37頁 終わり、そして脱出
「お覚悟を――」
“脚は潰したと言っただろう……コンピュータァ! 座標ポイント7813へ、固定重力場を生せ――――”
「コンピュータァ! シーケンスをキャンセル! アポトーシスプログラム起動!!」
ナイアルラトテップによる足止め――それよりも早く、横から飛ぶ男の声。
『――アクセス権限シックスニヨル命令ヲ受諾。自己破壊シーケンスへ移行』
男の声に応えるように無機質な声がこだまする。
“馬鹿な――!”
止まることなくアミタは疾駆する。
そして――振るったコルヴァズの剣が確かにナイアルラトテップを斬り裂いた。
“ぐぉおおおお……! わた、わたしの身体がぁぁぁあああ――ッ!”
苦しげに身を捩らせるナイアルラトテップ
アミタがコルヴァズの剣で切りつけた瞬間、奴の身体が緋色の炎に包まれる。
“っぎぎぎ……ガアァァァァァッ!!”
「まぁ、流石にクトゥグァの力であっては完全に消滅することになるじゃろ……迷わず成仏するのじゃぞ」
「神様に言うこっちゃないだろそれ」
エイジングは笑顔で手を合わせる。
それに抗議するかのように、ナイアルラトテップの身体が大きく揺れる。だがその大半は既に失われつつあった。
その力が減衰した証拠か、周囲の空間が崩れつつある。
元の世界へと戻るのだろう。都合の良い新世界のあった遺跡内部のあの部屋だ。
どうやら無事に戻ってこれたようである。
“くそ……ッ! くそがァァァァァ!!”
「じゃが、さっきの声は――」
都合の良い新世界の起動を促した男の声。
聞こえたのは部屋の隅からである。
そして、この装置を操作できる者はここには一人しかいない。
「ろ、ロードアイランド卿……!」
エイクの声につられ、皆が一斉にその男へと視線を向けた。
壁にもたれかかりながら座り込んむ人影。貫かれた胸を右手で押さえながら、激しく呼吸を繰り返すロードアイランドの姿があった。
「お、おぬし……生きておったのか!?」
エイクは、驚愕するエイジングの横を抜けて走り寄り、怪我の具合を確認する。
口と胸の穴から血を流しつつも、意識ははっきりしているようだ。
と言うか心臓抜き取られて生きてるとか、どういう手品なのか。下水に生息する単細胞生物でも核を抜き取られたら死ぬだろうに。
「ふ……心臓を、貫かれたら……死ぬ、というのは……現代医学の、知識か……」
「いや、今も昔も死ぬじゃろう。お主本当に人間か?」
呪文を唱え、治療魔法をかけようとするエイクの手をゆっくり制すロードアイランド。
血が流れすぎており、もうどのような治療も間に合わない事を悟っている。
治療魔法も万能ではない。しかも個人が使えるような魔法では、欠損した部位を治すことや、流れた血を戻すことは不可能に近い。
「私には……魔法による治療、が、効かない……ものでね…………たとえそれが、神域魔法であっても、だ――」
「そんな!?」
「それに、もう、間に合わない……さ。圧倒的、に血が足りない……」
息も途切れ途切れだが、不思議とその表情は柔らかだ。
何かを成し遂げた男の顔というのは、こういうものを言うのだろう。
「ロードアイランド……」
「あぁ、勘違いしないで、くれ……君たち以上に、神である……あいつが許せない、それだけだ……」
「……そうか」
「……ではな、局長――いや、神父…………最後に神に一矢……報いることが、出来きて――私は満足だよ」
溜めていた全ての力を吐き出すかのように言い終えたロードアイランドは、薄い笑みを浮かべつつ瞼を閉じた。
“人間如きが……人間如きにぃいいいいいい! 最後の最後で水を差されるとは――――ッ!”
「いつの時代でも、神を殺すのは人の役目ということかのう……」
「……アミタ」
俺は小さく、だが確かに聞こえる声で呟いた。
それを聞き終えるまでもなくアミタは疾駆し、未だ燃え盛るナイアルラトテップとの距離と詰めた。
アミタが大きく振りかぶる。
その手には、未だコルヴァズの剣が握られており――
「それでは――」
淡々とした口調で、アミタはその刃を突き立てた。
“わたしは……! わたしは王を慰藉していただけだと、役目を果たしていただけだと言うのに――ッ! 0と1の分際で――クソがぁアアアアア…………!”
部屋に響き渡る怨嗟の念。
その声が消え去ると同時に、燻っていたナイアルラトテップの身体が突き刺さったコルヴァズの剣と共に完全に消滅した。
決して死ぬことのないといわれる神が今、消滅した。
ナイアルラトテップという神性は死んだのだ。
息をついたその瞬間、地面が大きく揺れた。
地震……というよりは、この遺跡全体が揺れているような。
そしてそんな僕の疑問に、知ってか知らずか、無機質な音声が答えてくれた。
『――都合の良い新世界崩壊マデ、後600秒。職員ノ皆様ハ施設外ヘノ退去ガ推奨サレマス。繰リ返シマス……』
「おい」
「……うむ」
「「早く逃げるぞォォォ!」」
僕はエイジングと共に、駆けようとするも、エイクはロードアイランドの傍から動こうとしない。
「エイク! 何しとるんじゃ!」
「こ、この方をここに置いていくわけに、は……いきませんわ……」
エイクは何とかロードアイランドの肩を担ごうとしていた。
……仕方ないな。
「アミタ、ウィルを頼む。エイジング、二人と先に行ってろ」
僕はそう言い放つと、エイクとロードアイランドの下へ走り寄った。
「お前はお人好しというか何と言うか……」
「それはお師匠様も変わらないでしょう?」
そんなことは……無いと思う。いや、無いと断言しておく。そこまで僕は人に優しくはない。
だが、エイクはそんな僕の考えを見透かしたのか、微笑みを浮かべる。
「ったく……仕方ないな」
僕とエイクでロードアイランドを肩に担ぎ上げる。
これで何とか大丈夫か。
「じゃあ行くぞ」
「クラフト! 早くせんと崩れ――」
エイジングの言葉を遮るように、ひときわ地面が大きく揺れた。
そしてその瞬間、エイジングたちと僕たちを分断するかのように天井が崩落してきた。
▽▽▽
揺れは続く。
眼前には大きな岩……天井の一部だろう。巨大な塊が出入り口と僕らを分断するように鎮座していた。
「クラフト! 無事か!?」
「何とかな! ……まぁこれじゃそっちには行けはしなさそうだ」
塊越しに声が届く。どうやらお互い無事ではあるようだ。
エイクは顔を真っ青にしている。
無理もない。これで僕らは完全に閉じ込められた形になってしまっているからな。
「少し待っておれ。今すぐ――」
「アホ! お前もアミタももう限界まで消耗してるだろ! とにかく外に出ろ!」
「たわけ! お主らを置いて出れるわけがなかろう!」
「こっちはこっちで脱出経路があるはずだ多分、きっと、めいびー。ロードアイランド叩き起こして隠し通路の一つや二つ聞き出すから、先に行ってろ!」
「――ッ!」
納得したのか、今の状況を把握して最善を選んだのかは分からないが、エイジングはそれ以上何も言うことはなかった。
遠ざかっていく足音。どうやらしっかり逃げる方を選んだようだ。
「さて、僕らはここからどうするかだな」
肩を抱えていたロードアイランドを一度床に降ろしす。
「エイク、何か書くもの持ってないか」
「ええっlと……それでしたら。メモ帳でもよろしいですか?」
「紙なら何でも」
バッグから一枚の方眼紙を取り出し、僕へと手渡す。
「さて、これをだな……」
貰った用紙にペンを走らせる。
複製するのはこの状況を打破するための魔導書だ。
「……これは?」
「大天使の書っていう魔導書。人を蘇らせる力がある」
「……はい?」
「ああ、それは言い過ぎだった。治療魔法で治せない欠損や出血を一時的に再生する……んだがまぁ──」
僕はじっとエイクを見つめながら、彼女の左手を取った。
一瞬、身体を震わせたが、エイクはなされるがままだ。顔が赤い。
「……僕じゃ足りないから、くれ」
「……わかりました」
エイクはおもむろに着ていたローブを脱ぎ、シャツのボタンを外しにかかる――っておい。
「何してんの」
「……? この状況では、私たちが助かる可能性はもう無いのでしょう? ですから、お師匠様が最後の最後で私を……お、女にしてくれるのではないのですか。寧ろしてくださいっ」
「何でそうなるんだ脳内ピンク色かお前。お前の魔力が欲しいっつってんだ。まだそれなりに余裕はあるんだろ?」
勘違いのベクトルが遥か彼方へすっ飛んですぎやしないか。
僕は、エイクの左手を取って、複製した大天使の書を持たせる。
振動と崩落が徐々に大きくなってきている。急がないと。
「今の僕じゃあ、魔導書を完璧にを起動させるほどの魔力はない。だからエイク。お前に肩代わりしてもらう。魔力を流しながら、僕に続いて文章を読め」
「そ、そういうことでしたら……ええ、承知しましたわ」
息を吸い、魔導書に集中する。
「いくぞ……それは母なる大地、希望の丘――」
「それは、母なる大地――」
「如何なる慈愛を持つ者も冷血なる者も――」
「希望の丘、如何なる慈愛を持つ者も――」
「アダムの祈りを捧げ、飲み込み、そして全てはその腕の中へ――【至高の天使】」
「アダムの祈りを捧げ、飲み込み、そして全てはその腕の中へ――【至高の天使】!」
エイクが魔導書の一節を発動させる。
僕たちを中心に、床に半径二メートルほどの光の円が広がっていく。
淡い光が、ロードアイランドを包み込む。
「傷口が……」
「成功したみたいだな」
医療魔法よりも圧倒的なスピードで、ロードアイランドの身体が修復されていく。
これで今すぐ死ぬということはないだろう。
「おら、起きろ辺境伯」
ペチペチと頬を叩くと、僅かながら反応があった。
「ロードアイランド卿……!」
「ぐ、ゲホッ! わ、私は……」
口に溜まった血を吐きながら、ロードアイランドが意識を取り戻す。
「……魔法は効かないはずなのだが」
「古神魔導書の力舐めんな。まぁ、それでも一時的なものに過ぎないけどな。脱出するには十分だろ」
ロードアイランドがどういう体質かは知らないが、古神魔導書の力は過程を飛ばして結果を発現させる。
「未知の力、か……」
「で、感傷浸ってる暇やら納得してる場合じゃないんだ」
「だろうな……アポトーシスプログラムを起動したのだ。ここはもう長くはない」
「何ですのそれは?」
「自爆装置だ」
「え゛っ」
「だろうと思った。大方、フェデラル丘陵ごと自壊させる気だなこれ」
証拠隠滅というところだろうか。
奪われるくらいなら壊してしまえ、という考えはどの兵器にも存在するものだ。
「お師匠様! ど、どうするんですの!?」
「辺境伯、どうせ隠し通路とかあるんだろ。どこだ」
「……そんな、都合の良いものが、あるとでも?」
ロードアイランドは息も絶え絶えに、しかし笑みを浮かべながら言い放つ。
その言葉にエイクの表情が絶望色に染まる。
「はは、冗談だ。ちょうど、そこの……ああ、それだ。そのハンドルを引き上げたまえ。緊急用のハッチが開く」




