1頁 特務課①
「書面で通達した通りだが、何か言いたいことはあるかね?」
あれは今から2年ほど前の話。
季節は春前。冬の寒さもかなり和らいできた日のこと。
とある辞令を受けた僕は、内務省副大臣に出頭を命じられていた。
副大臣の執務室らしく、豪奢な飾り付けがされた室内装飾。本棚には分厚い背表紙のハードカバーがいくつも並び、窓際のキャビネットの上には賞状やら勲章やらが並んでいる。
「何故今になってこのタイミングで辞令を言い渡されたのかが分かりませんが」
「分からないかね? いくら我が国が豊かだとは言っても、無駄飯を食らわす訳にはいかないということが」
「…………」
ぶっちゃけ、ぐうの音も出ない。
いや、仕事らしい仕事は確かにしていなかったが、それは雇われた時点でそれでも良いと言われていたからである。
僕は悪くない、と声を荒げたかったが、既に決定事項であるこの辞令を覆すのは少々面倒だ。出来ないこともないが。
何も言わない僕を見て、副大臣は勝ち誇ったかのように言う。
「本来ならばクビになってもおかしくないんだがね。これは慈悲だよ、クラフト主任……いや、元主任か。異動という沙汰で済ませたんだからな」
そうは言うが、これは半分嘘だろう。
そもそも僕をクビにしようものなら、副大臣ではなくもっと上位の──言ってしまえば国王の許可がないと出来ない。
それは向こうも分かっているはずで、だからこそ異動という処置に落ち着いたのだろう。
「そんなわけだ。クラフト元主任。君には来月付けで、内務省魔法管理局資料管理課から内務省治安維持管理局特務課への異動を命じる。喜びたまえ、主任から課長へ昇進だ」
喜べるか! と心の中で毒づきながら、僕は頷くしかなかった。
公務員は完全縦社会なのである。
故に、上位の言葉には従うしかないのだ。
あー……面倒だな。
資料管理課に戻った僕は、溜め息を吐きながらソファーに身を沈めた。
この柔らかな感触とも、後十日程でお別れだ。
「お疲れ様です。今、お茶の用意を致します」
帰った僕を迎えてくれたのは、従者であるメイドのアミタだった。ちなみに彼女は正規の課員ではなく、臨時採用枠である。
僕の顔色から、何があったのかを察したのか、極めて冷静に且つ、淡々とした口調で彼女は言い放った。
「ご主人様。お茶の用意が終わり次第、少しお暇を頂いても宜しいでしょうか」
「別にいいけど……どこか行くのか?」
「はい。少し副大臣と交渉(物理)して参ります」
「やめなさい」
君の言う交渉は武力を背景にしたもんでしょうが。
残念そうに眉を潜めるアミタだが、それ以上何も言わなかった。
まぁ、彼女としても半分は冗談なのだろう。僕の気持ちを慮ってのことだ。気遣いが身に染みる。
「そう言えば特務課……の話はあまり聞いたことがないな」
名前を耳にしたことはあったが、どういった職務の部署なのかは知らない。
マイナーな部署であるということは、そこまで忙しくはないのかもしれない。
「治安維持管理局特務課、ですか。普段は各部署の資料整理や雑用を行っていたと聞いたことがありますが」
「窓際か……」
いや、ものは考えようである。
往々にして窓際族……いわゆる閑職は暇な職務のはずである。
これはもしかすると、現状よりも更に楽が出来るということではなかろうか。
しかも副大臣は、課長に昇進と言っていた。ということは、僕はその特務課の課長職に就くということである。
課長と言えば、その課のトップだ。故に、何をしていたところで咎める者はいない。
「これはもしかすると栄転なのでは……?」
「流石にそれは思考回路がおめでた過ぎるじゃろ」
横から殴りつけるかのようにツッコミを入れてきたのは、いつの間にか戻っていたエイジングだった。
相変わらず黒を基調としたゴシック風なフリフリを着ている。これでコイツも公務員というのだから、この国の採用基準がよく分からない。
いや、僕たちの場合鶴の一声的なところはあったけども。
「ほれ、我も異動じゃ」
エイジングが僕の眼前へと押し付けてきたのは、辞令書。そこにはこう書かれていた。
“以下の者に異動を命じる。
エイジング課員
異動先
内務省治安維持管理局特務課”
「同じとこじゃねーか」
「お主と同じく左遷よ……我が何をしたというんじゃ」
「何もしてないからじゃね」
「それはお主も──ああ、じゃからか」
僕と同じように溜め息を吐きながら、隣へと腰を下ろすエイジング。
そのタイミングで、アミタがカップを差し出すと、不貞腐れた顔でそれを受け取った。
「これからどうなるんじゃ我ら」
「そればかりは特務課に行ってみないと分からないな」
「私の方でも調べておきます」
アミタの提案に首を縦に振る。
左遷であれば今よりも忙しくなることは、まぁあるまい。
取り敢えず日が来るまでは楽させてもらおう、と僕は読みかけの小説を取り出した。
異動の直前日。
僕は治安維持治安管理局の局長と面会していた。
新しい職場に移るのだ。上司に挨拶しといた方が良い、とはエイジングの弁である。
「やぁ、君がクラフト君か。私はデクスターだ」
「クラフト……です、よろしくお願いします」
一応頭を下げておく。
直属の上司になるわけだからな。
「そんなに固くならなくていいよー。君のことは陛下から聞いてるからね。ま、よろしく」
「そうか、じゃあ僕も楽にさせてもらう」
対外的には畏まる必要もあるだろうが、そうでなければ遠慮しないでおこう。
「意外といい性格してるね君……。その歳で陛下に見初められるだけはあるのかなァ」
デクスターは呆れながら言うも、嫌がっている素振りは無い。了承を得たということにさせてもらおう。
「ら……陛下は何と?」
「君の経歴をちょっとね。地方のお家断絶のいざこざに巻き込まれたんだって? いやー大変だったねぇ」
この辺りは僕がここで働くにあたって、用意していた偽の経歴だ。
元貴族の次男坊、ということにしている。メイドを連れている理由にもなるしな一応。
「ま、気楽にやろう。特務課は創設された理由は特殊なものだけど、今は特に仕事と言えるほどのものが無いんだよねぇ。しばらくはゆっくりしててくれていいよ」
「あ、ああ……」
「あと、君たちよりも前に一人、先に配属されてる子がいるからね」
「どういうことだ?」
アミタの調べによると、特務課は数年前から誰も配属されていない部署という話だが。
「君と同じように異動してきたってことさ。仕事内容は彼女に伝えてあるから、聞くといい」
デクスターの話だと、課長にでもなると補佐官が一人付くようになるらしい。
これは、補佐に仕事丸投げして、僕自身はだいぶ楽が出来るのではなかろうか。
柄にもなく、僕はワクワクしていた。
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