34頁 深淵領域
「エイジング君。同じ権限者が……何故、わたしの邪魔をする?」
神父は激昂した。
同胞と呼んでも差し支えのない彼女が、自らに明確な敵意を向けているからである。
「お主と一緒にするなと言うたであろうが。……我はエイジング。もう、権限者でも開発設計でもない」
若干寂しそうな目で振り返るエイジング。
俺は何も言わず、視線だけでエイジングへと返答する。
何かに納得したのか、エイジングは一度頷くと神父に向き直った。
「征くぞ神父!!」
「どいつもこいつも……! 神に逆らう痴れ者どもめ!」
「ウィル!!」
呪文を紡いでいたウィルの準備が完了する。
ウィルは頷き、口を開いた。
「……外なる虚空。闇の彼方。薔薇の眠りを越えたその先へと辿る者。顕れ出でよ――!! 【玉虫色の断層】!!」
かろうじて人に聞こえる言葉が、静かに響く。
瞬間、場の空気が、重く沈み込むようなネットリとしたものに変わった。
息苦しいような、身体が重いような怠いような感覚に襲われる。
神父を見ると……魔力ではない、神の力によって周囲の空間が虹色のような、まばゆく輝く色彩の爆発によって侵食されていた。
「ぐっ……! これは――副王の一端の召喚かッ!?」
限定的な空間への干渉は、触れるだけでその存在を破壊する。肉体は腐食し、焼けただれ、ボロボロになる。そして最後には消滅する。
本来ならば、触れただけで瞬間的に存在すらを消し飛ばしてしまう代物だろう。だが、玉虫色でできた四つの裂け目は神父の手を、脚を、ゆっくり侵食していく。
そのまま、神父が消えるのを大人しく見守っている俺たちではない。
間髪入れずにエイジングが追撃をかけた。
「オマケじゃ! 食らぇい――【溶け固めよ】!!」
神父の足元に漆黒の淀みが生まれ、身体を拘束しようと這い上る。
本来であれば、融解し消滅させることが出来るが、神性である神父には効果が薄い。
「……ニと四と十一の解放――【鉄冠頂く王の哀願】」
ウィルが虚空より生みだした、3体の球状の力の塊。
血のようなワインのような紅い色のそれは、全て同時に神父へと着弾、爆炎を起こす。
砂煙が上がり、神父包み込みその視界を遮断する。その隙を見逃すアミタではなかった。
瞬時に距離を詰めると、力を込めた二丁の包丁を振りかぶる。
「鬱陶しいッ!」
衝撃を伴う力の解放で、淀みによる拘束を振りほどく。その余波は4つの内3つの裂け目と砂煙を吹き飛ばした。
纏っていた漆黒のカソックは所々がちぎれ飛び、焦げ付いたその肌を晒していた。
瞬間、顔を上げた神父と眼前にまで迫っていたアミタの視線が交差する。
「では――」
アミタが振り下ろした右手の包丁が、そのまま神父の身体を袈裟懸けに斬りつける。
その勢いで半回転したアミタは遠心力を乗せて、逆手に持った左手の包丁を頭へと突き立てた。
「がっ……!?」
衝撃でそのまま後ろに倒れ込む神父。
アミタは穿った包丁はそのままに、一旦距離を取る。
仰向けに倒れ込んだ神父は無表情のまま、動かない。
これで止めをさせたとは思っていないが、包丁が刺さった頭からも、袈裟斬りにされた身体からも血は流れておらず、傷口は暗黒に染まり黒く滲んでいてよく見えない。
ただ、その見た目はボロボロである。
神を、しかもエイジングによると、神々の中でもさらに上位に属する神父だ。これで倒せたわけではないだろう。
そもそもアレは化身だ。
神がこの世界に顕現する際に用意された器だ。化身を倒したとしても高次存在である本体ごと滅ぼさないと復活する。
更に、絶対抵抗権の存在で高次の本体は人類では倒せ得ない。
絶対的存在である神々に干渉し、それを倒すことなど通常では不可能だ。
だからこそ、アミタとウィルの力でないと届かないわけなんだが。
『――最終シークエンスニ完了。起動待機。ジェネレーター冷却準備開始』
「クラフト! なんちゃらがもう起動しそうじゃぞ!」
「わかっている――」
その装置の前に佇む神父はアミタの一撃を受けた以降、動くことなく、光のない相貌は宙を見つめている。
「コレで死んだとは言わないよな……?」
「そもそも神は死なんからのう。じゃが、アミタとウィルであれば……」
アミタが様子を見ようと一歩踏み出した瞬間、神父はゆっくりと口を開いた。
「ふーむ……そうだな。流石に遊びが過ぎたようだ。計画の練り直しが必要か……全く以て度し難い事この上ない」
神父の頭に刺さった包丁が音を立てて抜け落ちる。
ゆっくりと立ち上がった神父の次の行動は、看過できるものではなかった。
「人間の手を借りるというのも癪な話ではあるがね。こんな玩具でも役に立つものだ」
「む……! しもうたッ!!」
エイジングがその真意に気付いて声を上げるが、もう遅い。
神父はよろめきながら、都合の良い新世界へと寄りかかる。
「な――!?」
神父の身体が溶けていく。……いや、都合の良い新世界へと落ち込んでいく。
ゆっくりと、その巨大な装置へと染み渡るように――
「あいつ……! 違う化身を――!」
「まさか、このわたしにまともにダメージを与えられる存在がいるとは、思いたくもなかったがね……もう小細工は無しだ――」
都合の良い新世界との融合。
神父の姿が完全にそれと溶け合い混ざり込む。
「ウィル!」
「いや、間に合わん……!」
「まさに、わたしにとって都合が良い!」
神父が完全に都合の良い新世界と一つになった。
それまで金属のような光沢を放っていた装置の表面が、今は石とも粘土とも言えないような黒光りした悍ましさを感じさせる雰囲気を醸し出している。
「エイジング……融合? 合体? いや、そんな力があるのか」
「……あやつの化身の一つに、機械を媒介に顕現し、全ての機械を支配する存在が――」
「おい、待て。機械を支配するっつーことは――」
“ハハハハ! お待たせしたな下位生物の諸君! 化身とは言え、神を圧倒するとは流石と言ったところか。……いやはや、わたしとしたことが、ついつい遊びすぎてしまったようだ……あぁ、安心していい。一思いにその魂を消化してやる――!”
神父の姿の時とは違った、何かを通したようなくぐもった声が響く。
“――空間隔離。亜空間レイヤー形成。座標転移。タキオンテクスチャー展開”
部屋が、空間が、侵食されていく。
都合の良い新世界が安置されていた遺跡の部屋が、徐々に混沌めいた暗闇に飲み込まれていく。
「な、なんですの!?」
「空間侵蝕かっ!? 何故使えるんじゃ!? この星では不可能なはずじゃろ!」
“単なる化身ではな。だが今の私は、都合の良い新世界だ。やはりこの玩具は人に持たせるには危険過ぎる。こうして、神の座すら呼び寄せることが可能なのだからな”
「そんなチートがあってたまるか! じゃがしかしこの空気は――」
周囲を包んでいた暗闇が薄くなっていく。
視界に入ってきたのは――――
「下に星空……? 天地が逆転していますわ」
「まさか、ほんに降ろしてしもうたというのか!? 深淵領域を!」
僕たちの足元には星空……星の海――宇宙と呼ばれるこの星の外にある領域が広がっていた。
対して天井にはただの闇。吸い込まれそうな深淵が続いている。遺跡の面影は影も形もない。
不思議と、落ちる――空に向かって落ちるとは変な表現だが――ことはなく、宙に浮いているような浮遊感もない。しっかりと足は地に着いている。
後ろを振り向くと、そこには暗闇に浮く燃え上がるような三つの光が頭上の暗闇に浮いていた。
“ここであれば、神としてのわたしの力が存分に振うことが出来る。もう慢心はしない――座標ポイント3309へ、固定重力場を生成”
「う――!?」
「な……ッ!? っぐぁ……」
僕たちに、見えない何かが圧し掛かる。
その押さえつけられるような力に立ってはいられず、膝をつく。
辛うじて動かすことのできた視線の先には、同じように蹲っているアミタやウィル、エイジングの姿があった。
エイクに至っては、四つん這いに近い格好になっている。
「うっぐぐぐぐぐ……」
“これで君たちの脚は封じさせてもらった。特にそちらのお嬢さんの速さは少々厄介だ。だが、どれだけ速く動けようとも、高重力場の前ではそれも意味をなさないだろう”
神父――いや、都合の良い新世界は楽しそうに嗤う。
確かに、超絶戦闘力を誇り、視認できないスピードで駆けることのできるアミタも、その動き自体を止められてしまうとどうしようもない。
“では、ご退場願おうか。――【その魂よ安らかなれ】”
都合の良い新世界から放たれた黒い衝撃が僕らを襲う。
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