32頁 局長?
妻との出会いは本当に偶然だった。
目覚めた私は、妻の一族が治める領地内で行き倒れていた。自分が何処にいるのか、そもそも今はいつの時代なのかすらわからない私が、衰弱死するのは時間の問題だった。
そんな私を、地方の弱小貴族の三女だった妻は、自分の屋敷に匿ってくれた。
妻曰く、たまたま散歩に出ていたとのことらしいが、鬱蒼と茂った森の中を一人で散歩する令嬢がいるだろうか。
どうやら彼女は普段から屋敷を無断で抜け出しているような少女だったらしい。らしいと言えばらしいが、それが出会いの機会を作ってくれたのだから、私としては喜ぶべきことだろう。
妻は素性もわからない私を、献身的に看病してくれた、本当に優しい貴族のお嬢様だった。
本来であれば、何処の誰ともわからない馬の骨など放逐されて当然だろう。最悪処刑も覚悟していた。
だが、彼女を含め、この一族は貴族の格式などには囚われない大らかな人たちばかりで、行く当てのない私がその家族の一員になるのにもそう時間はかからなかった。
私はこの家族に恩返しがしたかった。
だから、私の持てる知識と技術を使うことで、このロードアイランド家を何とかしたいと思った。
この時代の技術は私の生きていた時代とは違い、魔導技術が発展しており、そちらへの偏執が強かった。そのため、私の持っていた知識や技術は革命的で、新しいアプローチが可能だった。
領主であるロードアイランド男爵はその辺り寛容で、そういった未知の技術や知識を、私の言うことを信じて聴き入れてくれた。
それらが実を結び、領地運営の改革は成功する。
現代魔導技術と旧時代の技術の融合は思っていた以上に上手くいった。
また技術だけでなく、既存の経済体系や権利のあり方、領地経営にも手を入れていった。それらも旧時代のものを参考にしただけだが。
だが、革新的かつ効率的な改革は、一地方貴族でしかなかったロードアイランド家を、短期間で男爵から子爵に押し上げた。
決して豊かではなかった領地経営も、経済的にかなり安定するようになった。
暮らしが豊かになると、次に出てくる問題が跡継ぎ問題だ。
ロードアイランド家は何の因果か、代々男に恵まれず、婿を迎えることでその血を存続させてきた。そしてその婿は家を継ぎ、領主となる特殊な体系を取っていた。
この頃はまだ、領地を治める貴族の当主は男であるべきだという、古い慣習が残っていた。そのため領主である子爵も、婿入りでロードアイランド家を継いだ身である。
要は、血が残れば、貴族としての血脈が途絶えなければ良いという考えらしい。
しかし、地方の弱小貴族相手では婿入したいという貴族は中々おらず、家の存続が危ぶまれていた。
長女は未婚であったが適齢期を過ぎており、次女は既に他家に嫁いでしまっていた。
妻である三女と、その妹である四女が残っているのみだったのだ。
だが、それも子爵となれば少し風向きが変わってくる。
妻であった三女と、その妹である四女へ、ポツポツと縁談が舞い込んで来るようになっていたが、子爵はそれを全て一蹴していた。今更虫が良すぎると。
そして何故か、外様である私に白羽の矢が立った。
元々、妻――まだこの時は妻ではないが、彼女と私が恋仲であったのはどうやら子爵を含め、皆にはバレていたようだ。
隠し通せるとは思っていなかったが、かなり早い段階で知られていたらしい。
妻と一緒になれれば何でも良いと思っていた私は、二つ返事で了承。妻も喜んで返事をしてくれた。
既に妻のお腹の中に、私達の子が宿っていたことが発覚した時には義父に殴られはしたが、皆が涙を流し祝福してくれた。
妻と結ばれてから数年が経ち、彼女の腹に二人目が宿った頃、ロードアイランド家は伯爵にまで上り詰めていた。
幸せの絶頂だった。
私が用いた古の技術や経済体系は、領地内にさらなる改革をもたらし、既に王国内でもそれなりの力を持つようになっていた。
そのタイミングだった。領主である義父が私に家督を譲り隠居すると言い出した。
本来であれば妻が継ぐはずである。だが、義父母も妻も頑なに首を縦に振らなかった。
そもそもの慣習でロードアイランド家は男しか領主になることが出来ない。
故に私が継ぐべきだと言い張ったのだ。それにこの家がここまで大きくなったのはお前のお陰だとも言い切られた。
義妹は未だ嫁いではいなかったが、領主になる気はなかったようで、断ろうにも既に外堀は埋められていた。
私は迷った。
しかし、妻と子供たちのためになるのであれば。何より一族へと貢献ができる、恩返しができる。
特に、上の娘には一つの問題があったが、それを解決するためにも私が領主となることは良い話であったし、それで私の家族が幸せに生きていけるのならと、私は領地を継ぐことを決意した。
周りからは特に反対の声もなく、驚くほどスムーズに私はロードアイランド伯爵となった。
そこからは順風満帆と言えただろう。
二人目も娘であり、やはり男子には恵まれなかったが、周囲は祝福してくれたし、領地も徐々に広がりを見せ、領民共に全てが上手くいっていた。
その当時、上の娘は十歳。下の娘は六歳だった。
どちらも妻に似て、可愛らしく成長してくれていた。
自分に似なかったのは幸いだと言えるだろう。
義父にもそのことをからかわれたりもしたが、私にとってそれは喜ぶべきことで、怒りや悲しみなどという情は一切沸かなかった。
ただ、どちらかと言うとインドア派な私とは異なり、二人共とてもわんぱくな子に育ってしまったのは、妻の影響なのだろうか。
あの日が、あの日が来るまでは本当に幸せな日々だったのだ――
▽▽▽
デクスターは崩れ落ちる辺境伯を、ゴミを見るような目で一瞥する。
一拍して、興味をなくしたのか本当に邪魔なゴミを払うかのように、辺境伯の身体を蹴飛ばした。
動かない人形のように、辺境伯の身体は転がっていき、壁にぶつかってようやく止まった。
「あー汚い、汚い。このやり方はマズかったかな」
持っていた辺境伯の心臓を放り投げ、手に着いた血をハンカチで拭い去る。
「き、局長……おぬし……!」
「いやあ、クラフト君。君が本当にあの結界を解除してしまうとは思わなかったよ。オジサン凄いビックリしたわもう」
「局長……何でここに……いや、何をしたのかわかっているのか」
「もちろんだよ? まぁ、ちょっと杜撰だったかな。もっといいやり方もあっただろうけどねぇ」
いつものように飄々と流すデクスター。
だがその瞳には、言い知れない狂気のようなものが見て取れる。
「どうして……? どうしてロードアイランド卿を!?」
「んー。 もう役目は終わったからねぇ。必要ない物は処分するのが片付けのコツだよ? エイクリー様」
「そ、そんなこと――」
「そんなことなんだよ、エイクリー様」
デクスターの声のトーンが一段階低くなる。
「何が先史文明だ、都合の良い新世界だ。全く度がし難いにもほどがある。悉く邪魔をする古代の残り香どもめ……! どれだけ予定を狂わされてきたことか!」
「……? ほんとうに局長?」
「ウィル……?」
デクスターの言動を聞いていたウィルが首を傾げる。
確かに、何処かいつもとは雰囲気が違う。
「いやいや、ゴメンゴメン。ついオジサン本音出ちゃったわー。さ、犯罪者の辺境伯は成敗したし、帰ろうか。みんなも疲れたでしょ?」
次の瞬間、デクスターはいつもの調子に戻っていた。
「は、犯罪者……? だからと言って! ロードアイランド卿を殺してしまう理由にはなりませんわ!」
「うーん……まぁ、そうなんだけどねぇ。だけど、神に仇なす者を殺すのはオジサンの仕事だからね」
デクスターはそんな信心深かったか?
いや、今どき、余程の信奉者でもそこまで極端なことはしない。
「――【鋭角猟犬】」
エイジングが不意を打つとばかりに魔法を放つ。
本来それは人に向けて撃っていいような魔法じゃない。
火や風を起こす魔法とは違う、神域魔法にも劣らない特殊な召喚魔法である。
彼女が使う魔法は、どの系統にも属さない完全なオリジナル。
故に、初見で防ぐことは難しく、ロードアイランドのように前もって何らかの対策を取っていないと無効化どころかかわすことさえ困難なはずだった。
「うーん、まぁ流石にわかっちゃうかなー」
デクスターの背後から迫る、青黒い魔力の獣。
対象が死ぬまで、追いかけ続けるそれからは逃げ切れることなどできない。よって受けるか無効化するしかないのだが。
だが彼は事もあろうに、後ろを振り向くことなく、手を伸ばし、それを掴み、握りつぶした。
「おぬしやはり――」
「いやあ、怖い怖い。エイジング君にはバレてしまうとは思っていたが……もう少し粘れると思ったのだがね」
「たわけ。隠す気もそれほどなかったじゃろうに」
「ふーむ、これでもかなりトレースできたとは思うのだが?」
デクスターの口調が、いやその声色まで変わる。
いつものちゃらんぽらんな調子は鳴りを潜め、何処か厳かな雰囲気を醸し出す低い声だ。
「ふん。いい加減姿を現したらどうじゃ」
「ではリクエストにお応えするとしようか」
そう言い放ったデクスターが溶けていく。
比喩などではない。髪が抜け、肌が落ち、目は窪んでいき、肉が溶け落ちていく。
「うっ……」
エイクが思わず口を押え、顔を背ける。
「エイク、直視するでない。やられてしまうからの」
しゅうしゅうと音を立てて、溶けていくデクスターの下から現れたのは、黒地に赤のラインが入ったカソックを着る色黒の男だった。髪以外は全てが黒い。
短い白髪、口角を吊り上げている顔は、40後半ぐらいの歳のようにも見えるし、もっと若いようにも見える。
「――ナイ神父! おぬし伏線もクソもなかったじゃろうに!」
「ふむ、久し振りに顔を合わせたというのに、第一声がそれかね。……いいか、エイジング君。真犯人とラブストーリーは突然なものなのだよ」
「たわけ!」
不敵な笑みを浮かべながら、エイジングと仲良さそうに会話をしているが、知り合いか何かか。なんだろうな。
「エイジング。その皮被りは誰だ。元カレか」
「誤解されるような言い方はやめてくれないかね」
「クラフト、その勘違いだけはやめて欲しいんじゃが。いや、本当に……。こ奴はナイ神父。一言で言うと変態じゃな」
まぁ、皮被ってるしな。
「ふふふ。酷い言われようだ。わたしとしては自分の仕事を忠実にこなしているに過ぎないのだがね。エイジング君以外は初めましてかな? わたしはナイ神父と呼ばれている――とある神の化身だ」
「あ……あっ、化身……!?」
神父から発せられる、神々しいまでの後光を直視し、エイクが絶句し跪く。無理もない。
「た、確かに……以前、神託の儀で見たことのある後光ですわ……。それに、この厳かな魔力――そんな、本当に……」
化身。それはここではない何処かで人類を見守っている神が、その身をこの世界に降ろす時の器とされるものだ。
ポートゥクストで現れたコルガイとは違い、力のある神がこの世に顕現するためには殻が必要となる。
それが、化身。神の現身。
「何で神サマが神父やってんだよ。自作自演か」
「お、おおおおお師匠様! あ、相手は……し、主神イーアルー……!」
「私は少々特別でね。普段は人に紛れて生活しているのだよ。この身はそのためのモノだ。これでも中々気に入ってはいるのだがね」
エイクは土下座する勢いで頭を下げているが、生憎、僕はそこまで信心深くない。むしろ立ち位置はロードアイランドと似たようなものだ。
「クラフト。こ奴は確かに変態じゃが、その力は神々の中でも――」
『――引き裂くは黄昏の閃光。全てを破断し全てを呑み込む王の御印……』
「ちょま、クラフトお主!」
「【黄の印】」
奴が神だというならやることは一つだ。
「自称でも神なら敵だろ。先手必勝だ」
「お師匠様!?」
「待てクラフト! それはあ奴には――」
手に持つ魔導書から放たれる黄昏色の閃光。
それは薙ぎ払うように神父を両断する――はずだった。
「面白い玩具だな。何処かで見たような気もするが」
事もあろうに、神父は右手でその閃光を掴み取り、そして握り潰す。エイジングの鋭角猟犬と同じように。
そんな馬鹿な。
「……おい、マジか」
「マジだよ少年。……いや、君は見た目通りの年齢ではなかったな。ふむ、なるほど」
「古神魔導書を素手で防ぐレベル……マジで本物か、エイジング」
「じゃから言うとるじゃろう。『絶対抵抗権』じゃ……人の身で神々へは干渉出来ん」
いや、それはわかっている。
神々が人を産み出した際に定めたルールの一つに、人が神へと干渉することを禁じたものがある。
それが絶対抵抗権。この絶対不変のルールがある限り、人は神へと攻撃どころか、触れることすら出来ない。
「それはわかってる! だけど、古神魔導書だぞ!?」
「残念だが、その認識は些か間違っているな」
「クラフトよ。確かに古神魔導書であれば、この世の何においても通ずる。それが化身であろうとものう。じゃがそれでも例外がある」
「我々が定めた絶対抵抗権だがね。これは神々の間でも適用されるのだよ。くくっ……つまり、神格が下位の神は上位の神へ干渉することは不可能だ」
頬を汗が伝う。
古神魔導書が通じない。その事実に愕然とする。
この世界で唯一絶対の力を誇る神域魔法、それをも超えるのが古神魔導書だ。通じない相手がいることなど誰が想像できようか。
「クラフト……」
「残念だがね、少年。その『黄衣の王』はわたしよりも下位の神、ハスターの力を模したものだろう? それではわたしに届き得るはずもないな」
「なら他の古神魔導書で――」
「くっ、くっくっく……はははははは!」
何がおかしいのか、神父は身体を逸らし、狂ったように笑い声を上げる。
「エイジング君。君も残酷だな。彼に何も教えてない――いや、言ったところでどうしようもないわけだがね」
「神父おぬし……!」
『――第二シークエンス完了。最終シークエンスニ移行。演算時間残リ980秒』
都合の良い新世界から無機質な音声が放たれる。
辺境伯が死んだ今も、そのまま動き続けている。
「おっと、こうしてはいられないな。さっさとこの忌まわしき装置を破壊してしまわなければ」
「神父おぬし、こいつを止めに来たのか。何じゃ、それならそうと早く言うがよい。無駄に争うところじゃったろうが」
「エイジング君。何か勘違いをしているようだが……」
神父の口元が、三日月の如く歪む。
「このイベントは、強制敗北だ。そう、裏切り者、古黴た残飯、ガイアの尖兵、不穏分子処断するためのものなのだよ」
「おぬしまさか……!」
「光栄に思うがいいニンゲン。企画進行であるこのわたしが、直々に引導を渡してやるというのだからな……!」
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