第9話 海宮花火1-ざわめき-
それは、昨日のことだった。
『私、大翔君のこと好きになっちゃったから、ユースケとは別れたぁ』
桃花からのメール。絵文字もギャル文字も顔文字も使わない、簡素な文で綴られた内容。
『ふーん、そっか』
そんな、呆気ない返信をする。
やっぱもろいな、恋人って。
……これが、メールでよかった。
電話とかだったら、ざわついた心を桃花に悟られるかもしれないから。
―――……なんで、心がざわつく?
自分のことなのに自分が分からず、もどかしい思いで布団に体をくるませた。
「意味分かんない……」
ずっと前から、思ってた。
最近の私は、意味分かんない。
蒼井君の笑顔を思い出す度、胸が熱くなる。頭がぽわっとする。
蒼井君が咲良ちゃんの手を引いて立ち去る姿を思い出す度、胸が熱くなる。泣きたい気持ちになる。
そして、気になるんだ。蒼井君と咲良ちゃんがあの日、なんて会話をしたのだろう、と。
人がなんて話そうが、私には関係ないことなのに……どうして、こんなに気になってしまうのだろうか。
「う〜……」
「どしたのよ、沙彩。くるまって。大丈夫?」
呻き声をあげてると、布団の上からお母さんの声がする。
「えっ?あ、なんでもないよ」
慌てて布団から出ると、クローゼットをごそごそ漁り始めた。
「……なんか沙彩、変わったわね」
「へ?」
「全体的に雰囲気丸くなったっていうか。可愛くなったんじゃない?」
「そ、そうか……?」
頭の後ろを掻くと、「男っぽい行動とかは変わりないけど」と付け加えられた。
「それより今日は海宮花火、見に行くんでしょ。服、選んだげる」
「あ、ありがと」
そう言って、クローゼットから出た。
「ん〜……これとこれとこれ……あと、これもね。あ、そうそう。これも。あ、これも出そう」
と、次から次へと出てくるもの。
7分丈のスキニーとロングキャミ。大きめのシフォンT。カゴバッグにシフォンリボン。
一度も履いたことがない白ミュール。こんなん履ける……?
「始めに着替えて。後でメイクと髪やるから」
「はぁい」
と言って、「メイクポーチ持ってくる」と自室へと戻ったお母さん。
……てか、チュニックコーデってやったことがない私。
いつもTシャツに長パンツにスニーカーという……髪もそのままのストレートだし。
着てみたら、自分で思うのも変だけど、案外似合ってた。
「あら、似合うじゃない。さすが私。んじゃ、メイクするから座りなさい」
お母さんが入ってきて、私をイスへ座らせた。
どこのメーカーか分かんないけど、高そうなリップを塗られ、グロスも塗られる。
ビューラーでまつ毛を上げられ、チークをのせられる。
そして髪は、シンプルに束ね上げられ、リボンをつけられた。
……リボン3人組みたい。
咲良ちゃんを思い出し、少し嫌になった。
「……お母さん、リボンはやめて。ゴメン」
「あ、そう。んじゃあ巻きつけて……」
と、リボンが解かれ、結び目にシフォンリボンを巻きつけられ、シュシュ風になった。
そしてコームで逆毛をたてられ、スプレーをかけられる。
仕上げにイヤリングをつけられ、ネックレスをつけられた。
「うん。夏娘の出来上がり」
珍しくお母さんが微笑み、仕上げに、と香水を私の耳元にかけた。
ほんのり香る……マリン?
「あ、ありがと……」
そう言って、カゴバッグを持って玄関に下りる。
「“問題は”起こさないようにね。行ってらっしゃい」
夏祭り=強盗とか誘拐とかの不祥事が起こる祭りという方程式が刑事の中で出来上がってるのか……問題は、のとこを強調して言うお母さん。
苦笑いを浮かべて、行ってきます、と言った。
「あ、さーやっ!」
駅のホームに着いて、大きく手を振るのは、夏姫。
誰かとたっくんが、その横で話してた。
……誰だろう。2年?いや、3年?たっくんの友だちか先輩かな?
「さーや!超かわい〜!」
「おわっ」
恒例、夏姫からの突進。
桃花が浜田ブ○トニーだから…夏姫は矢口○里かな。例えたら。
ていうか夏姫、浴衣だし!
「夏姫、浴衣じゃん!暑くない?」
「そりゃ暑いけどぉ〜……いちばん最初に「可愛い」って言ってよぉ!」
と、膨れる夏姫。
「俺が最初にコイツの浴衣姿見たとき、「暑くねぇか」って聞いたら、コイツ怒った」
たっくんがやって来て、夏姫の頭の上で頬杖をつく。
「も〜!頭痛いってばぁ!」
夏姫がたっくんの腕を掴んでじゃれる。
……あ〜も〜、暑苦しいなぁ。
「あの2人、付き合ってんですか?」
後ろから頭上で、声がする。
「うん。もうかれこれ1年以上も……」
って……この声……
「あ、蒼井君!?」
驚いて振り向く。
たっくんと話してた“誰か”とは、蒼井君だった……!
「だだだ、誰かと思ったし!」
「そんなに変わるかなぁ……?」
だって、まず、髪型が大きく違う。
前はサラサラの栗毛だったのに、今は無造作の黒髪。
でもやっぱ、服装が違うと印象も違って見える。
「なんか、3年生みたい」
「3年生にしては、背ぇちっちゃすぎるでしょ」
と言って、笑う。
私も笑い返し、いちゃついてる夏姫たちを呼ぶ。
ホームでは、アナウンスが流れていた。
電車に乗り込み……まず始めに、大量の人ゴミに驚く。
「これ、絶対座れないし……」
40分間立ちっぱかぁ……と、残念に思うけど、しょうがない。
辛うじてあいているスペースに立つと、後ろにはおっさんの集団……どうやら、帰宅ラッシュ+夏祭り客が合わさって、大変な状態になっているらしい。
「こんな満員電車に乗るの、初だし」
蒼井君は苦笑いを浮かべ、窓の外の景色を見ている。
その横顔に、近くにいた女子高生が色めきだした。
……本当、30人も彼女できるわけだ……
小さく溜息を吐くと、気分を紛らわすために車内広告を見る。
……ふと気がつくと、誰かにお尻を触られていた。
憶測……後ろの帰宅ラッシュ中のおっさん集団の誰か……だ。
足の位置を想定し、ミュールのかかとを少し上げ……
想定したおっさんの足を、思い切り踏んづけた!
「○×△□☆*(>□<)( ̄□ ̄)(TOT)―――っ!!!!!」
後ろを向くと、ワケ分かんない奇声をあげたおっさんはうずくまっている。
それを見て、フッと笑った。
「……さっきのおっさん、もしかして先輩が……?」
蒼井君が、うずくまるおっさんをみてそう言う。
「うん。痴漢してきたから、かかと落とし喰らわせた。」
「マジですか。やっぱ先輩カッコい〜」
……まぁ確かに、普通じゃないよね。
普通の女の子……夏姫だったら多分、悲鳴を上げて周りの注目を浴びてるだろう。(んで、痴漢犯がキョドる)
だが私は、おっさんが悲鳴を上げて、周りの注目を買ってしまった……
海宮駅に着き、一応駅員さんに痴漢されたことを報告。
駅員さんは、「今度されたときは、危険人物かもしれないんで攻撃するんじゃなくて悲鳴を上げてください。駅員が捕獲しに行きますので」と、半分本気、半分笑いを交えて言った。
「さーや!お前強っ!」
たっくんに頭を突付かれ、夏姫からは「格好は女の子なのに、することは男の子だね!」と言われ……
オレンジ色の空には、祭りの始まりを知らせる大砲みたいな音が、パンパンと響き渡っていた。