35頁 執筆の魔王と始まりの三柱
「……――【空間繊維の五芒星】!! 」
放たれた衝撃波。それは僕らの息の根を止めるには十分な威力を持っていた。
ウィルが神の力でもって受け止めなければ。
ウィルの張った障壁は光る五芒星を描き、俺たちを包み込むかのように展開される。
その神秘的な輝きは、都合の良い新世界の圧力をもかき消し、無効化する。
神の力に対抗するには、同じ神格か更に上位の神の力で持ってしかありえない。
「……かはッ……はぁ、はぁ…………」
「ウィル!」
ウィルがその小さな口から血を吐き出す。
小さな身体が崩れ落ちる。
慌てて抱きとめるも、既に虫の息だ。胸は上下しているが、いつ呼吸が止まってもおかしくはない。
「……ご主人――」
「いい、喋るな」
ウィルはゆっくり頷くと、目を閉じた。
大丈夫、息はある。
ウィルの身をそっと横たえる。
“此処は我ら神々の領域。下等種族の存在そのものは空間に押しつぶされ、自己を書き換えられる高次領域ではあるが……なるほど。その混ざりものも此処では多少の力を取り戻すということか。だが、もう終わりだろう? 抗いは苦痛。希望は絶望に変わる。何をどうしようが君たちに待つのはもう終焉しかないというのに”
「主よ! 何故このようなことを……貴方がた神々は、人を護り導くものではないんですの!?」
エイクの悲鳴にも似た抗議は無理もない。
自らが信じ、敬っていた神の正体がコレだからだ。
“神も慈善事業ではないということだ。むしろ人など我々の家畜に過ぎない。我々を楽しませ、糧となっていればこそ生かしておく理由もあるが……手を噛まれてしまっては処分するしかないだろう?”
「そ、そんな……」
エイクは絶望の表情で崩れ落ちる。
「言ったじゃろう。神とてただの生き物に過ぎんのじゃと」
「これでも神を信じるか?」
「…………私の信仰は今……途絶えましたわ……」
“虚しいな。だが、圧倒的な存在を前にして畏怖し、絶望に染まるその表情は実に良い。素晴らしい。まさに君たちのような、奉仕種族には相応しい”
後ろに座り込むエイクの表情は、親に叱られてしまったかのような、決して逆らうことのできない存在を前に全てを諦め、受け入れているかのようだった。
仕方ないことなのかもしれない。彼女は優秀とはいえ、ただの人間だ。神のような本来、対面することのない高次存在と向かい合い、正気を保っているだけでも大したものである。
だが、それも危うくはありそうだが。
“本来、我々の存在を感じ対峙した者は、その全てが跪き、涙を流し、自らの罪を告白して悔い改め、そして身を委ねるものなのだがね。先の大戦以来だな。ここまで抗う者は”
「人間舐めんな」
「そうじゃそうじゃ!」
“ふむ人間、人間か。君たちがそれを名乗るとは……では、生みの親として躾をしなければならないな。聞き分けの悪い子にはお仕置きだ――【その魂よ安らかなれ】”
再び迫る黒い衝撃波。
ウィルの魔法ももう持たないだろう。
“ふるえて久遠の眠りにつくがいい――”
「させはせんぞッ! ――【新月丘の豊穣母】!!」
エイジングが生み出した半透明の大きな障壁。淡い月の輝きをもつそれが、暗黒の衝撃波を防ぎ切る。
“……何だと!?”
「場の影響を受けておるのはおぬしやウィルだけではないぞ? 我の力も一時的に戻りかけとるようじゃ。ウィルに防げるものが我に防げんはずがないからのう」
「使えるならもっと早く使っとけよ……」
「うむ。力が馴染むのに少々時間がかかっての。馴染む! 実に馴染んでおるぞォォォ!」
「何で最高にハイテンションなんだお前は」
まぁ、こいつは普段からこんな感じではあるので、別段おかしくは――いや可笑しいが、嬉しい誤算ではある。
「エイジングどれだけいける?」
「うーむ……ぶっちゃけそこまでじゃな。そもそもこの身では十全に行使が出来んし……それに我とあ奴は神格としては同格じゃ。拮抗が出来ても決定打にはなり得ん」
“それもそうだろう。君のその矮小な体躯では、力を十全にこなすことは出来まい。体力も残存魔力もそこまで残っているようには見えないぞ。今でもギリギリなのだろう?”
決定打、決定打か。
「ご主人様……?」
「いや……」
一か八か、エイジングに賭けるか?
アミタは確かに、超絶戦闘力を誇るが、面の攻撃への対応は苦手だ。あくまでも白兵戦において彼女はその真価を発揮する。
古神魔導書は通用しない。
僕の能力をもってしても、古神魔導書を超えることは出来ない。
複製した黄衣の王は既に塵となった。
今、僕の手持ちでは魔導書の複製は不可能──
おもむろに、懐へと手を伸ばす。すると何かが指先に触れた。
取り出すと、それは二つに折り畳まれた紙片だった。
「む、それは……あの時のゴミじゃの」
「だから、ゴミじゃねーっつの。これは――」
貴重な魔導書の断片をゴミ扱いするとは。
エイジングに物申そうとしたその瞬間、後方から叫び声にも似た悲鳴が響いた。
「あ……! アァァァァァッッッ────!!」
エイクが右目を押さえながら、苦悶に満ちた顔で苦しみ悶える。
「ど、どうしたんじゃエイク!?」
「め、目が……熱い……!」
“アてられたようだな。仕方があるまい。わたしの姿に、脳の情報処理能力が追いつかなかったのだろう。じきに狂気に駆られ、死ぬ”
「エイク、気をしっかり持つんじゃ」
「あっぐ……はぁ、ハァアアアッ……! え、ええ…………だい、だいじょう……ぶ、ですわ……」
「無理はするな」
「っふふ……」
顔を上げたエイクの右瞳が金色に光る。
「む、エイクどうしたんじゃその目は……」
「え……?」
本人には自覚がないらしい。
“覚醒したか。人とは窮地に陥れば思いがけない力を生み出すというが。だが、英雄譚のような逆転劇は許さん──【その魂よ安らかなれ】”
「【新月丘の豊穣母】じゃおりゃァァァ!」
二度、エイジングの障壁が暗黒の衝撃波を受け止める。
「だっはー! あぁ、しんど……」
「お前、キャラがブレブレじゃねーか」
大きく息を吐くエイジングを横目に後ろを振り向いた。
立ちすくむエイク。
その金色に変化した瞳は、都合の良い新世界を凝視していた。
「エイク! それ以上見るな! 狂ってしまう──」
「な、ナイアル、ラトテップ……」
「は?」
「何じゃと!?」
エイクが呟いたソレは紛れもなく。
“……どういうことだ? エイジング君、君が──”
「教えるわけがないじゃろう! お主の神名など!」
「ナイアルラトテップ……始まりの三柱、権限者、企画進行」
「待てエイク。おぬし何を見ておるんじゃ」
エイクの視線は都合の良い新世界へと釘付けになっている。
何の対策もなしに、神のような高次存在を凝視することは脳に多大な負荷が掛かる。
……はずなのだが、エイクはそのようなそぶりを見せていない。
「私にもわかりません! ですが……視えるのです! あの存在の情報が! ナイアルラトホテップ……! それが主神の――」
“それが君の目覚めた能力か。くっ、くくく……だが助かった!”
「しもうた……! 呼んでしもうたかッ!」
“これで……わたしの存在も確定した! ふふふっ、はははははは!!”




