2頁 特務課②
「そう、楽が出来る、そう思っていた時期が僕にもありました……」
「? 何言ってるんですかクラフトさん」
はいこれ、と机の上に紙の塊を置く、制服姿の銀髪少女。
セミロングの髪を束ね、左肩に垂らしている彼女の名は、アン。
課長補佐──すなわち僕の補佐として、この特務課で2年前から一緒に働いている。
特務課は内務省の庁舎の奥の奥、地下の隅っこの方にその部屋がある。
そこまで広くはないが、課員用の机が並ぶ部屋とその隣に、パーテーションで区切った僕用の執務スペースが作られている。
「この塊は何ですかね?」
「……? 今日のお仕事ですよ?」
何言ってんのコイツ、みたいな顔で僕を見るんじゃない。
紙の束、というより紙のタワーなんですがこれは。
「ポートゥクストの件から1ヶ月、サボりにサボって溜まっちゃった分ですよ?」
「いやこの量はおかしい」
「そうでなくても今までサボっていた分も含まれてますので」
「いくらか負かりませんかね……」
「負けてこれです」
「…………あ、俺ちょっとフレに呼ばれてて!」
立ち上がり、そのままの勢いで逃げようとする僕の肩を、がしりと掴んで離さないアン。
ちょ、どこにそんな握力がっ……!
「一人称変えても駄目ですっ! 今日という今日はしっかり処理して下さいっ!」
「ほ、他のメンツは……」
「ダレスさんは業務課にお使い、エイジングちゃんはもうすぐ戻ってきますが、別にお仕事があります。アミタさんは資料を取りに行ってます」
「全滅か……」
課長補佐からは逃げられない!
僕は渋々机に着き、タワーから何枚か手に取る。
「クラフトさん、書くの得意でしょう? すぐ終わりますよすぐ」
「そういう得意じゃない」
僕の能力はそういうのじゃないからな。
内務省治安維持管理局特務課。
2年前に辞令が出された僕たちの異動先は――窓際部署、人材の墓場などと揶揄されていた特務課である。
確かに、特務課宛てに回ってくる仕事は殆どなく、あったとしても楽な仕事――という名の雑用ばかり――と言う話であったはずなのだが。
だがどこぞの誰かの働きかけにより、「いやー、クラフトたち遊ばせておくのも勿体ないよねぇ」との一声で、何故か他の部署が手に負えないと判断した高難易度案件を解決する、特殊任務対策課となってしまった。ああそういう意味の特務課ね、と気付いた時には後の祭りである。
というか、最初からそのつもりだったんじゃないかとすら思えるほどの手際の良さだった。
先日のオークション会場での一悶着も、潜入捜査からの神遺物回収任務だ。
しかも、こういった任務は公的に存在しないことになっており、僕たちの活躍も特務課の人間を含めごく一部の人間にしか知らされていない。秘密裏に活動するためには必要な処置らしいが面倒である。
秘密のミッションとかカッコイイではないか、とかぬかしていたエイジングは今何を思っているだろうか。
安定と安心の公務員はどこ行った。
粛々と書類を片付けていると、自分のデスクで同じく書類処理をしていたアンが、血相を変えて飛び出していった。
数分後、エイジングとダレスを伴って戻ってくる。何やらやかましい。
「クラフトさんも! そこに座って下さい!」
見ると、デスクの前で正座させられているゴシック少女エイジングとタンクトップの筋肉達磨ダレス。
アンが鬼の形相だったので逆らうわけにもいかず、僕も大人しく従い、エイジングの隣に正座した。
広い部屋ではないので、三人が並んで正座すると凄く狭い。
「……で、何ですかこれは」
彼女が手に持つのは3枚のペラ紙。
よく見るとそれは請求書だった。特務課宛の。
「『プリンアラモード4つ、クリームパスタ1つ、苺パフェ2つ、ミルクココア2つ──計214リル』何ですかこれ。エイジングちゃんですよね?」
「う、うむ……」
居心地悪そうに目を逸らすエイジング。
どうやら何処ぞで飲み食いした分の請求書のようだが。
喫茶店のコーヒー1杯が3リル程度なのを考えるとやたら高い。
「そ、そこな! 王都でも有名な喫茶店での。3時間並んでやっと入れたんじゃ。確かに噂に違わず絶品じゃった! ウィルに勝るとも劣らん。あ、アンも今度一緒に行かぬか?」
「その喫茶店は気になりますけど! 今はそういうことを言ってるんじゃないですっ! これは落ちないんで個人で処理して下さいね!」
「な、何じゃと……」
エイジングが絶望的な表情で僕に助けを求めるが、接待ならともかく、個人の飲み食いが経費で落ちるわけがないだろうに。
「……えっちゃん、今のは聞き捨てならない」
「む、ウィルか。何じゃ突然」
いつの間にか部屋に入ってきていた小柄なメイド服の幼女が、半眼でエイジングを見つめている。
いや、彼女は常に半眼で眠たそうにしているが。
この時間だと食堂でいつもの通りレシピ開発しているはずなのだが。
「いや、今のは言葉のあやというかじゃな」
「……ウィルのごはんよりも美味しかった? じゃあウィルも負けていられない。えっちゃん特訓に付き合って。具体的にはまず食べたものの再現からその味を上回る研究をする」
「ウィルちゃん。エイジングちゃんにはお仕事がありますので。それが終わった後にして下さいね?」
「……あっちゃん、大丈夫。ウィルも仕事があるからそれが終わった夜にやる……」
「なら構いません」
「構うわい! ウィル、おぬし納得するまで止めんではないか」
「……当たり前。料理に妥協なし」
こと料理に関しては一家言あるウィルのことだ。恐らく一晩丸々使うに違いない。エイジングもご愁傷様だな。
「で、次! ダレスさん!」
「おう、嬢ちゃん。パンツ見えてるぞー。今日は黒のレースか」
「違いますけど!? 息するようにセクハラかまさないでもらえます!?」
スカートを押さえ、後ずさるアン。
いや、ダレスよりも背の低い僕が見えてないから大丈夫だろ。
「んんっ……ゴホン。で何ですかこの請求書。施術料とか売掛手数料とかキープ代金とか不穏な単語が並んでるんですけど」
「いやー、最近俺ちゃんな、良い店見つけちゃってよー。いやそこのユクラちゃんがまた可愛い娘でさー。テクが凄いの何のって」
「いっ、如何わしいお店の請求書が何でウチに届くんですかっ!?」
「落ちるかなーと」
「落ちるわけがないでしょう!」
へらへらしながら受け答えするこのセクハラ魔王ダレスは、元々探索者だったのが僕という伝手を使って、アンと同じく2年前から特務課で働いている。
実は僕が子供の頃からの幼馴染みでもあるこの腐れ縁は、ご覧の通りのちゃらんぽらんな男だ。
「そもそも何ですか1420リルって! 高すぎるでしょう!」
「おっ、嬢ちゃん相場に詳しいな。行ったことあんの?」
「あるわけないでしょう!! もう! これもご自分で! 処理して下さいよ!」
「マジか……俺ちゃん今月ピンチなんだけどなー」
いや、まだ先月の給料日から5日も経ってないからな?
どんだけ刹那的なんだお前は。
「いいですか駄レスさん! 今後こういうことがあったら訴えますからね!」
「ニュアンス的に罵倒されてる気がするぜ……まぁ、嬢ちゃんにならそういうプレイも吝かでも──」
「ダレスさん!?」
上手いこと言うな、などと他人事のようにアンを見ていたら、目が合った。
今度は矛先がこちらに向いたようである。
「クラフトさん、何か他人事のようにしてますけど、一番酷いのがクラフトさんですからね!?」
「え、覚えがないぞ」
返事の代わりに、請求書を突きつけてくるアン。
そこには『書籍代として45000リル請求致します』との文字が。
「何ですか! 45000リルとか頭狂ってるんですか!?」
「ひでぇ」
「酷いのはどっちですか! 45000リルの本って何ですか!」
「エドワードのおっさんが、良い本入ったって言うから買った」
「そもそも1000リル越えは稟議書が必要だと!」
「出したら落ちるのか?」
「落ちるわけないでしょう! アホですか? アホでしたね!?」
「ひでぇ」
いや、ほんと滅多に出回らない稀覯本だったんだよなーアレ。
思わず即決で買っちゃったぜ。
「買っちゃったぜ、じゃないですよ? こんなの処理できるはずもありませんから、ご、じ、ぶ、ん、で、何とかして下さいね!」
「やっべ、持ち合わせないぞ今……」
なら何で買ったのか、とは言わないでほしい。
稀覯本との出会いは一期一会なのである。その時を逃してしまうと二度と会えない可能性があるのだ。
どうしたもんかと思案している僕の横から手が伸び、アンの持っていた請求書を取り上げる。
「アン様。これの処理は私が致します」
戻っていたアミタが、そう言って請求書を懐にしまう。
「またですかアミタさん。もしかしてクラフトさんに何か弱みでも握られてます?」
「ご心配には及びません。……ご主人様、このような場合、今後は私を通していただけると助かります」
酷い言いようであるが、これも強固な主従関係が為せる技である。
「やったぜ」
「……ご主人、ヒモ?」
「む、クラフトだけズルいぞ」
「そーだそーだ」
外野の声はシャットアウトだ。
はい、これにて解決。
「いいですか、今後はこのような事がないようにお願いしますよ! と言うか経費は前もって申請が必要ですからね!? いつも言ってますよね?」
「うーむ……しかし金がないのう。何かアルバイトでもするか」
「取り敢えずギルドに名簿でも流してみるか?」
「スナック感覚で犯罪行為を仄めかすのやめてもらえます? ……仕方ないですね」
と、手を叩きながら、何かを思い出したかのように棚のファイルを2冊、取り出してエイジングとダレスの手渡すアン。
「お仕事が欲しいのであれば差し上げますよ?」
「いやー……そう言うこっちゃねーんだけんどもよ」
「あ、我フレに呼ばれたんで!」
「逃がしませんよ?」
がっ、と二人の肩を掴んで離さないアン。
「いっ、痛! おぬしそんな力強かったか!?」
「お、し、ご、と、です。期限迫ってますんで早めにお願いしますね?」
有無を言わさず二人に仕事を叩きつける課長補佐。こっわ。
「俺ちゃん忙しいんだけどなー」
「『シャリル邸の幽霊騒ぎ』……こんなもん我らの仕事じゃなかろうに」
「はい、二人とも行った行った!」
追い立てられる二人は渋々部屋から出て行った。
流石は敏腕補佐である。
さて、じゃあ僕も──
「クラフトさんは、あの書類片付け終わるまで部屋から出しませんからね?」
「トイレは?」
「そこらへんでして下さい」
「犬猫でもちゃんとトイレで用足しますよ!?」
課長補佐からは逃げられない!
「……ご主人、あとで差し入れ持ってくる」
「書類に関しては、微力ながら私もお手伝い致します」
二人の従者の優しさが身に染みますね。
こうまで言われては仕方がない。僕は椅子に座り直して書類の処理を行うことにした。
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