3頁 探索者組合①
探索者という職業がある。
未だ世界には、神代に建立されたという遺跡が数多く埋れており、人の手によって発掘されるのを手ぐすね引いて待ち構えている。
探索者はそんな遺跡に潜り、貴重な遺物──神遺物を発掘するのを生業としている。
神々の魔道具とも言われる神遺物は、現代魔導技術では到底再現できず、解明もできていない遺物であり、その種類は多岐に渡る。
僕たちが普段使っている魔道具も、元はと言えば神遺物を模して開発されたものだ。
そして、その神遺物は金になる。
未知のものであれば、それこそ一生を遊んで暮らせるほどの。既知のものでも何年かは豪遊できるほどの値段で取引されるそれは、人々の夢とも言える。
神遺物産業が発展しないわけがなく、世界中の探索者は皆こぞって遺跡へと潜る。
だが、遺跡は人が一人で挑めるような甘い代物ではない。それこそチームを組んでお互いに助け合わなければ、巣くう魔物や遺跡の仕掛けで命を落とす。
そんな彼らが集まり、一つの組織となったのが『クラン』で、そのクランをまとめるのが『探索者組合』だ。
何故僕がそんな話をしているかというと──
「やっぱりデカいな……」
「王国内でもトップクラスの規模ですので」
背後のアミタが僕の独り言に、丁寧に反応してくれる。
今僕が見上げているのは、探索者を統括管理している国際機関『遺跡探索者理事会』の下部組織である探索者組合の外観だ。
都市や街には一つ以上が置かれているこれらのギルドは、探索者が最も足を運ぶことになる施設だ。
内務省の庁舎にも負けずとも劣らずな規模のその建物は、石造りで質実剛健ではあるが、どこか荘厳な趣がある。
開け放たれた入り口の左右には、ギルドのロゴが描かれた旗がたなびいていた。
「家賃いくらなんだろうなこの場所」
王都プロヴィデンスの一等地である。
少し歩けば王城だ。そんな土地が安いわけもない。
「リチャードの話ですと、土地自体を買い取ったと」
「流石は組合だな……金が有り余ってるのか」
1億2億の話じゃないだろう。
そもそも金額以前の問題の気もするが。ここ、国有地じゃないのか。
などと下賤な思いを張り巡らせている僕の前を横切り、様々な人がギルドに出入りしていた。
軽装ないかにも探索者といった男たちや、全身鎧を着込んだ集団。サーカス団のような衣装の者や、商人然とした老人、黒いゴシック服の少女──っておい。
「何じゃお主ら。こんなところで何をしておる」
「それは僕の台詞だ。僕らは仕事だが、お前は何してるんだここで」
「我も仕事じゃよ?」
「お前今日非番だろ」
朝から見ないとは思っていたが、今日エイジングはオフのはずである。
こいつが休日出勤しているとは考えにくい。
「アルバイトじゃよアルバイト……ここのラウンジは給金が良くての」
「ああ、そういう……」
特務課の課員であるエイジングも、もちろん僕と同じく公務員である。
この国では公務員の副業は許されてはいるものの、探索者のみ登録することが禁止されている。
そのため、エイジングはアルバイトという手段を選んだのだろう。
「ほれ、おぬしらも仕事なんじゃろ?」
「ああ、行くか」
エイジングの後を追い、僕らもギルドの門戸をくぐった。
ギルド内は喧騒に包まれていた。
老若男女、様々な年齢の人々でごった返している。流石は国内トップ規模のギルドだけあるな。
これほどの規模になると、ギルドとしての業務を担うほか、附帯施設として商店や宿泊場所もあったりする。このギルド内だけで全てが完結するように出来ている。
「それじゃの。我はもう行くぞ」
「おう」
「いってらっしゃいませ」
僕はそのまま、アミタは軽く頭を下げ、バックヤードに続く扉へと駆けていくエイジングを見送る。
彼女の言っていたラウンジも、ここの施設の一つだ。ギルドの客に飲食物を提供しているという。
「あいつ、料理なんか出来たのか」
「恐らく接客ではないかと思われます」
なるほど。
確かに、ラウンジスペース内でウェイトレスが数人忙しそうにしていた。
アミタの着ている正統なものではなく、フリルが多めの改変されたメイド服チックな制服を着ている。若干丈も短めに出来ており、肌色成分が多い。
「……あいつ、あれが着たいが為にここ選んだんじゃなかろうな」
「以前、エイジング様が『ここの服も良いのう』と仰っておりましたが」
アタリかい。
▽▽▽
エイジングを見送った僕らは僕らで、仕事を果たす為に、探索者組合の責任者であるギルドマスター面会を申し込む。
受付で事の詳細を伝えると、話は通っていたのか割りかしすんなりとギルドマスター室へと案内された。
ギルドの一番奥まった場所にあるその部屋へと続く廊下は、一面大理石で造られており、その上にこれまた豪奢なカーペットが引かれている。
ギルドマスターともなれば、威厳も必要なのだろう。
『執務室』、とプレートが掲げられた木製の扉をノックする。
返事が返ってきたので、僕は遠慮なしに開け放って入室した。
「……来たな」
開口一番、そんな声が飛んでくる。
扉の正面、執務机を挟んで座っている大男。
ダレスよりも更に一回り大きく、ギルドの制服がはちきれんばかりに筋肉が主張をしている。
頭に剃り込みを入れた色黒のこの男こそ、プロヴィデンスのギルドの責任者――ギルドマスターである、リチャードだ。もう50を超えるであろう年齢のはずだがそうは見えない。
僕も大抵目つきが悪いと言われるが、このおっさんは人を一人二人殺してそうな凶悪なツラをしている。
「それで、僕に何の用だ」
リチャードから呼び出しを受けたのが二日前。
本来、僕らが所属する治安維持管理局とギルドはお互い独立した組織である。
だが、こうして出頭を命じられる程度には関係性はある。
「ポートゥクストの件だ」
「あー……あの件な」
1月半ほど前、違法なオークションへの潜入操作した件だ。
結局あの後、事後処理は全て騎士団へと引き継いだはずなのだが。
「そこで回収されるはずだった神遺物はどうなった?」
「いや、そんなものは無かったぞ。報告書にもあっただろ」
「そんなはずがあるか!」
リチャードは拳を机に叩きつけ、声を荒げる。
「ア研の裏付けも取れていたんだぞ! 危険度特級の神遺物だ! 存在しなかっただと……?」
「現場からは回収されていないだろう? それとも僕が横領したとでも言うのか」
正しくは僕が勢い余って燃やし尽くしてしまったのだが、それは心に秘めておく。
正直に言ったら殺されるだけでは済まなさそうなので。
「っく……! クソが!」
僕らの身の潔白──少なくとも神遺物を回収していない──は騎士団が証明してくれている。
だが、リチャードが憤るのも無理はない。探索者、そしてクランをまとめるギルドというものは、神遺物回収の責務を負っているからである。
彼の遺物はそれこそ無害なものから、国を滅ぼす恐れのある危険なものまで千差万別である。
それらを回収、管理するのがギルドであり、そのギルドが属する遺跡探索者理事会である。
遺跡探索者理事会は、各国が参加している国際機関、世界統合連盟が240年ほど前に発足した組織だ。
その名の通り、探索者や神遺物の管理、監視を行っている。
ギルドは理事会の傘下に位置する為、その権限は時として国をも越える。直接的に干渉することは禁じられているが、それでもその権限は大きい。
「クラフト、何か隠してないか」
「……いや、何も」
流石に鋭いというか。このリチャードは今のギルドマスターの地位に着く前は、優秀な探索者だったらしい。
その時の勘がそうさせるのか、それとも何か確証があるのか。
僕を射抜くような目で睨み付けるが、証拠は無いのだろう。かと言って僕が自白するはずもなく。
「チッ……相変わらず目つきの悪い奴だ」
「あんたがそれ言うか」
そっちは人相が最悪だろうに。
「本当に何も知らないんだな? 人払いはしてある。吐くなら今のうちだぞ」
「だから、何も知らないと言ってるだろ」
ああ、秘書がいないのはそういうことだったのか。だからと言って正直に告白する義理はないので、この話はここで終わりだ。
「……本当なんだな?」
「リチャード」
今の今まで黙っていたアミタが、徐に口を開く。それはどこか、小さな子を諫めるかのような口調だ。
「ご主人様が知らないと仰っているのです。これ以上は無用です」
「……ッ! あ、ああわかった……」
背後のアミタから一瞬、殺気のようなものが飛ばされる。
リチャードはそれ以上、何も言うことはなかった。
やはりアミタを連れて来たのは正解だったな。
「今日はこれだけか?」
「ああ、お前が知らんと言うのならもういい。この件はこれでしまいだ」
そうと決まれば、こんな場所に長いは無用だ。
「じゃあ僕らは帰るぞ」
踵を返そうとしたその時、それを制止するかのようにリチャードが言い放った。
「ああそうだ、クラフトお前、ウチに来る気はないか」
「またその話か」
唐突なヘッドハンティング。実はこれが初めてではない。
「何で僕なんだよ」
「お前はどうでもいいが、お前がこっち来たら、チビどもも一緒について来るだろ。アミタ、アンタもだ」
「僕はどうでもいいんかい」
「まぁ、いても良いがな。で、どうなんだ」
そもそも僕は契約上、勝手に特務課を辞めることもできないし、管理局を離れることもできない。
僕の一存ではどうも出来ないし、それが許されるとも思えない。
「前から言ってるだろ。僕だけでは決められないってな」
「ならどこに申し立てればいい? 管理局か? 内務省か?」
「そこまでして何考えてるんだ」
「お前も知ってるだろう。今の時代、各国で遺跡がポンポン発見されてる。まぁそれは俺たちにとっちゃあ喜ばしいことなんだが……それを攻略できるだけの探索者が圧倒的に足りん。優秀な探索者、がな」
人気職業である探索者だが、意外となるためのハードルは低い。
身分を証明できるものと、簡単なテストに受かればその日から探索者として活動は出来る。ある種、食い詰めた者の雇用の受け皿にもなっているのが現状だ。
だが、その簡便さとは裏腹に、探索者の生存率は低い。
一年で70パーセントが二年で50、そして三年で20まで落ちる。
これは遺跡が危険極まりない場所であると同時に、探索者同士のイザコザが原因でもある。
神遺物はそれほどまでに金や栄誉を手に出来るものなのだ。
その最たる例が国王なのだが、それはまた別の話。
「今年は過去最高の登録者数なんだろ?」
「数だけはな。全盛期とはいえ、この国だけでも10万を超えた。未だ国王陛下に憧れる者も多いしな。この調子だと国民全員が探索者になるやもしれん」
「心配しなくても僕らはならんからな」
「ぬかせ」
確かに、探索者は一攫千金を狙うことが出来るが、それもほんの一握りの者たちだけだ。
探索者には序列と呼ばれるランク付けがされているが、その序列が上位の者たちでも神遺物を発掘するのは極めて稀な事象なのである。
「とにかく僕らを勧誘しても無駄だからな」
「……」
「じゃあ、僕たちは帰るわ。お疲れ様」
僕たちは踵を返し、執務室より退出する。
扉を閉めた後、後ろでひときわ大きな打撃音が聞こえたからか、アミタは静かに嘆息していた。
「まだまだ冷静さが足りませんね」
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