33頁 VS神父
神父は短い白髪を後ろに撫でつける。
その瞬間、膨大な魔力の奔流が、縦横無尽に部屋の中を暴れ回った。
先程まで感じていられた神々しいものではない。ヘドロを孕んでいるかのような、濃密でどす黒い混沌の魔力。
「おい、エイジング。……あいつは何だ」
「神名は――言えん。言ってしまうと、あ奴の存在が完全に証明されてしまうからの……」
エイジングは苦虫を噛み潰したような顔で、静かに呟いた。
「王の側近にして、無貌の神、這い寄る混沌……全てを嘲笑い、総てを引っ掻き回し、それを自身の愉悦とする最低最悪の変態。外なる神の一柱にして企画進行……それがあやつじゃ」
「おい……まさか始まりの三柱じゃねーだろうなそれ」
「千の貌と名を持つわたしとしては、この姿も仮初めの一つに過ぎないがね。今回は銀髪の美少女でも古本屋の女主人でもなくて残念だが。……しかし、その評価は些か酷いな、君はわたしをそのように見ていたのかね? これでも王の要望なのだがねぇ……」
「たわけ。これでもまだ過小評価じゃ」
神父の視線がエイジングから僕へと移る。
「何か聞きたげだね」
神父はおぞましい笑みを浮かべながら口を開いた。
聞きたいことは確かに山ほどあるが今は――
「お前が局長だったのか。今まで散々、僕に嫌がらせをしてきたあの局長はお前だったというのか――ッ! ……いや、ある意味辻褄は合うのか……?」
「いや、クラフトよ。流石にこやつが本気で嫌がらせをするとなると、あのようなものでは済むはずがなかろうよ」
「おっと君たち、そのような熱い眼差しで見つめないでくれ給え。照れるじゃあないか。安心し給え。その質問にはノー、と答えよう。何度か姿借りたのは確かだがね。本人は今頃屋敷で深淵の眠りについている」
そう言う神父の言葉に、僕は悔しくも安堵の息を漏らしてしまった。
それなりに付き合ってきた知り合いが、この神父だったなどとそれこそ発狂してしまいそうだ。
「今回の催し物はどうだったかな? 『神々を憎む辺境伯』対『執筆の魔王』それなりに面白いイベントだっただろう?」
「イベント……だと?」
「ああ、そうだとも。だが、些か偏りそうだったのでね。ここいらで少し干渉させてもらうことにした。流石にこれだけものは看過できない」
神父は都合の良い新世界を仰ぎ見る。
「このような危険物は見過ごす訳にはいかない。舞台のバランスが崩れてしまう。流石にな。それに加えて……先史文明の遺物、その存在を知る者は消し去らなければならない。もちろん知ろうとする者たちも、だ」
その言葉を聞いたエイクが、何かを思い立ち、通信魔道具を起動した。
「――二班! 三班! どなたでもいいですわ! 応答して……応答して下さい!」
エイクの悲鳴にも似た声が響く。
通信魔道具に声を荒げているが、反応が無いようでパニックになっている。
「……ああ。お嬢さん、残念だが彼らの声はもう聞こえんよ」
「――は? そ、それはどういう……」
「くく……いや、地上にいた彼らと、ここまで降りてくる道中ですれ違った者は全て、既にこの世にはいないからね。君たちの言い方だと、神に召されたというやつだ。いや、神直々に下した判決ということは最後の審判、かな?」
神父は笑いを堪えながらエイクへと説明する。
その意味を悟ったエイクの顔から血の気が引いたのが、僕たちでもわかった。
「そ、そん……な……」
絶望に染まるエイクの表情を確認した神父は、もう我慢できないというように腹を抱えて笑った。
「い、いやぁぁぁぁぁぁッ!」
「ふっ……クククッ――ははははははっ! 良い! その顔が見たかったのだ! 心からの驚き、恐怖、絶望、それらの何と心地良いことか! あぁ、正直達してしまいそうだ」
「……ゲスが」
「それはお褒めの言葉かな? エイジング君。自覚はしているがわたしだけではないよ。神は皆、大なり小なり似たようなものさ」
「一緒にするでないわ……お主、覚悟は出来とるのじゃろうな?」
「そこまで珍しいことでも無いだろう? 君だってかつて似たようなことをしていたはずだ。英雄に悪役、勇者に魔王。どのようなイベントにも相手は必要だ。今回は急造過ぎたこともあって、中途半端になってしまったがね」
「貴様……! ただそのようなつまらない事のために……ッ!」
怒気を孕んだエイジングの声。彼女がここまで怒ることは本当にない。
「……昔から君は本当に優しいな。だからこそ調和が取れていたのかも知れない。だが――今の君でわたしに楯突こうなどと……5000年ほど遅い!!」
吹き荒れる力の暴風。
その全てが神父より放たれているものだ。これほど強い魔力は万全の状態のウィルにも匹敵するかもしれない。
「化身ですらなく! 契約によって縛られた、ただの人である君がわたしに勝てるとでも?」
「くっ――」
「……さて、もう良いだろう。イベントに不具合が出ればそれを修正するのも企画進行の務めというものだ」
神父が軽く腕を振る。
渦巻く力の波が襲いかかってきた。
慌てて身構えるも、その上から強大な力が叩きつけられる。
純粋な神の力。それもこの世界の神々の更に上位に位置する神の力だ。
「……だめッ!」
「ぐっ……!」
「きゃああああああっ!」
それまで大人しくやり取りを見ていたウィルが、咄嗟に障壁を張ったおかげか、衝撃の殆どが無効化される
だが、その防ぎきれなかった余波だけでも凄まじい衝撃が俺たちを襲った。無傷なのはウィルの機転に拠るものが大きい。
それを見て、神父は感嘆の声を漏らす。
「わたしの力に干渉できるとは……ふむ、そうか。お前は混じりものだったな。副王か……忌々しい」
言葉では褒めているものの、その目は侮蔑の色をはらんでいた。
負けじとウィルも言い返す。
「……誰であろうと、何であろうとご主人の敵ならウィルの敵」
「ええ、よく言いました。ウィル」
アミタは両手に包丁を持ち、構える。それに続いてウィルは能力を解放する。
《星辰揃いし光輝の片翼》
「待て、ウィル!」
「……ご主人、今は出し惜しみ出来る状況じゃ……無いと思う」
パンッ! と何かが破裂するような音が響いた。
合わせて、ウィルの背中に青白く光り輝く片翼。
それは本来、十分な充填期間を経なければならない。
「短期間に出し過ぎだ――!」
「……大丈夫。痛くはないから。まだ……大丈夫」
ウィルの左腕が血に染まっていた。メイド服の左肩から袖は破れて失われており、細く白い腕は真っ赤になっていた。
過剰な魔力の出力に毛細血管が破裂したようだ。
痛くはないと言うが、どう見てもそのようには見えない。
ウィルは――その身に神を宿す。
正しくは半分が神、半分が人間である半神半人だ。故に、その魔力も神由来――絶対抵抗権による神父の攻撃をも防ぎ得る。
そんな彼女が今、神の化身である神父を相手取るために、抑えていた神の力を解放する。
だが、大きすぎる神の力に人の身が耐えきれるはずもなく……器であるウィルの身体が崩壊してきているのがその証左だ。
「……腕の一つで済んだから、まだ大丈夫――ッ!」
再び、乾いた破裂音と共に、ウィルの右目が弾け飛んだ。
その衝撃で後ろに倒れそうになるが、何とか踏みとどまる。
「……ご主人……やるね? アミタ姉、ちょっと時間かかるから……」
「ウィルさん、そんな――」
「任せなさい。時間は稼ぎます」
「アミタさん!?」
無言で頷いたウィルは、人の身では発音することが適わない呪文を紡ぐ。
窮極を超えたその先にある力の末端を引き出す。
それに気付いた神父は、顔色を変えた。
神に見られる余裕、慢心と言ったものが彼の中から消える。
「なるほど、確かにその力であれば絶対抵抗権にも対抗し得るか……それがあの一族が出した結果だとすれば――ッ! 人の身でありながら冒涜的すぎるだろうッ!」
「お主が言うのかそれを」
神父は手首を3回ほど回転させ、手を開く。
そこにはこぶし大の、暗闇を凝縮したような塊が2つ浮かんでいた。
防ぐ、などという生半可な事はできない、神力の塊。それは既に見ているだけでも意識を刈り取られてしまう冒涜的な代物である。
「む、いかん――」
「遅い――【現出せよ】」
神父がその塊を放つ。
弾丸のようなスピードで射出されたソレと同時に、アミタが駆け出す。
その2つの塊はウィルを狙っていた。
「それは防せげん! 避けるんじゃ!」
「いや、間にあわ――」
ウィルは動けない。
ダメージを負っていることもあるが、彼女は元来そこまで運動能力が高いわけでもない。
アミタは放たれた混沌の弾丸へと向かっていく。ウィルの邪魔はさせないように。
避けることも出来ず、防ぐことも出来ず、ならばと、アミタはそれを2つ同時に――斬った。
斬った。そう、斬ったのだ。
「なに……!?」
流石の神父もコレは予想外だったらしく、その表情は驚きの色に染まっている。
神父が放った混沌の弾丸は、ウィルに着弾し、周囲に余波を撒き散らしながら致命的なダメージを与える。
途中、包丁を持ったメイドが飛び出してきたが、それも些細なこと。
防ぐことも躱すこともままならず、小柄な体躯のウィルを一撃のもとに葬り去ることが出来る威力はあったはずだった。
誰に当たろうが、どこに当たろうが、触れた瞬間に触れたものごと消滅させ、その余波は周囲を破壊、致命的なダメージを与える、はずだった。
「斬った……わたしの力を――神の力を斬った、だと」
「どうしたんじゃ神父。いつもの余裕はどうした? ……流石に度肝を抜かれたかの」
アミタはヒュッ、と包丁を回転させ、その切っ先を神父へ向ける。
俺の中の魔力がそれなりに減っていたが、この程度であればまだ大丈夫だ。
「この程度であれば……問題ありません、ご主人様」
総てを無に帰すアミタの能力。
魔法でも神の力でもない。純然たる人の能力。
かつて神を滅するためだけに埋め込まれた可能性の一片。
「わかった。無理はするな」
頷くと、紫電を纏い、一直線に神父へと駆ける。
苦し紛れに先程と同じ混沌の弾丸を数発撃ち出すが、全てアミタの放つ斬撃の餌食となった。
当の本人には傷一つ付いていない。
アレは高密度の神力の塊。ただ斬っただけでは、その瞬間に衝撃で破裂するはずである。
だが、そんなことはアミタの前では関係ない。
「ふざけるな――! その力は何だ……ッ!」
「プライバシー保護のために申し上げられません」
「黙れ……ッ! ――【蹂躙せよ】!!」
神父が次に生み出したのは、おおよそ数十にも及ぶ異形の怪物ども。
短い蛇のような胴体に、蝙蝠のような羽、歪んだ頭部には大きな口が開いており、そこから濁った涎を垂らしていた。
その怪物たちが、合図とともにアミタとウィルへ一斉に襲いかかる。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
アミタは襲いかかってくるその一つ一つを、ある時は縦に真っ二つに、またある時は宙で胴体を蹴り飛ばし粉砕、そしてまたある時は羽を落とし頭を踏み潰して応戦する。
しかし、アミタ一人に対して如何せん数が多い。
一体多数ではどうしても全てを相手にしきれない。
そのうち、撃ち漏らした数匹が、ウィルへと向かっていく。
「ウィルさん――!」
「任せよッ! ――【死角猟犬】!!」
「このレベルなら問題ないな。砂になれ……ッ! ――【竜の路地にて】!!」
魔導書から生まれたのは龍の顎を模す山吹色の炎。
それが全てを噛み砕かんと、一直線に襲いかかる。
怪物どもの背後から現れた青黒い牙の暴力と、俺の背後より放たれた山吹色の火球が、瞬時に異形の怪物をまとめて喰らい尽くす。
残った数匹は、アミタが難なく斬り殺した。
「忌まわしき狩人如きこの通りじゃよ」
「戦力の逐次投入は下策だな」
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