4頁 探索者組合②
ギルドマスターの執務室を後にした僕らは、探索者組合内のラウンジへと戻ってきていた。
「それにしてもリチャードもいい加減諦めてくれないもんか」
「あの子の気持ちはわからないでもないですが……」
「まぁ、契約さえなけりゃ鞍替えしてもいいかもしれないけどなぁ……今の環境はどうなんだこれ」
「私はご主人様がよろしければ、何処へでもお供する所存で御座います」
「はぁ、ちょっと休憩していくか」
「お供いたします」
恐らくいるであろうエイジングの姿を探しつつ、喧騒まみれるラウンジの空いてるテーブルを探す。
ふと、アミタの視線が止まった。
「アミタどうし――」
「あちらを」
アミタが指差す方向には、ちょっとした人だかりができていた。
「オラァ! 酒を出せ酒をよォ!」
「女はいねーのかァ? シケてんなァおい。お、そこのねーちゃん、酌してくれや」
描き溢れるギルド内で、その空気を更に割くような男たちの恫喝が響き渡っている。
よく見ると、無精髭の男とバンダナを着けた若めの男がテーブルに足を置き、下品に座っていた。
くだを巻きながら、周りの客に絡んでいる。と言うか朝から酒か。いいご身分だなぁ。
と言うかこの王都の支部でそんな真似して大丈夫なのか。
確かにここのラウンジはお酒も出すが、それは楽しむためであって、このようにくだを巻くためではない。
どうもあの二人は、ここのギルドに所属するクランのメンバーじゃないのか、それとも酔っぱらって気が大きくなっているのか。ここのギルドマスターの恐ろしさを知っているのであれば、あんな真似は出来ないだろう。
彼らが身に着けているのは体の動きを制限しない程度に身につけられた防具と、取り回しの良い短めの片手剣。
探索者の標準的装備である。
もちろん、ギルドに探索者がいるのは珍しいことではない。
各国の所有物である遺跡へと潜るには、遺跡探索者理事会に登録されている探索者である必要がある。
犯罪者や、その他に国が許可しない者は探索者として登録できないが、基本的に五体満足で、ある程度の読み書きができれば、どのような者でも探索者になることは可能だ。
クランに属しないフリーの探索者もいるにはいるが、それは特殊な事例で、全ての探索者はどこかしらのクランに所属しているし、クランはギルドに登録されている。
もう少し突っ込んで言うと、探索者の身分をクラン、ひいてはギルドが保証しているわけだ。こいつはウチに所属しているので、探索者としての活動はウチが責任持ちますよ、ということである。
探索者は自身が発掘した神遺物をギルドを通じて理事会に収め、その対価として報酬を得る。
報酬はモノによって様々だが、一生遊んで暮らせるぐらいに価値のあるレベルの貴重な神遺物を見つけることが出来れば……その後は言うまでもないだろう。
魔導文明が発達して安定な生活が望まれるようになったとは言え、未だロマンを追い求めるものは少なくない。
彼らがフリーとは思えないので、何処かのクランに所属しているのだろうとは思うが、それにしてもよそのギルドでこんなことをしてて、自分のところに迷惑がかかるとか思ったりしないのだろうか。
しかもここは王都である。ぶっちゃけ国内ではほぼ最高位にあると言って良い。
ギルドマスターであるリチャードを知っていれば、このような真似は死んでも出来ない。
「おぉい! 酒と女はまだかよォ!」
「さっさとしねぇと、こんなシケたラウンジぶっ潰すぞオラァ!」
酔っぱらっているのか多方面に喧嘩を売りまくっているが、探索者は僕みたいに大人しい者ばかりではない。
そろそろ他の誰かが買いに行きそうなもんだが……と思ったが、彼らの後ろ、隅のあたりに蹲ったり伸びたりしている探索者らしき奴らが何人かいた。それを見るに、何人か返り討ちにしているらしい。
喧嘩を売り買いできるぐらいの実力はあるのか。
何人かは遠巻きに見ているだけで、口も手も出そうとはしていない。
ラウンジの店員であろう、制服を着た少女や女性も、近寄りがたいのか巻き込まれたくないのか、何も言わず見て見ぬふりをしている。
「まぁ、放っといても、そのうちリチャードが動くだろ。ここまでされてるならな。……さっさと帰るか」
賢い人は危うきに近寄らず。面倒ごとに巻き込まれるのは避けたい。
僕たちはなるべく関わらないように、ゆっくりとその場を離れようとした。
「おぬしら! ここは食事を楽しむ場所なのじゃぞ! そのような態度が許されると思っておるのか!!」
……離れようとしたのだが、少女の良く通る声がそれを台無しにした。
あのお節介め。
「なんだ? けっ、ガキかよ」
「待てよビリー……ガキでも女だ。それも上玉だぜ。おい、ガキ。酒持ってきて酌しろや」
馬鹿二人にアホ一匹が揃ってしまい、件のテーブルは混沌の様を呈している。
「ガキと言うなガキと! これでも我はおぬしらよりもずっと年上じゃ!」
「へへへっ……そうかよ。じゃあ俺たちがオトナの遊びを教えてやらねぇとなぁ」
男が手を伸ばそうとするが、エイジングは自然にその手をかわす。
よく見るとメイド服を改造したかのような――ラウンジの制服を着ていた。バイト中かい。
あいつは何故にこうも面倒なことへと頭を突っ込みたがるのか。
「エイジング様はその、良くも悪くも面倒見が良いので……」
「違う意味の面倒だろそれ……」
そんな三人のやり取りを、周囲も興味深そうに眺めている。
さて、ここで僕らが介入すべきか否か。
そう悩んでいる間にも、エイジングは男に腕を掴まれ、着座を強要させられていた。
エイジングの強さが彼らに劣るとは考えにくいが、流石に単純な腕力だと敵わないらしい。
かといって、ここで魔法をぶっ放すわけにもいかないのだろう。
「むうッ……離さんか!」
「いいだろぉ? 俺たちと良いことしようぜぇ」
「クラフトっ! お主もそこで見とらんで武力介入せんか!」
「なんでだよ」
どうやら僕たちに気付いていたようだ。
エイジングの一言で、一斉にこちらに視線が集まる。
今日の僕は仕事モードなので、もちろん特務課の制服に徽章を付けている。一目で治安維持管理局の人間とわかるものだ。
「ん……? なんだぁ?」
「おいおいエイス。アイツら役所の奴らだぜ」
「役所だぁ? 何であんなガキが役所で働いてんだよ」
「知らねーよ」
ほら見ろ一目で看破されてしまった。
一応僕も公務員だ。あまり公共の場……しかもアウェーで問題を起こすことは避けたいし、個人的にも厄介ごとに巻き込まれたくない。
しかも、今は公務の真っ最中だ。休暇中のエイジングはともかく、僕が大っぴらに揉め事に関わるのは良くない。
「ほれ、クラフト。か弱い女子が囚われの身になっておるのじゃ。はよ助けんか」
「お前自分で頭突っ込んだんじゃねーか。そのまま馬鹿たちのお酌でもしてろ……じゃ、そういうことで」
手を上げてエイジングに別れの挨拶を告げる。
僕はあくまで関わらない体で、その場を離れようとするが、そうは卸問屋が許さないらしい。
「おいおいおい、そこのガキ。今なんつった?」
「おぬしらを、昼間っから酒を飲むしか能のないクソ雑魚ナメクジ探索者と言ったのじゃ」
そこまで言っとらんわ。
というか、焚きつけるような真似をするな。……いや待て、それが狙いか!
「んだと、コラてめぇ……」
「舐めてんな。俺たちが誰だか知ってて言ってんのかァ?」
言ってません。それにだ、余程有名でもない限り、探索者なんかの区別なんかつくか。
と、思っていた矢先、周囲がざわめき立つ。
「あいつら……確かブリストルのギルドの奴らじゃ……?」
「集いし英雄じゃないか? 肩に刺青が入ってるし……やべぇんじゃね?」
「おいおい、トップクランじゃねーか、ブリストルの。逆らえねえよ」
今まで遠めに眺めているだけだった他の探索者たちが次々に口を開く。どうも、それなりに有名らしい。わかりやすいご説明どうも。
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