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魔像に纏わりついていた靄が広がっていき、直径2メートルほどの渦を描く。
「アミタ、そいつらを後ろに」
「承知致しました」
アミタが、ナポリタノと黒服二人を引きずり、魔像から引き離す。
と同時に、靄の渦――それが門の役割を果たしているのだろう――から、唸るような呻き声が響く。どうやら、地獄からのお客様らしい。
「クラフト何をやって――うぉぉぉい!? なんじゃこりゃァァァ!?」
背後からアホみたいな大声を掛けられ、振り返ったその先には見知った顔。
一人の少女がこれまたアホみたいな顔で、開け放たれた部屋の入り口に立っていた。
「エイジング、遅いぞ」
「たわけ! お主はいつまでも連絡を寄こさんし……何やら異常な魔力を感じて来てみたものの、なーにやっとるんじゃ」
つかつかと歩み寄り、その死体のように青白い指で僕の胸元を突くエイジング。
切り揃えられた前髪に、腰まで届く漆黒のロングヘア―。深紅の瞳が僕を咎めるように見上げている。
「一悶着あったからな……連絡忘れてた」
「まったく……んで何じゃ、この状況は――あー……魔像を起動しよったな?」
「そこの干物がやってくれたんだよ」
状況を把握したのか、こめかみを抑えつつ嘆息するエイジング。
少し離れた床に転がるおっさんは命と魔力を全て吸われ、ミイラのようになっていた。
「む、地獄と通じておるのか……コルガイが来よるぞ」
「ニオスの眷属か」
「お二人とも、お下がりくださいませ」
アミタの言葉に従い、僕とエイジングはアミタの後ろへと下がる。
それとほぼ同時に、ゲート化した渦から、一体の醜悪な人影が飛び出してきた。
図体こそ、成人男性のそれだが、赤茶けた肌、昆虫を思わせるような顔に蝙蝠のような翼を持つそれは、この世のものとは思えない悍ましい姿をしている。
僕らを敵とみなしたのか、威嚇するように牙を向けた。
「相変わらずぶっさいくな奴じゃのう。クラフトの三白眼にも負けずとも劣らん」
「お前な、はっ倒すぞ。……アミタ」
僕が言い終わるかそのタイミングで、アミタが動く。
その手にはいつの間にか一振りの包丁が握られていた。
一拍、にも満たない瞬間。
目にも止まらない速さで駆けたアミタが一閃、化物――コルガイの首を刎ねる。
「よっし――」
「いえ、まだですッ!」
床に転がるはずの頭が塵と消え、何事もなかったかのように元の位置には昆虫のような顔。
切断されたはずの首から上が、その傷跡を残すことすらなく復活――再生していた。
アミタは二度三度、首を刎ね、四肢を落とし、胴を真っ二つにするものの、何事もなかったかのように再生するコルガイ。
プラナリアとかそういうレベルじゃない再生能力である。
「復元能力じゃと。これだから神という奴は……アミタ、能力は」
「使用しております。全力でかかれば何とか消すことは可能でしょうが……」
「うーむ……堕ちても神の一端ということかのう。やはり、殺すことは適わんらしい」
特務課最高戦闘力を持つアミタでも、死ないものは殺せないらしい。
「殺しの魔眼でも持っておればよかったんじゃがのう」
「んなもんあるのか」
「む、おっと」
コルガイが不意打ち気味に放った魔力による衝撃波を、エイジングが障壁で難なく受け止める。
それなりに威力があったのか、弾けた魔力の余波で、室内の調度品が倒れ、飛び、ひっくり返る。
なんだか後ろでむーむー抗議の声が聞こえるが、それは無視。
「抗魔法処理してるらしいんだけどなこの部屋」
「さて、端も端とはいえ、あやつも神の端くれじゃからのう。神を殺すことが出来るのは――」
「同じ神か魔王のみ、か。そうだな。行けッ、エイジング!」
「ぴっぴか――アホか! 我は普通の人間じゃぞ」
いや、こいつが普通の人間かはさておき。
僕は腰のホルダーの留め具を外す。
そこに収められていたのは、金属のカバーで挟まれている――本のように装丁してある数十枚を綴った紙の束だ。
「アミタ時間稼ぎを頼む。エイジング、もしもの時は障壁張れ」
「うむ」
「かしこまりました」
本を開きペンを取り出す。
これは僕の能力を十全に生かす唯一の武器だ。
『我は声を与える。恐怖の鐘、暗黒の沈黙……』
無字のページを開き、記憶の隅から引き出した魔導書の内容をそこに記述していく。
書かれた文章に魔力が宿り、文字の一つ一つが光を放つ。
異様な雰囲気を感じ取ったのか、コルガイが僕へと飛び掛かってくるが、アミタに弾かれる。
「させません」
アミタが振るう包丁は、コルガイの腕を斬り落とすが、瞬時に再生される。
飛び退き、距離を取ったコルガイが魔力の衝撃波を放つものの、例によってそれはエイジングの障壁に阻まれた。
「この程度ならば余裕じゃな。神と言えど……ちょっと待てお主、そりゃ威力が高すぎやせんか!?」
エイジングの抗議の声は無視する。
『ズ・チェン・クォン――ヴールの印、炎の外套をもて……』
「お主よ! それはあかんあかーん!」
文章が完成する。
ただの紙束だったそれは、魔力を帯びた特異な書物――魔導書へと姿を変える。
「脱稿完了……全てを燃やせ! 【焔を焚きつけるもの】」
呪文を紡ぎ、魔導書に秘められた力を解放する。
僕の前方、コルガイに向けて魔導書から強烈な閃光が放たれる。
荒れ狂う炎の嵐がコルガイを襲う。
灼熱の爆炎が部屋ごとコルガイを焼き尽くし吹き飛ばした。
轟音と衝撃が辺りを包む。指向性があるとはいえその威力はすさまじく、余波がこちらにまで伝わってくる。
「んー! んむむー!!」
後ろで何やら呻き声が聞こえるが無視する。
煙と粉塵が薄まり、開けた視界には満月の浮かぶ夜空と、屋敷の中庭が映る。
部屋の壁や天井を吹っ飛ばし、断末魔ごとコルガイを燃やし尽くせたようだ。床や、残っている壁の一部は所々焦げていた。
「ずいぶんと風通しが良くなったのう。しっかし、相変わらず嘘くさい能力じゃの。何じゃ魔導書の作成能力て」
「書く時間確保出来て初めて使い物になるんだけどな」
《結末のその先を》――僕が持つ魔導書を書き上げる能力。
自身の記憶にある書物を書き上げることで、それを複製できるこの力は、お世辞にも使い勝手の良いと言えるものではない。
元となった書物の内容を正確に再現が求められるし、書いている間は無防備だ。
しかも、複製した者が実体化できるのは数分間のみという、何とも制限の多い代物である。
「威力高すぎじゃ。あんなもん書きよって」
「再生する相手だったからな……塵も残さないレベルで燃やした方がだな――」
「どうするんじゃ神遺物ごと燃やし尽くしてしもうたであろう」
「……あ」
夜風が吹き込む室内には、僕たちとナポリタノたちだけが残される。
「これはまた、協会宛に言い訳を考えとかんといかんのう」
「…………まぁ、何とかなる」
エイジングの視線はどこか冷たい。
怒られそうな――いや怒られるだけなら問題はないが、変に責任を擦り付けられるのも面倒くさいので、全部局長へと振ってしまおう。
それに相手が相手だ。変に手を抜くことも出来なかったし。
どのように報告書をあげようか考えながら、アミタとエイジングに片付けという名の証拠隠滅を指示しつつ、僕は大きくため息をついた。
辺りが騒がしくなってきた。そろそろ騎士団の登場というところだろうな。後は任せよう。
ガタンと音がした背後を振り向くと、猿轡の取れたナポリタノが目を見開いてこちらを見ていた。
「な……何者なんだお前たちは……!」
「だから言っただろ、治安維持管理局特務課の者だってな」
「特務課……聞いたことがあるぞ! あぁ、思い出した! 治安維持治安管理局には表に知られない超法規的組織があると……お前たちがそれか!?」
ナポリタノが震える声で語るが、僕は敢えて沈黙で返す。
さて、そろそろ引き上げの準備は終わったか。さっさと帰って……読みかけの小説の続きが読みたい。
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