第99話 異例の代理人4-スペック-
「結果、75対70で海宮高校の勝利……か」
勝利をかみ締めるかのように、小城がつぶやく。
ベンチとかの片付けをしている最中のことだった。
「小城先輩、何回言ってんスかそれ」
「いやー、総体で俺らが負けたトコに勝つなんて信じられなくってね!」
ハハハと軽快に笑う小城。いい加減先輩扱いに疲れた私……
「それよりさ、君、合同ミーティングに参加しなくてよいのかい?」
「ええ。俺、バスケ部じゃないし……所詮代理人だから」
「でも、代理であってもフル出場だったじゃないか。君の技術が大いにチームに貢献していたから君を外すなんて考えられなかったんだよ」
「……ありがとうございます」
「それで提案なんだが、ぜひとも我がKBBCへ……」
「無理です。すんません」
一方的にしゃべり続けていた小城も、私のその一言で黙った。
ちなみにKBBCとは、“Kaigu Basket Ball Club”の略である。
「全く……涼二くん、君、お姉さんに似て随分スッパリサッパリしてんなぁ」
「……」
なんだよ、スッパリサッパリって……
「俺が大翔なら絶対他の子選ぶね。だって君のお姉さん、滅多に笑わないし男前だし強いしクールだし?美人だけど色気ないしなぁ……付き合っててもあの調子じゃあちょっとねぇ。フツーだったら多少美人じゃなくても愛嬌のあるコ選ぶよね。あともっと小さめの身長のさ」
「……」
オイオイ小城さんよぉ……本人目の前にしてえらいこと言いますなぁ。一発殴っていいっすか?
そんな気持ちで、持っていたパイプイスをギリギリと握りしめた。
「……でもまぁ、アイツが選んだヤツなら文句も言えねーよな」
……いやいや、思いっきり言ってたじゃないすか今。
「いいか涼二!!」
「はい?」
小城は、私の肩を両手でガッチリ掴み目線を合わせ……決して言ってはならないことを言った。
「これからお前が好きな人に彼氏ができて“失恋”しちまってもなぁ、“さっきの俺”みたいにその彼氏に文句言っちゃあならんぞ?」
「…………」
呆気にとられて、なにも言えなかった。
脚が長い高身長で結構なイケメン……でもゲイっていうのは、ホントだったのか……!
「……ハイ」
私の脳内を整理するために必要な数秒の沈黙があって、やっと私はそう答えた。
「……そうやって引かずに何でも受けいれるトコ……つまり偏見がないってトコは似てるな、姉さんに」
若干小城は切なそうな顔をして、私から離れる小城。
……自分に置き換えたら、去年の秋、蒼井君と付き合っていたコ……咲良ちゃんを褒めるってことだよな。
ちょっと、悔しいかもな。
「……姉ちゃんは、蒼井君のことすっごくすっごく好きですよ。小城先輩の想いを蔑ろにする結果にはきっとしません」
「……ああ。どーもな」
きっと、世間には受けいれがたい恋に悩んだかもしれない。
悩んで悩んで……好きな人が幸せになる失恋を選んだんだ。
……だから私は、絶対彼を幸せにしてみせる。
「さ……涼二」
ミーティングルームから蒼井君が出てきた。
「蒼井君。ミーティング終わったんだ?」
「うん。みんなそこで着替えるからさ。部室行こ」
「おう」
小城コーチ、と、蒼井君は小城の方を見た。
「伊佐高とここのメンバー数名が自主練するらしいので、終わった後の戸締りの確認よろしくお願いします」
「オッケ、任せろ。蒼井はもう上がんのか?」
「はい。今日はちょっと……用事がありますんで」
参加したい気持ちは山々ですけど、と蒼井君は付け足した。
“先輩”として普通に会話する小城……なんか、すごいな。
きっと私は、失恋した相手にこんなに普通に話せないだろう……
……現に、唯とは……3年になってからろくに言葉を交わさない間柄になってしまった。
―――……
「そういえば、伊佐高の2年がさ、沙彩さんのこと結構気になってるみたいだったよ」
「えっ!?……バ、バレてたのかな……」
「いや、そっち方面じゃなくて」
駅に向かう途中、ミーティングの様子を蒼井君がポソリポソリと話し始めた。
「オフェンスの動きにムダがないとか、正確なスリーポイントをもってるとか……新人戦ではぶちのめしてやるとか、徹底的にディフェンスするとか」
「う、うわぁ……男子コワ……」
「おかげで海宮はすっかりビビッちゃってさ……しばらく伊佐高対策になるだろーな……」
それは、私抜きでも伊佐高に勝つ対策……ってことなのだろうか。
だとしたら、あんま必要じゃないのだろうか……所詮私は女子だし。
「そんなガチガチになんなくても、リラックスしたらすごく強いと思うよ。KBBCは。伊佐高は、確かにみんなゴリラみたいでガタイはいいけど……あの国体選手以外は、ほとんど城壁みたいなもんだったからさ。簡単にぶっ壊せるよ」
「ハハッ、城壁って……さすが東野中の女豹は言うことが違……」
「蒼井さーん?そのハンドルネームも違うよー?」
笑いながらサッと準備した拳を蒼井君は制して……そしてそのまま、手をつなぐ。
蒼井君の手に包まれている中で、そっと拳を解いた。
……1年前のこの時期は……よく鉢合わせした時に一緒に帰ってたっけ。
その頃は、自分の蒼井君に対する恋心に気づいたばっかのときで……話すときもキョドりっぱなしで、何話したかあまり覚えてない。
今、その頃と同じ帰り道をたどっているけれど……やっぱ、全然違うな。
「でさ、ミーティング終わった後いきなり伊佐高の人たちが立ち上がって“お礼のダンス”って言って一斉に楽し○ごの真似始めてさ……注入されたこっちはどーしていいか分かんなくなって」
「た、楽し○ごって……そりゃあ180㎝超えてる男子たちが一斉に始めたら誰でもビビるよ」
「まぁ“コイツらも俺らと同じ高校生なんだ”って当たり前のことに気づかせてくれたけど」
時刻は午後6時……陽は傾き、オレンジ色になっていた。
―――……
電車に揺られながら、他愛もない話をする。
カイジ君たちのこと、クラスでのエピソード、そして……小城。
「ほんと羨ましいよあの身長。10㎝ぐらいでいいから分けてくんないかなーっていつも思うよ」
小城の試合の仕方、身長、顔立ち、性格、筋肉(?)……それら全てが蒼井君の目標であり理想であり羨望であるという。
……蒼井君は知らないだろうなぁ。その小城から想いを寄せられていたことに……無知っておそろしい。
「いやいや、むしろ私から10㎝とってってよ。そしたらやっと平均身長だし……」
体育館での小城のやりとりを思い出す。
“俺が大翔だったら、もっと小さめの身長のコ選ぶね”
蒼井君本人も、そう思ってるんじゃないかな……
私が166㎝で、蒼井君は170㎝ちょっと。
実際、恋人同士は15㎝差がいちばんバランスいいって世間では言われるし……
そうウダウダ考えてると……ふと、隣でがんばっている姿が目に入った。
「あれー?届かない……」
私と同じ制服の女の子……おそらく1年生が、ガタガタと揺れる電車の中でフラフラしながら精一杯背伸びをしている。
どうやら、荷台に置いた荷物が取れないらしくて……
「はい、これかな?」
「あ、はい!ありがとうございます!!」
奥の方に追いやられていた皮製のスクールバッグを取って彼女に手渡すと、彼女は私を見上げてニッコリ笑ってそうお礼を言った。
やっぱ、女の子は小さいほうが可愛いなぁ……
ちょこちょこ歩いていく後姿をみながらしみじみ思った。
「ねぇ蒼井君」
「ん?何?」
「もっと背が小さくて女の子らしいコがよかったなー……とか思わない?」
ちょっと見上げるぐらいで、蒼井君と目が合う。
彼は意味分かんないとでも言いたそうなきょとんとした表情で……
「……ああ、だから平均身長がどーとか……」
やがて納得した様子になって、続けた。
「全然思わないよ。てか考えたこともない」
「……え?どうして?」
予想外の言葉に、目を見開いた。
「だって身長が高かろうが低かろうが、沙彩は沙彩じゃん。他人から見て釣り合ってるのかどうとか関係ねーよ」
だから気にする必要ない、と蒼井君は言った。
それを聞いて……ちょっと安心した自分がいた。
ああ、蒼井君本人は全然気にしてなかったんだ……って。
「ふふっ、嬉しい。……ありがとね」
……私を選んでくれて。
もう、付き合って約半年ちょっと……いろんなことが変わって、分かって……改めてそう思った。
「……てか、なんかあったの?いきなりそんなこと聞くなんて」
「ん、ちょっとね。君の尊敬してやまない先輩からさ、「オメェは男前だしデカいし色気ねぇし、彼女に選んだ大翔の気が知れない」って言われてね……まぁ、あっちからしたら涼二経由だけど」
「……言うなぁ、小城先輩も……」
「でしょ?ぜーったい仕返ししてやるんだから……ものすっごい高いアイスおごってもらおーっと。バーゲンダッツ5個とかカリカリ君10本とか。涼二が21世紀最大のアイス好きとか嘘ついてさ」
「……」
軽快に話していると、ふと蒼井君が何もしゃべっていないことに気づいた。
「どしたの?」
「……いや、なんでもない」
『次は東野市、東野市です―――……』
電車を下りる準備をしている間も……蒼井君は、ニコリともしなかった。
すっかり暗くなった午後7時……断ったものの、危ないからといって送ってもらうことになった。
車道側に蒼井君と自転車、内側に私……ひぐらしの声がする中、人通り少ない道を、ただ歩く。
一向に始まらない会話……きっと彼は、考え事でもしているのだろう。
こんな無言の帰り道も、悪くはない。
……って思うようにするけど、やっぱ気になるなぁ。
「……蒼井さん、なんか悩みでもあるんスか?」
「……え?」
いきなりの敬語での発言に、不思議そうにこちらを見る。
「私でよかったら聞きますけど……」
……とか言って、別れ話とかきても嫌だから、
「ややや、でもさ、返答に困る相談はちょっと……」
そう言う私を見て、蒼井君はハハッと笑った。
「ごめんごめん。……ちょっと疲れてさ」
「あ、だよね。第3ピリオドからフルだもんね……しかも司令塔だからチームの動きも見てないといけないもんね」
「それ言うならば沙彩さんもそーじゃん。開始からずっとだったろ?ましてや相手はドド○コ男子だったし……疲れたろ?」
「いーや全然。このとーりピンピンしてるわ。何年も培ってきた体力を甘くみちゃあダメだよ」
「ハハッ、そっか……見習わねーとな」
……なんて見栄張ったけど、実は筋肉痛予備軍がきている。
でも、まぁ、悪くない……そう思えるのは、やっぱ蒼井君が傍にいるからかな。
「実はさ、珍しく今日修二さんも母さんも亜珠華も揃ってるんだ。だからさ、夕飯どっかで食べることになってるんだけど……」
「へー、そうなんだ!よかったね」
「亜珠華に至っては、もう3ヵ月も会ってないし……会って早々、クソ兄貴とか言われたらどーしよーかって……」
―――……
「あら、おかえりなさい沙彩。遅かったわね」
「ただいま。んー、ちょっと軽く一試合やらかしてきてさ……」
帰ってすぐ、ソファにダイブ。
……そーだよ。蒼井君の言うとおり、うん年ぶりに本気でバスケしたんだった。
しかも相手は優勝候補の伊佐高男子……思い返すと、どっと疲れが押し寄せる。
「何一試合て。ケーサツ沙汰になるようなことしてないわよね?」
「してないよー……てかお母さん、珍しいね。この時間に家にいるなんて……帰ってくんのほとんど深夜じゃん」
「事件が早めに片づいたのよ。年がら年中深夜まで仕事だったら、さすがにもたないわよ」
そんな話をしている間……ケータイがメール受信を知らせた。
この着信音は……蒼井君だ。
ガバッとソファから起き上がり、スクバの中を漁ってケータイを取り出す。
“今日はいろいろ心配かけてごめん。ゆっくり休んでね”
たったそれだけの文章だったけど……蒼井君の優しさがこもっていた。
「なーにニヤニヤしてんのー?ごはんできたわよ」
何度もその文面を読み返している私を覗き込んでお母さんは言う。
「べ、別にニヤついてなんかないもん……あー、おなかすいたー」
ケータイを大事にパタンと閉めると、ダイニングへ向かった。