミントンだよ……こう見えても私、中学でソフトの助っ人に頼まれるぐらいの腕前だったんだよ?」
「どおりで……フツーの女子ならあんなにバンバン当たらないって」
沙彩の隣でバッティングしていたおじさん、震撼しきってたし。
あそこでもうちょっと強めのスイングをしておけば……などと言って、バットをブンブン振り回している。
……本当、スポーツでもなんでも、沙彩は人並み以上にすごい。
でも、それは生まれ持った才能とかじゃなくて……全部、努力で掴んだものなんだろう。
現に、受験シーズンの今だって努力しているんだ。
部活中の休憩時間にふと図書館を見ると、必ず参考書に向かう姿が見えるから。
「よし、大翔!つぎ、バスケ!1on1しよーよ!」
それでいてやきもち焼きで、たまにムキになって、熱中すると無邪気になって……
人一倍負けん気が強くて、勝つまで何度も何度も挑んでくる。
そんな彼女のことを……他の人は、きっと知らない。
そんな彼女だから、何度も何度も惚れ直してしまうんだ。
「……はいはい」
そう思うと、改めて愛しく思えてきて……笑いながら、俺の手をとる沙彩の後姿に、そう呼びかけた。
―――……
「よかったぁ!最後の最後で勝てた!」
帰りのバスの中、誇らしげな顔でほほえみを浮かべる沙彩。
1on1で俺に勝てたことが、相当嬉しいらしい。
「そりゃそうだよ。沙彩の本職のバスケで勝とうなんて何百年早いことか……なんせ東野中のめひょ……」
「そーれーは、言わないで!」
言葉を続けようとする俺の口を、彼女の手が軽く制する。
手が離れた後……ひそかに抱いてきた疑問をなげかけた。
「ねぇ、なんで東野中の某っていうニックネームが嫌なわけ?」
「だって女豹だよ!?女の豹だよ?全くかわいげのカケラもないし……」
思ったよりも単純明快な理由で……思わず吹きだす。
「いーじゃん豹。ネコ科だしかわいいじゃん?」
「ネコ科?私がネコ科……か。フフ」
彼女はそう軽くほほえむと、似合わない気もするけど、と付け足した。
「楽しかった?今日一日」
「ん、すっごい楽しかった!まさかスポーツランドに行くとは思ってなかったよ……あとね、外国人が登場するとも思わなかったなぁ」
予想外の出来事を次々に振り返って……でも、その表情はとても楽しそうで。
……本当に来てよかったな。そう思えた。
「でも……これからは、こんな風に遠出できる機会はあんまりないかも」
「だな。センターも控えてるしね。……あと3ヶ月だっけ?」
沙彩はコクリと頷いた。
楽しそうな表情とは一変して、不安そうな神妙な顔つきになった。
「ごめんね。寂しい思いさせるかもだけど……」
「大丈夫だって。ここ乗り越えたら、また一緒に…………」
そう言った途端、不意に言葉が詰まった。
なんか、重大な意味を含みそうな気がして。
「……とにかく、沙彩が不安に思うことなんてねーから」
「……ん、ありがと」
沙彩はそう言うと……遊び疲れたのか、俺の左肩に頭をあずけた。
結っていた髪をほどいていたせいか、長いダークブラウンの髪が俺の腕の上で揺れる。
無意識にその髪に触れると……驚くほど細く、サラサラしていてしなやかだった。
そういや以前、沙彩の髪に触れるなんてしたことあったっけ……そんなことを思いながら、バスは駅へと向かってゆく。
昼に見た紅葉は……ほんとに綺麗だったな。ずっと枯れないで、色鮮やかなままでいればいいのに……
それは、時が止まってほしいと願うも同然のことで……
ならば、いまこの時も止まっていてほしい。
走っているバスの中、隣には彼女という存在。今、手をつないでるっていうこの瞬間が。
でも、それは不可能なこと……時間は絶えず、流れ続けている。
紅葉も、いつか色を失い……殺風景な枝の集合体になってしまうんだ。
時間が止まってほしいという理想と、進まなきゃいけない現実……その間にいるのかな、俺は。
ならばせめて……紅葉の色のように色づいた俺たちの関係は、色あせてしまわないように。