第101話 紅葉の色のように 前編
10月中旬。中間テストが昨日終わって、今日は蒼井君と遠出のデートだ。
場所は静岡市……いわゆる、県庁所在地の都会。地元と比べて、ビルや店の数がはるかに多い。
「そういや久しぶりだよね。私服で一緒に出かけるって」
「うん。休日はほとんど部活か遊びかだったし、一緒にいるのだって勉強か登下校するときだけだったよな、最近」
「まぁしゃーないよ。蒼井君はこないだ修学旅行だったし、その後も体育祭に中間テスト……おまけに部活や友達付き合いまであるからね」
「ハハッ。今の時代、大人も大変だけど思春期世代も大変だよなー」
電車の中で揺られながら、そんな会話をする。
蒼井君はパーカにジーンズを着こなし、帽子を少し深めにかぶっている。
ついでに私はというと……スニーカーにスキニー、シャツにキャスケットといった結構ラフな格好。
ほんとはヒールとか履きたかったのだが……やはり身長も身長だし、何より蒼井君から「動きやすい服装で」って言われたので、ちゃんと動きやすい服装をしてきたのだ。
ちなみに、海宮高校バスケ部は今日は休みらしい。
コート全面バレー部が練習試合で使うってのもあるらしいが……“テスト明け!!たまにはパーッと遊びなさいデー”(顧問考案)で、意図的に休みを置いたのもあるらしい。
「あ、そうだ。体育祭といえば……沙彩さん、すごかったね。あの“借り人競争”……」
「い、言わないで……あのあと、結構恥ずかしかったんだから……」
借り物競争ならぬ借り人競争とは、今年の3年女子の種目。
前年までタイヤ奪いだったが、安全面を考慮しての種目変更だったのだ。
その体育祭で……
―――……
高校生活最後の体育祭は、私は風ブロック、蒼井君は森ブロックだった。
同じレーンに並ぶのは……華奢でかわいい女の子たち。
その時点で、デカさがムダに際立って恥ずかしかったのに……
よーいドンの合図で、先着順に好きなカードをとった。
そのカードには……“1年で期首テスト1位の人をお姫様抱っこしてゴール ただし男子の場合姫抱っこされても可”と書かれてあった。
誰だよ、1年の学年1位って……2年の学年1位ならすぐ分かるのに……(蒼井君か惠夢ちゃん)と、内心で愚痴をこぼしながら、「1年生で期首テスト1位だった人ー!」と呼びかけた。
ていうか、軽く1ヶ月ぐらい前だよね……覚えている人いるのかな、自分の順位なんて……と、ある意味では順当なことを考えていると……
「あの、杉浦先輩、俺ですが……」
と、名乗りをあげてきたのは……なんと水野君。
遠足で一緒の班だったあの巨大な1年生、水野君だ。
「へー水野君、あんた意外と頭いーんだね」
「そんな……まぐれっすよ。で、カードには何と?」
「ああ、姫抱っこすんだってさ、ホイ」
競争のノリで、いとも簡単に水野君を抱き上げた。
『おおーっと!!!他の女子がときめきメモリあっている中、全力疾走している生徒が1人!人一人抱き上げているにも関わらずこの速さ!!すごすぎです!!しかも、相手は推定180センチ越えの大男だーっっっ!!!』
実況にも熱が入り、全校生徒が注目する中……傍から見るとアベコベな私たちがゴールテープをきった。
―――……
「いや、でもまぁ、いちばん恥ずかしかったのは水野君だろうね……ハハ」
もちろん、後でちゃんと謝っておいた。
私が男子なら、女子に姫抱っこされるなんて……死んでもお断りだからだ。
「水野……アイツ、抱っこされてる間中ずーっと顔隠してたからな……」
でも、と蒼井君は続ける。
「沙彩さんがされる側だったら……たぶんメチャメチャ嫉妬してたかもしんない」
「フフッ、ありがとね。でも大丈夫、力では誰にも負けないんだから。男子1人ぐらいどーってことないよ」
「さぁどうだか」
「あ、ヒドい……せっかくの自慢どころを……」
こりゃあ、納得させるために更なる訓練を積まなければ……
って、いや、待てよ。蒼井君は彼氏だ。傍からみれば(きっと)私たちは高校生同士の爽やかカップル。
断じて男子持ち上げ道場(?)の修行を共にする同志ではない。
ここはひとつ……彼女らしい振る舞いをしたらどうだ、杉浦沙彩。
……いや、待てよ。彼女らしい振る舞いって一体何なんだ……
ぐるりと車内を見渡す。
奥のほうに、1組のカップル……って…………
「おおおおおおっっっ!!!」
あまりもの衝撃な光景に、奇声を発してその場に立ってしまった。
「え、何?どしたの?」
「え、あ、いや、その……なんでもない……」
一斉に注目が集まる中、恥ずかしい気持ちでいっぱいになりながら席に座る。
だってよ……ちょっと空いてるのをいいことに、女の方が男の方に脚絡ませてキスしてるからよ……エイリアンを発見したときレベルの奇声を発してしまったよ……まぁエイリアン目撃したことなんかないけど……
とにかく、あれは私には無理だ。
次に、斜め右前に座っている男女を見る……手をつなぎ、楽しく語り合っている模様。
よし、あれなら多分できるぞ、私。何たって、彼氏の頭を掻き撫でる女だからな、私は。
蒼井君の手の位置を確認し、いざ、私も手を伸ばす……が……
……あれ、動かない……ていうか、めっちゃ心臓がドキドキいってるし……
いやいや、矛盾してるぞ杉浦沙彩。常識で考えろ……頭を撫でれて手をつなげない彼氏がいるか。
……いやいや、私は彼氏じゃないぞ。そっから矛盾しているぞ……
そんな風に、いろいろ考えながらも、ちょっとずつ、手を近づけていく……が……
「9時半か……結構予定通りに走るもんなんだな、電車って」
ターゲットであった蒼井君の左手は、時間確認のため蒼井君の目の前にまで上がった。
「おわっ」
急いで、私も手を定位置に戻す。
「ん?今度はどしたの?」
「あ、えと、む、虫!そこにいたんだけど、死んでるかと思って触ったら生きてて飛んでってビックリしたっていうか……」
「そっか。虫興味あんの?」
「う、うん!」
って!虫好きな女子高生がどこにおるかっ!
ハァ……今日の私は、妙なところでテンパってるのかな……久々のデートで緊張してんのかな。
どんだけ純な乙女だよ私は……ガラでもない……
そう思ってると、蒼井君は気づいたように言った。
「そのネックレス、俺が誕生日のときあげたやつじゃない?」
「え?あ、うん、そう」
蒼井君が指差す私の胸元には、シルバーのティアラがついたネックレス。
地元の西ヶ崖で夕日をバックにもらったんだ。(詳しくは番外編「いちばんの人」で)
「いやー、ほんとカワイくってお気に入りだよ。ありがとね」
「そっか。嬉しいよ」
そう言って見せる、やわらかい笑顔を見ていると……なんか、守ってあげたくなる。
……いやいや、だから彼氏かっての、私は。
私もつられて笑っていると……ある重大なことに気づいた。
「あ、蒼井君って誕生日……いつ?」
「ん?7月5日だけど……」
それを聞いて、頭が真っ白になった。
……さ、さささ、三ヶ月も気づかなかったのか私は!!ていうか浮かばなかったのか!!彼氏の誕生日がいつなのかって疑問を!!!
「あ、知らなかったんだ?」
「…………ご、ごめん……」
ああもう、自分の不甲斐なさに泣けてくるよ……
知ったかぶりをするとさらに情けなくなりそうで……涙目で小さく謝った。
「いーよいーよ、そゆとこ好きだし」
「え、どーゆーとこ?」
「…………“意外と”間が抜けてるとこ?ほら、バレンタインデーとかすっぽかして、東郷先輩たちすねてたじゃん?」
ちょっと考えて、蒼井君はそう言う。
そ、それ、褒めてない……
ああ、私に彼女らしい振る舞いができる日は……結構遠いかもしんない。
市内のある駅で降りて、バスに乗り継ぐ。
「お、お祝いをしなくては……でもやっぱ遅いよね……」
「んな考えなくてもいーって。また来年でも……」
「それじゃあますますダメ!せっかく同じ17歳なんだよ?1年しかないんだから」
出会って恋をして……これから、同じ歳の季節をめぐるためには、ちゃんとお祝いしたいんだ。
会う前までの時間を、補うためにも。
「やっぱアクセくれたから、アクセにすべきかな……いや、男物のアクセってどんなのがあるか分からんないし……」
そうブツブツ呟いてると、
「……じゃーさ、物じゃないけど……ひとつだけ、頼み聞いてくれる?」
「え?うん、何何?何でも聞くよ?」
じっと目を見ながら次の言葉を待っていると……驚くべき言葉が返ってきた。
「ここでキスして」
……耳打ちで囁かれたのもプラスして……顔が赤くなって、飛びのいた。
窓枠にガンッと頭をぶつける。……もう少し上だったら“降りますボタン”を間違って押してしまうところだった。
「な、なな、む、むむむ、ムリ!ひ、人いっぱいいるもん!」
「ハハッ、冗談冗談。おもしろいから、からかっただけ」
もう、なんなんだ、心臓に悪いな……熱くなった左耳を手で覆いながら、いたずらっぽく笑う蒼井君をにらむ。
蒼井君は、さっきぶつけた私の後頭部をさすりながら言った。
「……今日だけでもいいから、名前の呼び捨てで呼んでくれないかな」
意外な言葉に……にらむことも忘れてしまった。
……ああ、そういえばそうだ。蒼井君は私のこと“沙彩さん”って呼んでくれるけど、私は出会ってからずっと“蒼井君”のままだ。
「あのとき呼びやすいほうでいいって言ったのに、あれだけどさ……」
……なんだか、ちょっと寂しそうな笑顔で……
そうだよ、男友達には名前かニックネームで呼ぶのに、彼氏だけいまだに名字だったら……
「ん、オッケ、分かった…………大翔」
……今まで、ふざけて名前に君づけで呼んだことはあるけど……やはり、改めて言うとなんか恥ずかしい。
ずっと見つめていた視線を逸らして、私は言う。
「そ、その代わり、私のことも呼び捨てにしてよね?」
「うん、分かった。……ありがと。すげぇ嬉しい」
こっそり見た蒼井君の横顔は……自身が手の甲で軽く押さえて冷ますほどの、紅潮したものだった。